欠席(1)
緊急を要する報告を組織に伝える為に、夜明け前から起き出して暗号化に余念がなかった。
『マンションの電話はさすがに怖くて使えないし、余り長い公衆電話じゃあ何かと疑われるけど、でも、結局公衆電話しかないしな……』
帽子、マスク、Gパンではない普通のズボンを穿き、ジャンパーを着て、公衆電話を求めて早朝の街に出て行く。二十四時間体制で出入りをチェックしているガードマンの前を通る時には、マスクを外して顔を見せ、
「ゲホッ! どうも風邪みたいです」
と、もっともらしく咳をして見せてから、マスクを掛け直して外に出て行く。外に出てからポケットに入れておいた黒ブチの眼鏡を掛ける。
ある意味目立つのだが、誰なのか分からなければそれで良い。朝五時ではまだこの街は、殆ど眠っている。そこが付け目でもあった。
六月中旬を過ぎようとしていたが、まだ朝夕は少し涼しい。非常に厳しい状況下にある光輝にとっては、それが唯一の慰めの様なものだった。少し離れた所にある公衆電話で用件を済ませ、如何にも散歩して来たかのような顔をして帰宅した。
午前八時頃、今度は自宅から、
「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ! す、済みません、インフルエンザか何かみたいです。ゲホッ! ゲホッ! ……」
大袈裟に咳をして、光輝は電話で二、三日休む旨を担任の村山先生に伝えた。
「インフルエンザ? 季節外れですね。まあ良いでしょう。他の人にうつすとあれだから、しっかり治してから学校に来て下さいよ。三日と言わず、一週間でも一ヶ月でも構いませんよ。それじゃあお大事に」
村山先生は相当に皮肉を言ってから電話を切った。自分の授業時間中にミルクを光輝がへこませた事をまだ根に持っている様である。
『ちょっと皮肉られたけど兎に角これで安心して三日間休める。さあて大元が三日の内に動くかどうかだけど、五分五分の勝負だろうな。
まさかその間に次の犠牲者は出ないだろうな? 三年A組の犠牲者が出たら、万事休す、か! しかし平日は恐らくやるまい。
やるとすれば、早くても今度の土、日。狙うとすればお金持ちの誰か。しかし女性でレイプは無いだろう。でも別の線を狙うかも知れない。
ふしだらな行為の写真だったら、女子でも脅せる。お金持ちのお嬢さんで余り怖いタイプは狙わないとすれば? ミルクさんと関わりのある女性では後が怖い。従ってお嬢様同盟の線は無いだろう。
ハルカも無いな。ミルクさんと関わりがあるし、元不良だし、お金持でもない。とすれば綾姫さんか緑川清美さんだろう。俺の感だと清美ちゃんが危ないな。
綾姫さんは巨大な組織がバックにあって、逆に潰される恐れがある。清美ちゃんは大金持ちと言うほどではないけど、一応お金持らしい。しかも目立たない存在だから、こっそり脅すのに適している。
だけど単なる憶測だからな。A組以外の男子を狙うのは? そこまでは俺にも手が回らない。それだったら組織も大目にみてくれるだろう……』
次々に思いを巡らせながら、侘しいカップ麺の朝食を取った。
『いよいよ冷蔵庫の中に何にも無くなったな。学校に行かないから、ハルカの手作りのおかずも食べられないし、栄養のバランスには気を付けないと……』
変装して再び出掛けた光輝は大元の道場を見張る事にした。生憎と直ぐ側に人家が少なく、利用出来そうな場所としては、少し離れた所にコンビニがあるだけだった。
二十四時間営業とはいえ、そこに入り浸る訳にも行かない。兎に角道場の周辺をうろちょろする事にした。時折、コンビニに入って、立ち読みの振りをしたり、昼食や夕食を取ったりした。その間自宅で偽の名刺を作ったりもした。
初日は思うに任せなかったが、適当に作り上げた訳を話して、
「明日から丸二日間ここで張り込みをしたいのですが」
等と言って、コンビニにほぼ四十八時間居座って張り込む許可を得た。もっともらしく双眼鏡等も持って来て見せた。
その日の午後六時。ハルカとの電話連絡の時間である。公衆電話から掛けてみると、ちゃんとハルカが出てほっとした。
「はい、ハルカです」
緊張気味の声が返って来た。
「ああ、光輝だけど、学校で何か変ったことは無いか?」
「特に変ったことは無いです。ただ光輝がインフルエンザで休むと聞いて、見舞いに行く話が出ていたんだけど、それって拙いよね?」
「ああ、明日から道場に比較的近いコンビニで丸二日間張り込む事にしたよ。コンビニの人と話をして了承して貰ったから」
「事件の事を話したのか?」
「いやいや、探偵社の浮気調査だと言ってある。一応青空探偵社だと言う事になっているから」
「青空、探偵社? アタシの苗字だよね」
「ああ、ハルカを一応社員にしてあるからさ。これは万一の事なんだけど何を聞かれても、詳しくは知らないし守秘義務があって話せない、と言っておけば良いよ。
どうしても聞きたいと言ったら、社長に聞いてくれって言えば良い。それで名前なんだけど、俺は社長の青空光輝。君は社員の小寺井ハルカ、としてあるからね。
それ以外の社員の名前はやっぱり秘密だと言う事にしてくれ。それから見舞いの件だけど、インフルエンザがうつると拙いから、来ないでくれって事にしておいてくれないかな。俺は中山マンションから一歩も外に出ていない事にしておくから」
「ああ、分かった。それであのう、会えないかな……」
「うーん、今会うのはとても危険だ。木曜日に俺は登校するからさ、それまで辛抱してくれないか」
「ううううっ、光輝に会いたいんだよ。ああ、もう好きで好きで堪らないんだよな。頭がおかしくなりそうなんだよ。今夜は我慢するけど、明日が辛い。そこのコンビニだったら、アタシ知っているから、明日知らん振りして行っても良いか?」
「うーん、でも会ったら尚更別れたくなくなるんじゃないのか? 大丈夫か?」
光輝は予想以上にハルカの恋心が進展している事に驚きながら、正直困っていた。
「六時頃会いに行っても良いかな。電話で話をするんじゃなくて、直接会って話をしたい。どうかな……」
「分かった。ただ、そのう、変装して来ないと拙いぞ。普通のOL風な感じにして欲しいんだけどね」
「変装?」
「うん、地味な服装で、控えめの茶髪。ピアスも地味に。勿論化粧も地味に。目立たないような格好で来るんだったらまあ良いけど」
「分かった、そういう格好で行くよ。良かった、断られたらどうしようかと思ったよ」
ハルカは安堵して言った。光輝は内心心配だった。
『もしばれたら、道場に連れて行かれて、袋叩きにあって、人知れず処理されてしまうかも知れない。はあーっ! そうならなければ良いんだけど……』
結局その日は何の収穫も無いまま終った。 |