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割戸学園高校より
作:春野エックス



光輝の評価(2)


 直後にチャイムが鳴って国語の時間は終了した。次は英語であったが、教師が昨日首になったばかりだったので、まだ後任の先生が来なくて自習ということになった。英語の苦手な光輝は、これ幸いと猛烈に勉強を始めた。教師が居ない方が、彼の場合は勉強する様である。

『あれ、変だな、体育が無い!』
 一休みしながらぼんやり壁に張ってある時間割を見ていて、その時、ようやく時間割には体育という項目が無い事に気が付いた。
 直ぐ綾姫か清美に聞いてみたかったが、皆真剣に自習しているので声を掛けられなかった。終了のチャイムとほぼ同時に、光輝は綾姫に訳を聞いてみた。

「時間割に体育っていう教科が無いんだけど、間違いじゃないよね?」
「ふふっ、体育がお好きなんですか?」
「いやそんな訳じゃ無いんだけど、体育の無い学校というのは初めてなんでね。国からの指示で、何時間かやらないと拙いんじゃなかったか?」
「私には詳しい事は分からないんですけど、学園の理事長の割戸大造だいぞう氏の方針だそうよ」
「理事長の方針?」
「ええ、『体育の授業ほど人にコンプレックスを与えるものは無い。普通の試験は、成績下位者の発表はしないのに、体育だけは皆の前でやるから、出来ない者はとても辛い。それ位だったら無い方が良い』ということらしいわ」
「へえーっ、言われて見れば確かにそうだね。俺は体育は割と得意な方だから、コンプレックスには感じないけど、出来ない人にとってはとても辛い事なんだって想像が付くよ。ああ、そうか。それでフリータイムの時、体育が選択出来る様になっているのか」
「そういうことらしいわ。私はこんな格好ですから、余り激しい運動をする訳には参りませんが、体を動かすことは嫌いではありませんわ」
「そうだよね、う、家に居る時もその格好なんですか?」
 光輝は深入りし過ぎかも知れないと思ったが、一応聞いてみた。

「はい。この髪型はかつらでは御座いませんので、このままです。時々死にたくなります」
「ええっ!」
「ふふふ、嘘です。でも髪を結い直す時には時間が掛って大変なんですのよ。私の辛さを分かって下さいますか?」
 綾姫は、そう言うとじっと光輝を見詰めた。その和風の顔立ちはなかなかに美しかった。しかし好きになる訳にはいかない。目的が達成されれば、直ぐまた次の学校に移らなければならないのだ。

「うーん、……解消する方法は無いんですか?」
「一つだけあります」
「……どういう方法ですか?」
 光輝は聞くべきではない様な気がしたが、つい聞いてしまった。
「このような古風な姿形は、古扇家流の家元または家元に次になる者がそうすることになっています。だから例えば貴方が私のお婿さんになって、家元になれば私は普通の服装でいられます。いいえ、服装は着物でもいいのです。私はこの髪型を解消したいのです。
 ……駄目ですよね? それに今度は貴方が古風な、茶人ちゃじんの様な服装にしなければなりません。頭の毛は剃らなくてはならないのです。……やっぱり、駄目ですよね?」
 光輝は返事に困った。あっさり拒否するのは躊躇ためらわれた。しかし承知も出来ない。

「うふふふ、私の愚痴を聞いてくれて有難う。今のは冗談ですからね。次は物理学よ、確かミルクさんに宿題があったのよね。
 私には難しくて何だか良く分からなかったけど、ブラックホールとかのお話でしたわよね。ミルクさん御自分で考えて来られたのかしら?」
「えっ? それはどういう意味ですか?」
「彼女には大学の先生のお友達も沢山おられますのよ。どなたかにご相談されたのではないのでしょうか?」
「ふうん、そうなんだ。俺の質問は素朴なものだから、あんまり大袈裟に考える事も無いと思うんだけどね。俺も良く分からないし……」
「まあ、そうなんですか?」
「分からないから質問したのですよ」
「ふふふ、そうですわよね」

 例によって村山先生は十分ほど時間を余して授業を終った。
「そ、それでは、ミルク様、何か講義されますでしょうか?」
「はい、昨日の、小寺井さんの質問にお答えしたいと思います」
「あ、ああ、そうで御座いますか。それならばどうぞ」
 村山先生は不安を感じていた。光輝の質問は彼にとっても全く意味不明の質問だったのだ。
『変にこじれなければ良いが……』
 彼にとってはミルクが機嫌を損ねる事が、何より怖かったのである。

「それでは、お答えします。その前に小寺井さんに質問ですが、貴方はどの様にお考えでしょうか?」
『上手いかわし方だ。こりゃあ、綾姫さんが言った様に、誰かに知恵を付けられたのかも知れないぞ』
 光輝は一瞬そう思ったが、素知らぬ振りで自分の考えを立ち上がって言った。

「ブラックホールが重くなり過ぎる事による空間の潰れ現象だとすれば、空間が自分で自分を吸い込んでいるみたいなものだと思います。
 これを電気掃除機に例えれば、吸い込む力が余りにも強くて、掃除機の先端からどんどん吸い込みます。ホースも先の方から順々に吸い込んで最後には、掃除機本体も吸い込むことになる。
 吸い込んでいる本体が本体を吸い込むのですから、自分で自分を吸い込む事になると思います。ブラックホールがそれと同じ事になるのか、それとも違うのかを聞いてみたのですが、ミルクさんはどう考えますか?」
「ええと、それは、その、……す、済みません、上手く考えがまとまりませんでした。良く分からなかったんです。……これで終ります」
 ミルクは恥ずかしさで顔が真っ赤になった。綾姫の言った通り、知り合いの大学教授に電話で聞いて相談していたのだ。

『そういう時は相手に聞いてみることです。どうせしどろもどろで上手く答えられませんよ。そうしたら、貴方が答えられない様に、この質問は意味の無い事だったのです、とでも言って置けば良いのですよ』
 そんな知恵を付けられていたのである。しかし光輝はスラスラと答えた。予定が狂ってしまってどうしたら良いのか訳が分からなくなったのだ。

「ミ、ミルク様。そ、そんなに気にされる事ではありません。ええと、あ、あの、あのう……」
 うな垂れて自分の席に戻るミルクをどう慰めるか、村山先生は困り果ててしまった。












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