割戸学園高校より(41/401)PDFで表示縦書き表示RDF


割戸学園高校より
作:春野エックス



綾姫の変貌(1)


「ラーメンはお好きですか?」
 地上に降りるエレベーターの中で綾姫は意外な事を聞いて来た。
「ええ、まあ好きだけど……」
 光輝はちょっと面食らって、言葉が続かなかった。

「折角のご馳走を駄目にしてしまって、済みませんでした。それであの、今思い付いたんですけれど、私に奢らせて下さい。
 高級料理店では金銭的に無理ですし、今はファストフードを食べる気にもなれません。でもラーメンだったら私のお小遣いで何とかなると思うんです。
 そこでちょっと先程の事についてお話したい事が御座いますので、私の知っている小上がりのあるラーメン屋さんにしたいのですが……」
「割り勘でも良いんだけど、大丈夫なのか?」
 光輝は経済的にピンチだったが、一応割り勘を申し出てみた。

「はい。ラーメンの一杯や二杯、どうってこと無いです。ああ、そこは、中山マンションの直ぐ近くですから、覚えておられると良いと思いますよ」
「へーっ、近くにラーメン屋さんがあったんだ。全然知らなかったな。綾姫さん帰りはどうするんだ?」
「じいやを待たせておくから平気だわ。そこのラーメン屋さん、『美味い屋ラーメン』って言うんですけど、割合広い駐車場があるのよ」
「でも、じいやさんに、横堀さんに悪いよ。俺達だけ食べるのはちょっと……」
 光輝は何だか綾姫がじいやに意地悪をしている様に感じた。
「うふふふ、光輝さん優しいのね。でも大丈夫。じいやはもうとっくに晩御飯を食べているわ。彼はいつも早いのよ。それに彼はラーメンが大嫌いなのよ」
「へえ、ラーメンが嫌いなんだ。ちょっと変っているねえ」

 間も無く二人は地上に降り立った。外へ出て、公園を抜けると、車の側に苦い顔をして横堀が立って待っていた。
「お嬢様、その格好はその男の指示ですか?」
「違います。私の自由意志よ。それよりも行き先を変更するわ。『美味い屋ラーメン』に連れて行って。そこで私は光輝さんと夕食を取りながら少しお話しますので、貴方は駐車場で待っていてね。
 中山マンションは目と鼻の先だから、そこで今日はお別れする事にしますから。あの、それで宜しいですわよね、光輝さん」
「うん、良いですよ」
 横堀は渋々ながら二人を乗せて、『美味い屋ラーメン』へ向かった。ラーメン屋に着くと光輝と綾姫を降ろして、自分はラーメン屋の無料の駐車場で待つ事にした。

「ああ、本当だ。中山マンションの入り口まで五十メートルも無い。ちょっと横を向けば分かるんだけどな、はははは」
 光輝は実際マンションの近くに何があるのか殆ど分かっていなかった。

「いらっしゃいませ!」
 威勢の良い声がほぼ満席の店内に響く。
「何名様でしょうか? それとお名前の方は……」
 普段着の上に揃いの『美味い屋ラーメン』のロゴの入ったエプロンを着けた、女性店員が駆け寄って来て名前と人数を聞いた。

「えっと、海原と言います。人数は二人です。あのう小上がりにしたいのですが」
 綾姫は慣れた感じでそう言った。
「はい、海原様で、お二人様で御座いますね。少々お待ち下さい。今お帰りになられる方がいらっしゃいますので」
「分かりました。待っていますから。光輝さん、少し待ちますけど宜しいでしょうか?」
「ああ、良いですよ。そんなに気を使わないで下さい。ここが済んだら俺は直ぐ帰れるけど、綾姫さん達はまた車で帰らなきゃならないんですから。俺よりよっぽど大変ですよ。明日の為の勉強だってこれからするんでしょう?」
「いいえ、明日の為の勉強なら昨日殆どやってしまいましたから」
「あ、ああ、そ、そうですか。そうすると、俺の方が大変かも知れないですね、はははは」
「ええっ! そうなんですか? うふふふ、余裕ですねえ」
 綾姫は光輝があっと言う間に勉強が出来てしまうものだと思っていた。

「海原様、こちらです」
 先程やって来た店員が二人を店の一番奥の小上がりに案内した。二人が向き合って座って間も無く、コップに入れた水と、お絞りとをお盆に載せて持って来て、
「あのう、何になさいますか?」
 注文票とボールペンを持って二人に聞いた。

「私は普通の醤油ラーメンで良いわ。光輝さん、遠慮なさらずに好きなものを注文して下さい」
「ええと、そうだな、じゃあ、塩ラーメンで行こう」
「大盛でなくて良いんですか? 遠慮しないで下さい」
「そ、それじゃあ、塩ラーメンの大盛で」
 二人の注文をさらさらと注文票に書いた店員は、
「それでは、復唱します。醤油ラーメン一つと塩ラーメンの大盛一つで御座いますね」
「はい」
 綾姫が返事をすると、
「それでは少々お待ち下さい」
 店員が軽く一礼して去って行った。

 綾姫はきちんと膝を折って座っている。光輝は胡坐あぐらだった。
「綾姫さん、その座り方で、足が痺れませんか?」
「大丈夫ですわ、慣れていますから」
「そうですよね、礼儀作法の家元の娘さんだったんですよね。俺は無理だな」
「誰でも練習すれば出来る様になりますわ。それより先程はばあやが本当に失礼致しまして、申し訳御座いません。それに、じいやまであのような態度を取って、重ね重ね申し訳ありませんでした」
「いいえ、大事な一人娘を取られるとでも思ったんでしょう。ははは、大して気にしてませんから」
 そうは言ったが、詳しい話を聞きたくもあった。

「簡単に事情を申し上げると、私と光輝さんの関係を、あの人達は随分早くから知っていたみたいなんです」
「何時頃からですか?」
「光輝さんが初めて学校に来たその日のうちに、情報が入ったみたいですわ」
「ええーっ! 綾姫さんが何も言わなくても知っていたんですか?」
「はい、聞かされた私の方が驚きました」
 光輝はこの街の、取り分け割戸学園高校の特殊性を感じざるを得なかった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう