欠席(4)
二人とも眼鏡は円形のベットの側の台の上に置いて、ベットに腰掛けてキスを続けた。光輝はハルカが気の済むまでキスには応じようと思っていた。しかし、
「もうそこまでにしてくれないか。学校での出来事を知らせて欲しいんだけど」
ハルカの手が下腹部をまさぐりだした所で、光輝は体をスッと離して、本来の仕事に入った。
「あ、気に触ったのか?」
「いや、怒ったりはしていないよ。ラブホテルに来て、エッチしない方がどうかしているからね。でも、俺は無責任な事が出来ない性格なんだ。ハルカが大事だから、出来ないのさ」
「無責任な事をしても良いんだけどな。心配なら要らないよ。アタシは光輝に抱かれたいだけなんだよ。……でも無理みたいだな」
ハルカは諦めた。しつこい男は嫌われるという。しかししつこい女だって嫌われる事をハルカは知っていた。
「それじゃあ、イスに座って話をしようよ。冷蔵庫にジュースとか入っているからそれを飲みながらさ」
そこのラブホテルでは、キーを返す時、飲み食いした分を精算する様になっている。ハルカは良く心得ている感じだった。
「じゃあそうしようか。しかし上手く出来ているね。何をどの位飲んだのか、ちゃんと分かる仕組みになっているんだ」
光輝は変に感心した。
「えへへへ、こういう所ではアタシの方が先輩みたいだな」
「ははは、確かにそうだな。小さいけどちゃんとテーブルもイスもあるんだな」
「そりゃそうさ、一応ホテルなんだからさ。でもアタシが全部知ってる訳じゃなくて、ここともう一軒だけなんだけどさ。」
「何度も来たのか?」
「う、うん」
「ふ−ん、俺はまだ二度目だからな」
「だ、誰と来たんだ? あ、綾姫か?」
「直ぐ綾姫に行くんだな。前に別れた彼女とだよ」
「最後までやったのか?」
「ま、まあな。結婚する積りだったし、……」
「ご、御免、変なこと聞いちゃって、じゃあ取敢えず乾杯しようよ」
「乾杯!」
「乾杯ーい!」
二人はビン入りのオレンジジュースで乾杯した。
『しかし、俺の年の事とか、何も聞かないんだな。かなり年上だと気が付いている筈なのにな』
ハルカのそんな気遣いが結構嬉しくはあった。しかしそれですっかり恋仲になるという訳には行かないのだ。そこが辛い所でもある。ジュースを飲みながら、ハルカは学校での出来事を詳しく話し始めた。
「話の順序はあれなんだけど、英語の新任の先生が決まったよ。誰だと思う?」
「さあ、見当が付かないな」
「こ、校長先生なんだ。よりにもよってね」
「こ、校長先生! そりゃ拙いな。盗聴器の件がばれたか、それとも……」
「盗聴器の件って?」
「校長室にあるテーブルの下に盗聴器を仕掛けて置いたんだよ。ただし寿命の短い奴で、使い捨てなんだけどね。それに気が付いたとなると、かなりヤバイ事になる」
「な、何の事だかよく分からないよ。どういうことなんだ?」
「つまり、盗聴器が仕掛けてあると脅しておいたのさ。そうすれば、大幅に行動を制限されるだろう? 学校の中では何時もびくびくしていなきゃならない。
ミルクさんをどうにかしようとしても、聴かれていると思うと思い切った手は打てない。ところが盗聴器がそんな安物で、しかも寿命がとっくに切れているとなると、騙されていた事に気が付く。十中八、九報復してくる。俺も危ないし、ミルクさんだってどうなるか……」
「お、恐ろしい事になるな」
ハルカは苦しそうな表情になった。
「しかしそれが事前に分かって良かった。それだったら何とかなる。その他に何かあったか?」
そこいら辺りで二人ともジュースを飲み干した。ハルカは溜息加減で亜美の事について話し始めた。
「これは関係あるのかどうか分からないんだけど、先ず服装が変わった。月曜日からGパンとTシャツになった。
それから今日は眼鏡をして来なかった。眼鏡を壊したから、コンタクトレンズにしたって言ってた」
「ほほう、GパンとTシャツ。Gパンは長い奴だよね。穴とか開けてないよね?」
「うん、ごくオーソドックスな奴だよ」
「そうか、ミニスカじゃ拙いんだよ。太腿に俺の歯形が付いている」
「えっ、あ、そ、そうか、無理やり付けさせられたんだよね」
「当たり前さ、誰が好き好んでやるもんか!」
怒って言った光輝の態度に、ハルカは安心した。
「眼鏡を壊した? うーん、父親との間でいざこざがあったんじゃないのかな。例えば父親の大元に平手で殴られて、眼鏡が飛んで行って壊れた、とか」
「ははっ! 光輝さん凄い! どうしてそんな事が直ぐ思い付くんだろう?」
ハルカは感心して言った。
「それから何か無いか?」
「何かどころじゃないよ。あたしと一緒に勉強しないかって言って来た。今度の日曜日、朝八時半。アタシの好きなチョコレートと、美味しいお茶が出るんだって」
「ええっ! そいつはかなり臭いな。しかしハルカの線は無いと思っていたんだけどな。うーむ、よほど困っているのかな? 裏に何があるのか、分かれば良いんだけど……」
「アタシの線が無いって、どういうこと?」
「つまり、ハルカは曲りなりにもミルクさんのボディーガードだ。ハルカに何かするということは、ミルクさんを敵に回すことになる。
誰にでも分かる理屈だ。それを承知でやるという事は、危険でも何かやら無ければならないのか、或いは強力なバックを持ったかだと思う。
その両方なのかも知れない。よくある話だけど恐喝している奴が、別の奴に恐喝されている事がある。自分の娘にそんな事をさせるとなると、よほど切羽詰まっての事なのかも知れない。うーん、もうこうなったら、組織の応援を強力に頼むしかないな」
さしもの光輝も打つ手がなくなりつつあった。しかし今の所組織の動く気配は無い。応援を頼むとは言ってある。しかし『了解した』とは言って来るのだが、それ以外は相変わらず無しのつぶてだった。
「光輝の組織の事を聞いても良いか?」
深入りすると嫌われるかも知れないと思って、ハルカは慎重に言った。
「ああ、構わないよ。と言っても殆ど知らないんだけどね」
「じゃあ、聞くけど、組織が動くとどうなるんだ?」
「はっきりしたことは分からないんだけど、警察みたいな連中が動き出すらしい。殆ど俺の知らないところで密かに動いているようなんだ」
「警察みたいな連中? 警察じゃないのか?」
「うーん、違うらしい。でも警察っぽいんだけどね。まあ、簡単に言えば、スパイみたいな感じだったと思う。俺もスパイみたいな所があるけどね」
「ふうん、何だか雲を掴むような話だな」
「ははは、そうなんだよ。それじゃあ、他の話が無かったらここを出ようか?」
「うん、それであの、アタシはどうすれば良いかな?」
「日曜日には絶対に道場に行ってはいけない。他の事はまた明日の事だけど、それだけは絶対だ」
「分かった。それであのう、明日もここで会いたいな。キスだけで我慢するからさ。こうやって話をする事がとっても楽しいんだよ。二人きりの秘密の世界だもの」
「うん、分かった。特に重大な事が無ければ、今日の様にしよう」
二人は一緒にコンビニに戻り、ハルカは一人自転車で自宅に帰って行った。 |