校長の逆襲(2)
亜美との全面戦争は一応回避されているが、一触即発の状態を保ったまま、その日の授業は終了した。
「光輝、アタシも一緒に行くよ」
教室で帰り支度をしながら、ハルカは心配そうに言った。
「大丈夫だよ。少し時間が掛るかも知れないから、先に帰っている方が良いよ」
「ア、アタシは待っているからな。あ、あんたの彼女なんだから」
ハルカは一階まで一緒に降りて来て、玄関の辺りで待っていると言って聞かなかった。光輝は仕方無しに、
「じゃあ、なるべく早く来る様にするから」
と言って、小走りに校長室に向った。
「小寺井ですが」
ドアをノックして名前を言うと、
「どうぞ、入って下さい」
落ち着き払った校長の声が聞こえた。
「失礼します」
「ああ、どうぞそこに座って下さい」
校長は初対面の時と同様に光輝をテーブルの一方に座らせ、自分はやはり向き合って座った。形的には初対面の時と全く同じである。あの時と同様に部屋にいたのは校長唯一人だった。
「おや、何だか前に持っていた鞄と少し違う気がしますが?」
「ああ、あれはちょっと重いので、こっちに変更しました。あれは万一の時用です」
「ほほう、あの時は万一の時だったのですか?」
「初めて行く時には、いつもあの鞄にしているんです」
「ふふふ、成る程ねえ。じゃあ、今日の鞄は、煙なんかは出ない訳だ」
「ま、まあそういうことです」
校長が煙と言った事が光輝にはちょっと引っ掛った。
『爆発すると言っておいた筈だが、変だぞ……』
そんな風に疑問を持った。
「それはそうとこれを見て下さい」
校長は小指の先位の小さな黒っぽい機械の様な物を、テーブルの上に置いた。それは光輝がテーブルの下にくっ付けて置いた使い捨ての盗聴器だった。
「な、何ですか、これは?」
光輝はとぼけた。
「貴方が仕掛けた、盗聴器ですよ。専門家に調べて貰ったんです。この部屋に盗聴器が仕掛けられているかどうかをね。ところが幾ら調べても無かった。
無い筈です、電池が切れていましたからね。二、三時間しか使えない安物です。これを見つけ出すのに苦労しました。
数日前にやっと見つけて、それで謎が解けたんです。組織の事は多分見せ掛けだけのはったりでしょう。仮に本当だとしても、こんな安物を使うようじゃあ大した事は無い。せいぜい規模の小さい仲間程度のものだと判断しました。どうなんですか、小寺井君」
校長はニヤニヤ笑っている。自信満々の態度だった。
「さあ、知らない物は知らないとしか言い様が無いですね」
「ふふふ、じゃあこれは何だろうね」
校長はもう一つ同じ盗聴器を上着のポケットから出して見せた。
「さっきのと同じ盗聴器の様に見えますが、それがどうかしたんですか?」
「そう言うと思いましたがね、こっちは君の部屋から持って来た物なんだよ。あのマンションは事実上私のものでね。どの部屋にも私は自由に出入り出来るのさ。
勿論普段は入らないが君の様な場合は例外でね。君の部屋、183号室は隅から隅まで調べさせて貰ったよ。あの鞄もあったし、この盗聴器も幾つかあった。知らぬ存ぜぬが何時までも通ると思っているのか!」
急に声を荒げた。
光輝は少し間を置いて考えを絞ってから言った。
「はははは、ばれちゃいましたか。それでどうしようと言うんですか?」
「大人しく私の言う事を聞けば良し。さもなければ今週中にあのマンションから出て行って貰う。君はなかなか運が強い。君をこの学校に呼んだのが、私だと思われているらしいから、退学にはしない。いや、出来ない。
しかしマンションから出て行かなければ、家賃を払って貰う。月額百万だ。払えるかね? それとも一文無しで行く当ても無く、のたれ死ぬかね?」
「成る程、仕方が無いですね。じゃあ今週中に出て行きましょう」
「なかなか強気だねえ。しかしそればかりじゃありませんよ。近々行われる実力テストの成績が悪ければ、A組には居られませんからね。
学校の月謝も払って貰う。諸費用込みで月二十万。支払えなければ私は堂々と君を退学に出来る。私の言う事を聞いた方が得策だと思うがね」
「用件はそれだけですか?」
「ああ、そうそう、君は一体何者なんだ? 君の言う通り、小寺井光華なる人物には子供がいなかった。養子も居ない。しかし幾ら調べても、君の正体が分からないんだよ。差し支えなければ教えてくれないかね?」
校長は急に丁寧な言い方になった。正体の分からないものに対しての恐怖心があるらしい。
「さあ、どうなんでしょうか? ……他に用事が無ければ、これで失礼します」
「交渉は決裂と思って良いんだね?」
「はい。仕方がありません」
三十分ほどで光輝は校長室を出た。直ぐ近くでハルカが待っていた。
「ど、どうだった?」
如何にも心配そうに声を小さくして聞いた。
「うーん、マンションから出て行く事になった。今週中にね」
「あ、そ、そう。丁度良かったじゃないか。あたしと一緒に暮らせば良い。二人で住めるアパートを探すよ。グッドタイミングだ!」
ハルカは少しウキウキした感じで言った。
「そ、それはちょっと、……少し考えてみるよ。ハルカの気持ちは嬉しいけど、同棲する気は無い」
「私じゃなきゃ誰なら良いんだ? ひょっとして綾姫か?」
相変わらずハルカは綾姫に拘っている。
「俺は結婚する気も無いのに同棲はしない。だから誰とも同棲はしない。ハルカに世話になりっぱなしで申し訳無いんだけど、結婚出来る状況に無い。今も、これから先も当分は無いだろう。どうにもならないんだよ」
幾分弱気に言った。
「光輝、愛しているよ、光輝! 本当にアタシは光輝が好きなんだ。光輝が一緒に住めないと言うのならそれでも良い。光輝の力になるからさ、何でも言ってくれよ。先ずは住む場所だな」
ハルカの思いやりに光輝も胸を打たれたが、
『俺なんかに関わり合ってもろくな事が無い。他にもっと相応しい男が居るんじゃないのかな?』
帰りの道々そんなことを考えていた。 |