雪の花(5)
『ああ、ハルカ、済まない。本当は巻き込みたく無いんだけど、警察は当てにならないし、組織もこっちの思い通りに動いてくれる訳じゃない。
今の所頼れるのは君しかいない。ひょっとすると危険な事もあるかも知れない。償いはする積りだけど、組織が許してくれるかどうか……』
光輝は目一杯心の中で謝った。場合によっては同棲する事も視野に入れた情のこもったキスだった。
「ふふふふ、アタシこんな凄いキスは生まれて初めてだよ。何かこう本物のキスっていう感じだよな。アタシ光輝の言う事は何でも聞くからさ、どんどん命令してくれよ」
ハルカは光輝に従う事それ自体が嬉しかった。
「俺は明日から三日間学校を休んで、中本親子をマークする。特に大元を尾行するなりして、遊んでいる現場を押さえたいんだ。勿論組織に連絡するけど、組織がどう動くのか俺には分からないシステムになっている。
ハルカは知らない振りをして学校に行って欲しい。間違っても亜美ちゃんにちょっかいを出しちゃいけない。ポーカーフェースと言うか、今まで通り、亜美ちゃんを先生として尊敬する振りをして欲しいんだ。出来るか?」
「な、なんだか本格的なスパイみたいだな。お、面白そうだな」
「俺とこんな話をした事は絶対秘密だ。ただし、命の危険がある場合に限って、言っても良い。そこまで頑張っちゃいけない。
最後まで口を割らないのがベストじゃないんだ。それで大怪我をしたり、殺されちゃったりしたら、俺が辛い。辛過ぎて生きていけない。大元という男は、人を殺しかねない。そういう残忍さを俺は感じた。気を付けてくれよな」
「ああ、分かった。要するに無理するなと言う事だよね」
「うん。それで俺はハルカが家にいる時、外から公衆電話なんかを使って、夜の六時位に電話する。三十分位で終るようにするから、その日あったことをお互いに教え合う事にする。
さっきも言ったけど、男の遊び場、特に過激な遊び場があったら教えてくれないか? 勿論知っていればの話だけど」
ハルカは目を瞑って、考えを集中し始めた。必死になって思い出している様である。
「もう三年以上前の事だから、あんまり当てにならないんだけど、何とかクラブと言うのがあった。でも噂だけで、アタシも実態は知らない。
お金持ちの秘密クラブで、ええとどっかの施設、ああ、そうそう、確か身寄りのない、孤児の女の子ばかりを集めた、要するに孤児院があるんだ。
そこで、おじさん達がエッチな事をしているとかの話を聞いたことがある。高額な寄付をする建前で、実際には、小中学生を集めて、したい放題の事をしているとか何だとか」
「へえーっ、今もあるのかな?」
「そこまでは分からない。でも何と無く、中本大元という人の話を聞くと、そんなイメージに合うような気がする。ああ、思い出した。『お子様クラブ』だったと思う」
「お子様クラブ?」
「うん、全くイメージの違う感じなんで、逆にそれで覚えていたんだ。表向きは普通の施設なんだけど、実態は女子小、中学生の売春宿なんだって。
でも何処にあるのか、まだやっているのかまでは分からないよ。それに噂だけだったし、あんまり自信が無い」
「分かった、一か八かその線で行ってみる。三日間で調べられれば良いけど、大元が動いてくれれば良いんだけどね。駄目だったら後は組織に任せるしかない」
「ど、どうなるんだ?」
「一応お願いしてみるよ。ハルカと付き合って良いかどうかね」
「えっ! わ、私と付き合う?」
ハルカは喜びの表情を隠さなかった。しかし光輝は慎重な姿勢を見せた。
「でも、それこそ当てにならない話なんだ。前に言ったよね、別れたけど今も好きな女性がいるって」
「あ、ああ、そ、そう言ってたよね」
「別れた理由は、組織がそれを認めなかったからさ。彼女と別れなければ、俺は非常に危険な場所に送り込まれる事になっていた」
「非常に危険な場所って、まさか……」
「そう、命の危ない場所だよ。俺は情けない男で、彼女と別れて生きる方を選んだ。もう彼女に会わせる顔がないんだよ。はははは、何もかも組織の言いなり。格好良くも何でもない、ただの駄目男なのさ」
「そ、そんな事はないよ。命が危ないんじゃ、やってられないよ。……もしアタシとの交際が組織に認められないんだったら、無理する事ないよ。
生きていればそのうちチャンスがあるかも知れないけど、死んじゃったらお仕舞だよ。生きる方を選んでくれよ!」
何時の間にかハルカは光輝を応援する姿勢になっていた。光輝はハルカをいとおしいと思った。
「ああ、もう四時を大分過ぎているな。一応お話はここまでにして、店を開いた方が良い。俺は重いインフルエンザでダウンして三日間休む事にするから、さっき言った通りハルカは普通に学校に通ってくれないか。
都合が悪くなければ午後六時に電話を入れるから。学校で何か変ったことがあったら教えてくれ。何かあったら俺も知らせるから。
くれぐれも亜美ちゃんには普通に接するようにね。それと危ない事は絶対しない様に。どうやら雨も上がって来た様だし、それじゃあ、今日は帰るから」
「あ、あの、もう一度、ちょっとだけ、あれをして、くれないかな……」
「ははは、じゃあ、少しだけ」
光輝はハルカの要望に応えて、時間的には短かったが、濃密なキスをした。しかし何と無く物足りなくて、
「ああ、光輝、す、好きだ!」
「俺も、好きだよ」
そんな愛の言葉を交わしてから、更にもう一度キスをして別れた。
弱い雨の中を光輝は小走りに中山マンションに戻った。意外に近く十分とは掛らなかった。濡れて冷えた体を暖める為にも、やっぱり風呂に入ってあれこれ考えた。
『あああ、ハルカを俺は本当に好きなのか? 嫌いじゃない。かなり好きだが、三十パーセント位嘘が混じっている。
嫌な仕事だ。正義の為に女を騙して良いのか? それはそもそも正義じゃない。しかし中本大元をほって置いたら、恐ろしい事になりそうな気がしてしょうがないんだよな。
それは結局組織の命令に俺が十分に対応出来なかった事になる。失敗した事になるんだ。ああーっ、兎に角今日の出来事を詳しく組織に伝える事にしよう。今はそれしかない』
何とも複雑で嫌な気分のまま、その日は過ぎて行った。 |