割戸学園高校より(75/401)PDFで表示縦書き表示RDF


割戸学園高校より
作:春野エックス



欠席(5)


「あ、あのうお仕事ご苦労様です。これ、僕からの差し入れです」
 コンビニの店員が相変わらず道場の様子を伺っている光輝に、菓子パンとコーラを持って来てくれた。
「ああ、ど、どうも。それじゃあ遠慮なく頂きます。いや、済みませんね。新人さんですよね?」
 光輝は如何にも社会人風に話し掛けた。
「はい、大学は卒業したんですけど、手頃な仕事がなかなか無くて、当分コンビニとかでフリーターです」
 光輝よりは少し背が高いようだが、中肉中背の少しニキビのある童顔の青年である。何と無く頼り無さそうに見える。

「ふうん、大学まで出て、フリーターですか。大変ですね。ああ、そうそう、道場の一人娘の亜美ちゃんは帰って来ましたか? 店の前を通る訳じゃないから、気付かなかったかも知れませんけど」
「はい、帰って来ました。お父さんの方は出掛けなかったと思いますけど、百パーセントの自信は無いです」
「いや、別にそれは良いんですよ。所詮浮気調査ですから。おっとそんなことを言っちゃあいけないんだった。ははは、今のは内緒と言う事で」
「はい、勿論言いませんよ。ところであのう、ハルカさんというんですか、今日来ていた女の探偵さん」
「ええ、そうですが、彼女が何か?」
「き、綺麗な人だな、と思って。プロポーションが凄いです」
「ああ、そうですか。何時も一緒にいるもので、特に綺麗とも何とも思わないんだけど、言われてみればそうだったんですよね」
 光輝にはむしろ意外だった。第一印象が余り良くなかったので、特に綺麗だとは思っていなかったのである。

「ああいう人が職場にいるんだったら、僕も探偵になろうかな。青空探偵社って何処にあるんですか? 名刺を見ましたけど、住所とか良く分からないんですよね。電話も留守電だし」
 光輝はドキリとした。
『おいおい、冗談じゃねえぞ全く。明日一日は張り込む積りなんだからな。住所は全くの出鱈目でたらめなんだからさ。頼むよ!』
 心の中で思いっきり渋い顔をして言った。

「はははは、探偵家業は辛いですよ。ひょっとするとコンビニのバイト料よりも低賃金かも知れないですよ」
「えっ! ここより少ないんですか?」
「はい。テレビに出て来るカッコ良い探偵なんて、現実にはありませんし、仕事があれば良し、無ければ借金取りに追われる事だってあるんですからね。全く収入が安定しないんですよ。ほら、さっきの女子も足が自転車でしょう?」
「あれは、敵を欺く為の演出なんじゃ……」
「演出じゃなくてあれが現実です。赤いスポーツカーで颯爽さっそうと登場するなんて、夢のまた夢なんですよ」
「えっ! そ、そういうものなんですか、……」
 探偵という仕事をカッコ良いものだと思い込んでいた青年は、失望した様子でレジの方へ戻って行った。

『ふう、危ない、危ない! あれで諦めなきゃどうしようかと思った。低賃金の一言が効いたな!』
 光輝は冷や汗を掻いたが、諦めてくれた様なので、ほっとした。今日も道場の付近をウロウロして、中庭に置いてあった高級外車が大元のものに間違いないと確信出来たし、車のナンバー等もメモすることが出来た。
『しかし出掛けたとしても、タクシーで上手く追い掛けられるかな?』
 自家用車を持たない偽の探偵の泣き所でもある。しかしそう感じていたので、何とか車に盗聴器を付けられないかな、と思っていた。
 だが、道路を歩くだけならいざ知らず、道場の中に入ることは至難の業である。門が開いている時には見張りらしき男達が必ず中庭に立っているのだ。
 『大宇宙拳』と背中に大きく書いてある道着を着ている、黒帯の門下生らしき連中である。
 
