校長室での出来事(2)
「じゃあ、こちらへ来てお座り下さい」
校長の剛太郎は部屋の右隅にあるソファに座る様に促して、自分はテーブルを挟んで反対側のソファに座った。光輝は右手に持っていた鞄を床に置いたが、何故か校長の足元近くにそれを手で押して移動させた。
『何だ?』
ちょっと首を捻った剛太郎だったが、さして気にもせず、
「最初に必要な物をお渡ししておきましょう」
生徒手帳や3A(スリーエー)のバッチ、ネームプレート、校章等を光輝に手渡した。
「じゃあ、付けさせて頂きます」
光輝はそれらを直ぐに所定の場所に取り付け、生徒手帳はズボンのポケットに仕舞った。
「いや、これで何処から見てもうちの学校の生徒だ。特に3Aのバッチが光っていますよ。Aクラスは授業料免除の他に、色々な特典のある特待生の証である事は、聞いていますか?」
「いいえ、聞いていませんが……」
「ああ、そうですか。少し詳しく言うと学年トップテンの成績の者と、何か一芸に秀でたものの入るクラスなのですよ。例えば全国的に有名なアイドルタレントの夢見ココ、ご存知ですよね?」
「まあ、名前だけは」
「彼女もそこにいます。お陰で学校の周辺にカメラを持った連中が、しょっちゅうウロウロしています。時々校舎内に入り込もうとする者があって、困っているんですがね」
困ったと言いながら、むしろ自慢げに話した。
『そうか、カメラを持った連中の事が分かったぞ。出入り口のチェックが厳しいのも、防犯上の理由だけではなく、熱狂的なファンの侵入を防ぐ為でもあったんだな。夢見ココねえ、性格はどうなんだろう?』
光輝にはちょっと嫌な予感がした。
「しかし俺はそんなに勉強が出来る訳でもありませんし、一芸に秀でてもいませんが、どうしましょうか?」
「なあに、それは何とでもなります。我々に任せて置いて下さい。問題なのは、聞いておられると思いますが、割戸ミルクさん、いやミルク様、の事なんですよ」
校長の顔は急に渋くなった。
「ミルク様? 生徒に様を付けるんですか?」
「お恥ずかしい話なのですが、そうせざるを得ないのです。まあ、彼女自身は様を付けるなとは言うのですが、彼女をさん付けで呼べるのは、同じ3Aの生徒位のものなんですよ」
「それはおかしいですね。あってはならない事です」
「理屈はそうなんですが、彼女は理事長の孫娘であり、理事長の代理も一部ですが務めていて、うっかりすると教師の首が飛ぶんですよ」
「えっ! 生徒が教師を首にするんですか?」
「実際に一人首になっています」
「ええっ!!」
光輝は絶句した。
光輝の仕事はオヤジの探して来た、問題のある学校、クラスに、生徒として入り込み、問題を解決するというものだった。
私立の有名校であればあるほど、学校が荒れている事が表面化することは、学校の存亡に関わる重大な事柄である。
そこで自分達の手に負えない場合に、教育問題コンサルタントを名乗る、小寺井光華に相談を持ち掛けるのであるが、それは表向きの事。
法律上は許されない、光輝を偽学生として送り込み、その種の訓練を受けている彼が手腕を発揮して数ヶ月以内に問題を解決する。
光輝と光華とはそれによって高額の収入を得ていた。成功率百パーセントというのが売りではあるが、実際には何度か失敗している。
それでも高い確率で成功している事は事実であったので、口コミであちこちから勧誘があった。しかし二人には更なる秘密があった……。
しばしの沈黙の後で、
「そこでですね、貴方のお父上にもお話したのですが、ミルク様を何とかして頂きたいのですよ」
校長の剛太郎は本題を切り出して来た。
「なるほどねえ、少なくともその様付けは改善しましょう。それとみだりに教師を首にしない様に……」
「いや、それはその構わないんですよ」
「えっ、それはどういう……」
光輝は校長の意図が分からなかった。
「私の説明不足だったかも知れませんが、ミルク様を我々の思い通りに操りたいのです。我々にとって邪魔な教師を彼女が首にしてくれれば、一石二鳥なんですがねえ」
校長の顔にずるそうな笑顔が浮かんだ。
「しかし、それは、……」
光輝はオヤジがとんでもない約束をしてしまっていた事を悟った。
「貴方のお父上、光華さんは快く引受けて下さいましたよ。勿論承知してくれますよね?」
校長はじっと返事を待った。
「申し訳ありませんが、人を操り人形にする訳には参りません。貴方はそれでも教育者なのですか!」
光輝はきっぱり断った。
「な、何ですって! だったら、前金の五百万、今すぐ返して貰いましょうか。それと今日中に、お貸ししたマンションから出て行ってくれ!」
校長は語気を荒げて言った。
「どちらもお断りします。オヤジがどんな約束をしたか知りませんが、私は私の流儀でやります!」
光輝は毅然とした態度を取ったが、
「はははは、そんな口を利いていられるのも今のうちだけですよ」
校長は拳を握り締めて、光輝の顔の前にゆっくり突き出し、
『言う事を聞かなければ、叩きのめすぞ!』
不敵に笑いながら、そう暗示した。
しかし光輝は微動だにしない。
「貴方は私がオヤジさんの命令で動いていると思っているのでしょうが、それは違います。第一彼は仕事仲間ではあっても、本当の親子なんかじゃありませんよ。
年齢的にそう名乗った方が疑われ難いのでそうしているだけです。私はある組織の命令で動いています。彼は組織と親しい間柄にあって私の手伝いをしているだけなんですよ」
「な、何だって!!」
今度は校長が絶句した。 |