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割戸学園高校より
作:春野エックス



ミルクの館(2)


 大きく緩やかな左カーブを過ぎると、少し直進した後、見えていた林の中に入った。そこからぱったりと人家が無くなり、少し先の右側に長い小さな屋根の掛った塀が続いている。ずっと先の方に、玄関らしきものが見えたが、車は塀に掛る手前の丁字路で右折した。
 塀は今度は左側に見える。どうやら塀はその辺りをぐるりと取り巻いているらしい。更に突き当たって、今度は左折した。

『更に塀が左に折れて続いているな。やっぱりミルクの館と言うのは塀に囲まれた中にあるらしい。それにしても巨大だ。
 ドーム球場が幾つも入る大きさだ。成る程、皆がミルクさんを恐れる訳だ。彼女のバックにはこれほどの資本力を持つ者が付いているのだからな。だけど、どうして正面から入らないのかな? 勝手口から入ると言う事か?』
 
 光輝以外の者は事情を知っているらしく、平然としていたが、彼にはちょっと不思議だった。
「ええと、裏口から入るのか?」
 光輝は思わずハルカにそう聞いてしまった。
「あははははっ!」
 助手席に座っていた男とハルカが声を出して笑った。他の者も控えめながらやはり笑った。
「あ、あのさ、向こうの正面玄関はミルクさんのお祖父さんの本宅があるんだ。ミルクさんのいる所は裏正面玄関と呼ばれていて、そこからだとミルクの館に近いから普通はそっちから行くのさ。
 塀の中に車で入れるけど、途中までなんだ。歩いても行けるけど、結構な距離があるからね、その様にしてるのさ。この街じゃ常識なんだけど、小寺井さんみたいな外から入って来た人には、分からないかも知れない」
 ハルカは分かり易い様にゆっくりと説明した。

「でも、玄関は横にもあった様な気がするけど?」
「そう、ここのお屋敷はほぼ正方形の塀で囲まれていて、四方に出入り口があるんだよ。万一火事になったりした時に、逃げたりし易い様にね。それに消防車が入って来る時も便利だし……」
「へーっ、何か凄いな。中にはコンビニとか病院とかもあるのか?」
「ぷははははっ!」
 今度は殆どの者が噴出して笑った。
「ね、ねえよ、建物が四つと庭だけだよ。くくくくっ!」
 ついさっきまで深刻な顔をしていたハルカが笑い転げた。一番笑いそうも無かった舞さえも、肩を揺すって声を出さずに笑った。

 車の中がなんともなごやかな雰囲気になった所で、純白のリムジンカーは左折して、塀の中に入った。しかしその途端にちょっとした緊張感が走った。
 裏正面玄関に入って停車し、その扉が閉じられると、男女合わせて七、八人のガードマン風の連中に取り囲まれた。その場で全員車から降りた。

「ミルク様、お帰りなさい。規則ですので調べさせて頂きます。女子のチェックは夕霧が致しますので。男子は山根が担当です」
「ご苦労様。夕霧さん、ボディーチェックお願いします。小寺井さん、申し訳ないのだけど、ここでは必ずボディーチェックをしますので。貴方が怪しいとかそういうことではありませんから」
「あ、はい。構いません」
 結構念入りに全員のボディーチェックが行われた。所持品も調べられた。全員合格すると初めてミルクの館の通路に通された。

「えっ!」
 目の前の屋敷を見て、光輝は少し足がすくんだ。
『屋敷と言うよりも、宮殿と言った方が良いな。あちこちに彫刻が施してあって、ちょっとした西洋のお城みたいだ。本物のお城みたいに大きくは無いけど、豪華だ。豪華過ぎる!』
 目を丸くしている光輝を見て、もう誰も彼が何もかも知っていて、知らない振りをしているのだとは、全く思わなくなった。その事に一番衝撃を受けたのは、勿論朝日奈舞だった。

『ここまで何も知らないとすると、校長先生がこの男に見切りを付けたと考えれば、案外辻褄が合う。何かの手違いで、割戸学園に来てしまった。それだけだったのだわ。考え過ぎだった。物凄い勘違いをしていた。……あはははは、私は何をしていたのだろう?』
 舞は自分を責めた。そして更に無口になった。

 ミルクの館の外に面した主な出入り口には大抵人が配してあり、勝手に出入り出来ないようになっている。
「お帰りなさい、ミルク様」
 一番メインになる正面玄関には、やはりガードマン風の二人の屈強の男性が付いていて、怪しい者が紛れ込んでいないか目を光らせながら、うやうやしくドアを開けた。
 入って直ぐの所はホテルの玄関ホールの様に広々としていて、二階まで吹き抜けになっている天井からは、3Aの教室にあるよりずっと立派なシャンデリアが下がっていた。
 二階に上がるのには左右の階段を使うようだが、真正面の壁には大きく立派な風景画が据えられている。
 その絵の下に左右に分かれてドアがある。更に右の壁や左の壁にも幾つかのドアがある。さすがに本物の宮殿の様に特別に長い直線の廊下までは無い様だが、部屋数はかなり有りそうだった。

「お帰りなさいませ、ミルク様。直ぐお食事になさいますか? それとも……」
 メイド風の中年の女性が出迎えて、ミルクに声を掛けた。
「そうねえ、今日一番のお客様に聞いてみましょう。あのう小寺井さんは直ぐ食事になさいますか? それともお話を少ししてからになさいますか?」
 光輝は少し困った。面食らう事が多くて、気持ちが落ち着かないのだ。特に舞の様子が気になった。

「ええと、俺は少し舞さんとお話したい。ミルクさんとは食事の後でじっくりお話ししようと思うんだけど、舞さん何だか落ち込んでいる様な気がする。出来れば二人きりでお話したいんだけど、適当な部屋はありませんか?」
 聞き様によっては随分大胆な事を光輝は言った。当然ながらハルカは気になった。
「ふ、二人きりじゃなきゃ駄目か?」
 一応言うだけ言ってみた。

「短い時間で良いんです。十分かせいぜい十五分。食事はその後ということにして欲しいんですが。我が儘言って済みません」
 光輝はハルカにもミルクにも通じるように言った。
「そうですか。それなら食事は三十分後ということで、お願いします、青空さん」
「はい、かしこまりました。お食事は食堂で宜しいのですね?」
「ええ、予定通りにね」
「はい」
 青空と呼ばれたメイド風の女性は、直ぐ左の壁のドアを開けて中へ入って行った。

「さっきの人、ハルカさんのお母さん?」
「……うん」
 ハルカは言いにくそうに返事をした。

『ははーん、ハルカさんが中学校時代に荒れた理由はこれか。両親ともここで働いているんだったな。ミルクさんの頼みを断れなかった理由もここにあるのに違いない。
 ミルクさんのガード役を買って出ているのも、両親がここで働いているからなんだな。しかし決して卑しい仕事をしている訳じゃない。彼女とも、もっと色々と話をしてみる必要が有りそうだな。こりゃあ忙しくなりそうだぞ』
 光輝にはそんな予感がしていた。












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