 光輝はいつもいつもコンビニの中にばかりいる訳ではない。それでは入って来たお客さんに疑われてしまう。その日も、午後十時頃、
「ちょっと出掛けて来ます。戻って来ないかも知れませんけど、そういう仕事ですので心配なさらないで下さい」
 と、一言バイトの店員に声を掛けて外に出た。すると午後八時頃閉めた道場の門が、その時急に開いて、外車に乗った大元が出掛けて行ったのである。
『一人で運転して行ったぞ。まてよ、何かありそうだな!』
 そう閃いたが、都合よくタクシーは来ない。それもテレビドラマや映画等とは違うところである。五分余り待ったが流しのタクシーは一台も通過せず、結局諦めるしかなかった。
『くそう、何にせよ時間も人員も足りないし予算も無い。運良くタクシーで追い掛けられても、遠過ぎたらお金が掛かり過ぎて万事休すだ。駄目だ、考え直しだ。今日はここまでにしよう』
 
 小一時間も掛けて自宅に徒歩で戻った光輝は、またもやの長風呂で今後の方針を徹底的に考え始めた。それと今まで殆ど疑ったことのない『組織』を疑い始めた。
『大元を何とかしようとしても手に余る。出来れば使いたくない手段だけど、亜美ちゃんを何とかするしかない!』
 光輝は一か八かの勝負に出る気になった。その他に最近気になり始めていることがあった。
『この所組織から何も言って来ない。組織にはオヤジを探す気が無いんじゃないのか? そればかりじゃない。そもそも組織なんてあるのか?
 全部オヤジを通しての話だ。それらしい人物を紹介された事もあったし、彼らに学んだ事もあったけど、もしオヤジに雇われていたとしたら?』
 半信半疑だった。オヤジを実の父親の様に慕った事もあったし、実際随分可愛がってくれた事もあったのだ。失踪する前だって、冷たい態度を取った事は一度も無い。

『しかし、今まで稼いだお金の総額は、数億円にもなる。校長にはあんな事を言ったけど、実際には俺の給料は無いのに等しい。
 俺を信用させる為に数千万使ってあれこれやったと考えると、残り全部をオヤジが使ったとすれば、それはそれできっちり辻褄つじつまが合う。
 あああ、嘘であって欲しい! でももし俺の様な人間をもう何人か見つけていたとすると、ビジネスとして十分に、いや十分過ぎる位に成り立つ。
 俺はもう何度も日本人として帰化したい、とオヤジに相談している。しかし常にノーだった。組織が認めない、と、オヤジがそう言ったんだ。
 それに、今回は初めのうちはちゃんと返事が来ていたけど、最近は何も無い。全く何も無いんだ。怪しいぞ!』
 考えれば考えるほどオヤジは疑わしくなる。しかし一方では信じていたかった。母親らしき人がいた時には、幸せを感じた事もあったのだ。
 その女性がいなくなった後でも、自分の初恋が破れるまでは極端に不幸に感じたことはなかった。 
  
『もし報告しなければどうなる? 本国への強制送還か? 前回はオヤジが帰って来た。しかし今回は? 待てよ月末に本当に振込みがあるのか? 怪しい!
 今回は特に何か様子がおかしい。コインロッカーのキーも全然送って来なくなった。今月一杯で全部打ち切りになるんじゃないのか? ひょっとすると組織の電話さえも俺から逃げる時間稼ぎの為に、色々と細工したんじゃないのか?』
 光輝はその晩自分が騙されていたらしい事に、薄々ではあるが気が付き始めたのだった。

『最初からそうする積りだったのではなく、彼の奥さんに逃げられてから徐々にそうなって行ったのだろうな、多分。それで何もかも矛盾無く説明が付く!』
 一応その様な結論が出てしまった。ベットに横になってはいたが、明け方まで一睡も出来なかった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう