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割戸学園高校より
作:春野エックス



綾姫の変貌(2)


「ばあやは私に言ったんです。光輝さんがミルクさんや、ココさんでなく私に接近するのは古扇家の資産が目当てなんじゃないかって」
「資産? まあ、あんなに大きなビルを持っている位だから、かなりの資産があるんでしょうね。でも、それに気が付いたのは今日が初めてですから、資産を狙うなんて有り得ないし、もしそんな狙いがあるとすれば、とっくに綾姫さんを抱いていたでしょうね」
「ええ、でもばあやは別の可能性も考えていました。もっと単純に私の体だけが目当てなんじゃないかって」
「それも違うことが証明されたんじゃないんですか?」
「はい、結果としてはそうです。でもわざとじらす積りかも知れないって言うんです。それで昨夜の事なんですが、ばあやはとんでもない事を言い出したんです」
「とんでもない事?」
「ええ、私がはしたない格好で、貴方を誘惑する様にしろと言う事でした。勿論、私は怒りました」
「良く分からないですね。どうしてそんな事を?」
「……ばあやは知っていたんです。私が貴方に夢中になっている事を。だったらいっその事抱かれてしまえば良い。関係を持てば、きっと貴方は本性を表す。
 本性を表したらその時は古扇家の力で、貴方を刑務所送りにする積りだったんです。それともう一つ。貴方が誰かの手先かも知れないと考えた様です」
「な、何だか、ミルクさん達みたいな感じだな。校長先生の手先に俺は思われていましたからね」
「ええ。実は古扇家には敵が多いんです。割戸一族もそうなんですよ」
「えっ! 仲が良かったんじゃないんですか?」
 光輝は意外な事を聞かされた思いだった。

「はい、確かに祖父同士は仲が良かったんですが、その子供達、つまり私の両親とミルクさんの両親とは犬猿の仲に近いんです」
「ええーっ! たまげたね。そんな状態でよく割戸学園に入っていられますね」
「でも、ミルクさんと私とは幼馴染でもあり、結構仲は良かったんですよ。ただ、今はココさんがいるから、ちょっと疎遠になっていますけど」
「ああそうか、綾姫さんはココさんが嫌いでしたね」
「ええ、特に貴方に対する態度は許せないわ。彼女には男の顔というものが分からないのよ。教室に最初に入って来た時の、貴方のしっかりした大人の顔に私は痺れたのに、彼女は子供っぽいイケメンが好みだから、そっぽを向いたんだと思うけど、要するに幼稚なのよ」
 綾姫の言葉は光輝をドキリとさせた。
『そうか、綾姫さんは、大人の顔が好きなんだ。そりゃ二十四だからな、十七、八の小僧何ぞとは違うわな。しかし本当の年齢を知ったらどう思うんだろう?』
 そんなふうに考えると、恋の熱が半減した様に感じられた。

「お待たせしました」
 やはり同じ店員が注文したラーメンを持って来たのだが、綾姫の様子がおかしい。
「でも、私、昨夜ばあやにあんなに反発したのに、光輝さんが何もしてくれなかったので、つい、ばあやの言った通りの、露出の多いはしたない格好で貴方に迫りました。御免なさい! 私、最低だわ! ううううっ、……」
 事情が良く分からない店員は綾姫が泣き出した事に戸惑いながら、
「ええと、醤油ラーメンと塩ラーメンの大盛です」
 手を引っ掛けたりしない様に、ラーメンを綾姫から離して置いて、怪訝けげんそうな顔をしながらその場を去った。光輝はしきりに綾姫をなだめたが、周囲の殆どの者は、男が女を泣かせている様に受け取った。

 結局綾姫はラーメンを殆ど食べず、
「こ、こんなに残したんじゃ勿体無いな。俺が食べても良いか?」
 残りは光輝が汁の一滴も残さず全部平らげた。少し無理して食べたのは、今後食べられなくなる恐れがあるからだ。
『もう食費は突然の出費の恐れがあるから、月末までは殆ど使えない。それこそはしたないけど、食える時に食っておかなければ!』
 光輝は組織が金銭に極めてシビアである事を知っている。出さないと言ったら金輪際出さないのである。
『今週中にでも、アルバイトを見つけないと、本格的にやばいぞ!』
 やっと機嫌が直って来た綾姫と帰り支度をしながら、ふっとそんな事を考えた。

 二人が小上がりを降りた時に、目の前に男が一人立っていた。わなわなと震え、両手を握り締め、形相凄まじく、
「き、貴様、お嬢様に何をした!」
 叫んだのは運転手のじいや、横堀石男だった。綾姫の事が気になって、客を装って店に入り込んでいたのだ。

「いや、べ、別に何も……」
 石男の激しい怒りに光輝は答えに窮した。
『何を言っても、理解して貰えそうにもないぞ』
 光輝が困っていると、
「や、止めて! 私が悪いのよ。光輝さんは悪くない!」
 光輝の前に出て綾姫は庇った。

「綾姫! お前は騙されている。この男は他の女性とも付き合っているという評判だぞ。その上ミルクの館でハルカ達と如何わしい遊びをしていたという噂が立っている。目を覚ましなさい! お嬢様、目を覚まして下さい!」
 主従を取り違えた様な言い方を石男はしてしまった。それだけ怒りが激しいのだろう。そしてそれは愛の深さを物語っている。

「あ、あのう、お客様。店内での揉め事は皆様に御迷惑が掛ります。申し訳御座いませんが外に出て頂けないでしょうか?」
 店主の女房らしきやや年配の女性が特に石男に向かって言った。石男は一旦はその女性を睨み付けたが、他の客の目が自分に向けられている事に気が付いて、
「い、いや、お騒がせしました。それでは外の駐車場で、お、穏やかに、話し合いますので、失礼致します」
 急に低姿勢になって、綾姫と光輝を気にしながらも、急ぎ足で店の外に出た。
「す、済みません。あ、あの、お釣は、要りませんので、本当に申し訳御座いません」
 綾姫は五千円を出して釣銭を受け取らずに光輝と一緒に小走りに外に出た。

 駐車場の自分の車の側で待っていたじいやの横堀石男に、綾姫はつかつかと歩み寄ると、
「公衆の面前で貴方は私に恥を掻かせました。それも許せませんが、小寺井光輝さんを悪く言う事は、もっと許せない事です。
 私があられもない格好で何度も誘ったのに、光輝さんは何もしなかったのですよ。つまり光輝さんには何の落ち度もないのです!
 ……当面、私は貴方の車には乗りません。私の親代わりということで、心配してくれる事は有難いのですが、もうこれ以上干渉されるのは我慢出来ません!
 お帰り下さい。今すぐご自宅にお帰り下さい! では失礼します。行きましょう、光輝さん。少し散歩してからお別れにしましょう」
 そうはっきりと宣言してから中山マンションの方向に歩き出した。じいやは返す言葉を失っていた。

「あ、あの、じゃ、失礼します」
 光輝は横堀石男に軽く会釈してから、綾姫と並んで歩き出した。もう成り行きに任せるしかない。
『それにしても、妙に情報が早いな。何故だ?』
 光輝は新たな謎を抱える事になった。












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