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割戸学園高校より
作:春野エックス



道場(1)


 自宅に帰ってから、光輝は例の長風呂で、今日一日の反省をした。
『朝日奈村の消滅? うーむ、そう言った途端、ミルクさんの顔色が変わった。舞ちゃんの涙のあとといい、ただ事では無さそうだな……』
 それからココとのことを考えた。
『ココちゃんとキスして良かったのかどうか。もししなかったら? 余りに薄情過ぎるか? しかしココちゃん別れが辛くて泣いてたよな。喜んであっさりと別れられると思ったのにな、ちょっと軽率だったか……』
 幾ら考えても結論の出せない事ばかりだった。ココとのキスは組織には連絡しない積りである。
『恋愛と勘ぐられちゃ拙いからな。もっとも実際三年A組の連中を俺自身随分好きになっている。全員を好きになっちゃいそうだよ。はーっ! 身が持たない様な気がして来た……』
 考える事は適当に打ち切って、暫く勉強した。眠気が差して来たところで、直ぐ寝てしまった。

 朝七時ごろ目を覚まし、いよいよ残り少なくなった冷蔵庫の中の物で簡単に朝食を済ました。TシャツにオーソドックスなGパンのこざっぱりした格好で、午前八時少し前に外に出て中本亜美を待った。徒歩で迎えに来る筈である。生憎の曇り空だったが、雨の心配は少なくとも午前中は無さそうである。

「タ、タ、タ、タ、タッ!」
 ランニングシャツとショートパンツ、スポーツシューズを穿いた露出の多い格好で走って来た、髪の長いかなりの美形の大柄な少女が、
「お早う!」
 と、光輝に声を掛けて来た。
「えっ?」
 光輝は驚いてポカンとしていた。
「へへへ、やっぱり分からないんだ。中本亜美です。コンタクトレンズにして、髪を下ろすと大抵分からないんだよね」
 少しボーイッシュな口調は確かに中本亜美だった。

「ああ、全然気が付かなかったよ。制服じゃないし、髪は長いし、眼鏡じゃないから全く別人だと思っていたよ」
 光輝は正直な感想を言った。
「こっちの方が格好良いかな?」
 少し照れ臭そうに亜美は言った。
「まあ、眼鏡の度がかなりきつそうだから、それよりはこっちの方が良い様な気がするけど、どうして何時もコンタクトにしないんだ?」
 亜美と一緒に彼女の道場に向かって歩きながら、光輝はそう言った。
「経済的な理由なんだよ。コンタクトレンズって、何かと維持費が掛るけど、眼鏡だと一度買ってしまえば、度が進まない限り、五年、十年と持つからさ。何時もの眼鏡だって、もう三年以上使っているんだ。多分大学でもあの眼鏡のままだと思うよ」
 光輝は亜美の顔立ちの美しさに驚きながら、あれこれ話をした。
『それにしても、眼鏡を外すとこれほど美人だとは思わなかったな。長く伸ばした髪をなびかせて走って来る様は、美の女神みたいだったな!』
 亜美が予想以上の美人だった事で光輝は気分が良かった。口も暫くは滑らかに動いていた。

 ところが亜美の歩くスピードについて行くのが段々大変になって来たのである。
「もうちょっとゆっくり歩いても良いんじゃないのか?」
 堪らず光輝は言った。
「ゆっくり歩いていちゃ、三十分じゃ着かないよ。それにそんなに早いか?」
 亜美はいかにも普通に歩いていると言わんばかりだった。
「ああ、そうなんだ。このスピードで三十分なんだ。じゃあこれで良いよ」
 光輝はちょっと見栄を張った。しかし徐々に息が上がって来る。
「ああ、もう直ぐそこだよ。門が見えて来た」
 中山マンションから東へ東へと早足で歩いて約三十分、それらしい建物が見えて来た。辺りに人家もまばらで閑静な街外れの山の麓にあった。
 
「ふーっ、やっと着いた、普通に歩けば、あの、お、俺のスピードじゃ一時間は掛かる。ざっと、六キロ位はあるぞ」
 光輝は、息を切らしながら愚痴っぽく言った。
「そうか、普通はこの距離が一時間掛かるのか。御免な、自分の基準で考えていたよ。これだから男に持てないんだよな」
 開いている門の中に入りながら、しきりに亜美は反省の言葉を続けていた。
「まあ、寄っては来るんだけど、直ぐ逃げられちゃうんだよ。原因が漸く分かったよ」
 門から少し地面の上を歩くと、古風な如何にも道場といった感じの入り口があって靴を脱いで部屋に入って行った。板張りの畳六十畳分位の時代劇にでも出て来そうな道場だった。

「いや、お待ちしておりました。私が当道場の主の、中本大元だいげんです。早速ですが、道着に着替えてくれませんか?」
「はあ?」
 光輝は口髭を蓄え、髪をオールバックで肩の辺りにまで伸ばした、道着姿の大元の言う事が理解出来なかった。しかも他に誰もいなくて、アルバイトに応募したのが自分一人の様なのである。
「面接と聞いて来たんですが?」
 光輝は首を傾げながら大元に聞いた。

「当道場の仕来たりでして、面接も道着で行います。別に不思議ではないでしょう?」
 大いに変わっていると光輝は思ったが、
『面接が嘘でないのならまあ、良いかな?』
 そう思うことにして、
「あのう、道着は何処にあるんでしょうか?」
 服らしいものが何処にも無いのでそう聞いた。
「亜美が案内しますから、別室で着替えられると良い。亜美、ご案内してさしあげなさい」
 言われた亜美の顔が急に曇った。しかし直ぐ笑顔に戻って、光輝を連れて行った。
「こちらです。どうぞ」
 広い道場の他に、何部屋か続いていて、少し廊下を歩いて行ってから障子戸しょうじどを開け、中に入った。そこは畳十畳分位の簡素な部屋だった。 

「ええと、道着は何処にあるんですか?」
 部屋の中には小さなテーブルの上に、ポットと急須と茶筒と、幾つかの茶碗の他は何も無いので亜美に聞いてみた。
「あのう、今持って来ますので、そこに座ってお待ち下さい。その前に、一服付けていて下さい。リラックスして頂かないと面接は上手く行きませんから」
 手馴れた手付きで亜美は光輝にお茶を出した。
「どうぞ、飲んでいて下さい、今お持ち致しますから」
 亜美はそそくさと部屋を出て行った。
『何か、話がちょっと違う様な気がするけどな。まあ、そういう仕来たりなんだろう』
 シーンと静まり返った和風の部屋の中、光輝はたった一人でお茶を啜っていた。












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