中柳量子の話(4)
「念の為に聞くけど、俺が来る前はGパンだったのか?」
光輝はちょっと信じられ無いといった様子で、量子に聞いた。
「ええ、普段は、Gパンよ。嘘じゃないわ。他の人に聞いてみれば良い。中本さんがこんなに制服のスカートを穿き続けたのは、多分今回が初めてだと思います」
「しかし、Gパンが破れたとか、何か別の理由があるんじゃないか?」
「でも、Gパンは二本はあるんですよ。やっぱり変よ」
「そうか、それは確かに変だな。……ところで彼女は一芸組なのか? それとも成績組なのかな。確か道場の一人娘だったよね」
「ふふふ、あの体格からして分かると思いますけど、勿論一芸組よ。彼女のお父さんの道場は全国的には殆ど無名だし、流派も知られていないから、別の全国組織の格闘技の大会の女子の部に出て、準優勝だったのよ。つまり彼女は二つの流派に属しているのよ」
「二つの流派にねえ。何かと忙しいんじゃないのか?」
「はい。だから学校で必死の勉強をしているんだと思うわ。同じ格闘技でも流派が違うとルール的に相当違う所があって、両方の練習を別々にしているらしいのよ」
「へえーっ、それは大変だ。とても恋愛どころじゃないんじゃないのか?」
「理屈はそうだけど、彼女も女の子だから、年頃のね。私もそろそろなんだけど」
量子は自分も光輝が好きなことを暗示した。しかし光輝には全くその気が無いらしい。
「さて、少しながいをしたみたいだからお暇する事にするよ。その前に駄菓子屋の店が見たいな。見ても良いかな?」
「ええ、どうぞ、こっちです」
量子は直ぐに立って、店へ案内した。
「カラカラカラッ!」
ガラス張りの引き戸を開けて、白熱灯を灯すと、そこは何十年か前にタイムスリップしたような世界だった。天井には奴凧や普通の四角い凧、モダンな洋凧が釣り下がっているし、傾斜のつけてある商品を置く台には、大小のコマ、ビー玉、おはじき、メンコ、等が沢山置いてあった。空いている部分には、飴玉や煎餅等の食べ物が置いてあったのだろう。微かに甘い香りが残っていた。
「おおーっ、ここは別世界だな。明かりも蛍光灯じゃなくて、白熱電球なんだな。随分凝ってる」
「そうなのよ、その分維持費が大変なのよ。この電球じゃ、蛍光灯よりずっと電気代が高くつくし、仕入れる商品も良い物だと値段が高いのよ。
よっぽど売れなきゃ、やって行けないのよ。お父さんは理想ばかり追っていたから、結局潰れたのね。適当な所で折り合いを付けて置けば、潰れずに済んだんだって、お母さんが言ってた」
「ふうん、理想か、……難しいもんだな。ああ、有難う。じゃあ今日はこれで。あの、久し振りに飲んだ緑茶、美味しかったよ」
光輝は量子から思ったより沢山の情報を手に入れる事が出来て、十分満足して帰る事になった。
「あのう、明日も来てくれますか? 明日は手作りのホットケーキをご馳走したいと思うんだけど……」
「ええと、毎日という訳にはちょっと。そろそろ実力テストの事も考えないと拙いんでね。テストの後だったら何とかなるかも知れないけど……」
「ああーっ、そ、そうよね。私、テストの事忘れてた。じゃあ、今日はこれで」
「うん」
「タタタタッ!」
量子は部屋に戻ると走って行って玄関の鍵を開けた。
「用心の為に、鍵は何時も閉めているんです。け、決して、邪魔者が来ない様にという意味じゃありませんから」
「はははは、俺だって鍵は何時も閉めているよ。近頃は何かと物騒だからね」
「ええ、そうですね。じゃあ、また明日、フリータイムの後で、英文の朗読の勉強をしましょうね」
「うん、じゃ、さよなら!」
「さよなら!」
光輝が帰ってしまうと、少し間を置いてから、量子はドアに鍵を掛けた。それから気が抜けた様に、靴を脱いで廊下に上がった。
そしてドアの方を向いて、足を少し広げて膝を折り曲げ、尻を着いたままぺたんと座り込んで暫く呆然としていた。
「何にも出来なかった。大好きなのに何にも出来なかった……」
ブツブツと、そう呟いた。
「光輝さん、私の事、女の子だと思っていない。二人っきりで一時間も密室にいたのに、嫌らしい事は何にもして来なかったし、変な目でも見なかった。
もっと大胆に迫れば良かったのかな。ひょっとして裸になれば、……駄目よ、尚更嫌われる。三年A組の女子全員が好きだって言ったんだから、私にもその気があるっていう事を言った積りだったんだけど、分かったのかな?
彼には私は勘定に入っていなかったのかも知れない。ああ、どうして私はこんなに背が小さいんだろう。その上痩せてるし、胸は微かに膨らんでいるだけだし、……愛される筈が無いわね」
目も虚ろに喋り続けた。しかしやがて諦めて、何時もの様に、一人ぼっちの夕食の支度に取り掛かった。ただ時折涙が込み上げて来て、やるせなかったが、ひたすら耐え忍ぶしかなかった。
自宅に帰った光輝は例によって長風呂に浸かりながら、特に量子の言った事を考えてみた。
『量子ちゃんも俺の事が好きなんだろうな。気持ちは嬉しいんだけど、三年A組の誰も好きにならない事を心に誓ったんだよ。
申し訳ないけど、諦めて貰うしかない。それにしても亜美ちゃんがねえ……。しかし何だか納得出来ないな』
光輝には亜美の態度がどうにも不可解に思えた。
『仮に俺を本当に好きなんだったら、何かして来るだろう? それが下着を見せただけで、それ以外の事が全然無いというのも妙だな……』
何とも妙な気分のまま、更に色々と考え続けた。 |