虐めの復讐
いじめ、自殺、復讐などの言葉を使っておりますが、それらを推奨するようなことは一切ありません。ご了承ください。
草木も眠る丑三つ時。
とある学校の屋上。分厚い雲で月も星も隠れて暗いこの時間に、僕は足を運んでいる。
目的の人物を見つけ「やあ」と片手をあげて挨拶をする。
僕に声をかけられた人物……学生服を着た病的に青白いその少年は、少し驚いたように僕を見つめる。
僕は気にせずに歩を進め、少年に近づく。
「永太くんであってるよね?先週、自殺した」
僕の質問に永太くん―――首をつって死んでいて、首に縄の跡がしっかりと残っている幽霊の永太くんは、僕をにらみつけるようにして、それでも「そうだよ」と答える。
「……俺が見えるのか?」
「ああ。霊能力者ってやつだよ。といっても鬼の手も持ってないし極楽へ送ってあげたりもできない。死神代行なんかはちょっと憧れてるけど、無理だ」
聞いてもいないことを付け加えながら、僕は永太くんの隣に立つ。
「できることといえば君みたいな幽霊を見て、話すことくらい。除霊やお祓いなんてできないし悪魔祓いもしてない。まあ、悪魔は見たことないけど」
「……何をしに来た」
「しかもほとんどの幽霊が君みたいに会話をしたがらないから、会話もほとんどできないんだよね」
「…………」
無言で睨んでくる永太くんに肩を竦め、僕は話を続ける。
「君が自殺した理由は同じクラスの虐めっ子3人によるもの。そして、君はそれを死んでなお恨んでいる……間違いないね?」
「……だったらなんだ?」
僕を睨む瞳に怒りと憎悪が籠る。永太くんは親指をかじりながら、僕に対し言葉を続ける。
「あいつらが悪い。あいつらが悪い。俺はただ普通に暮らしてただけだ。この学校に入って、あいつらと同じクラスになった。それだけだ。俺が何かしたわけじゃない。あいつらが俺にちょっかいをかけてきたんだ」
「うん。そうだろうね。いじめに深い理由はいらないだろうね」
あっさりと同意した僕に永太くんの瞳が少し怒りを収める。
「あんたも虐められてたのか?」
「経験がある。虐められたことも、虐めたことも。おっと勘違いしないでくれよ。向こうが僕を虐めてきたから、逆に虐め返しただけだよ。すぐにやめたさ。疲れるだけだしね」
「そうか。俺にはそんなことできなかった」
「でも、今はしてるだろ?」
僕の質問に永太くんはにやりと笑う。
とても意地の悪い笑みだった。
「ああ、そうだよ。僕はあいつらの虐めに耐えられなかった。毎日毎日笑われ、殴られ、蹴られ、苦しんだ。どれだけ泣こうがあいつらは一切お構いなしだ。お小遣いはほとんどあいつらに取られた。それだけじゃ足りないからって親の財布からも盗むよう言われた。それでも無理だから万引きまでして、警察に捕まったりもした。親にも泣かれたよ、情けないって」
「その時点で言えばいいのに。虐められてます、って」
「言ったら余計ひどくなるだけだ!そんなのわかりきってるだろうが!」
声を荒げて叫ぶ永太くん。グラウンドまで響くような声だが、それが聞こえるのは僕だけだった。
「学校は地獄だ。家に帰っても親に泣かれる。休んで引きこもればさらに親が泣く。仕方なく学校に行けばあいつらが待ってる。どこにも逃げ場所がない。そう思って泣いてたら不意に気付いたんだ。逃げられる場所」
あいつらの虐めが絶対に届かない場所……死。
「死にさえすればあいつらから逃げられる。少し怖かったけど、あいつらよりはましだった。痛くて苦しくても続くことはないってわかったから」
「なるほどね。そして、逃げた先で復讐を始めたわけだ」
僕の質問に永太くんは笑い出す。心から楽しそうにけらけらと。
「俺は死んで幽霊になった。真っ先に思いついたのは、あいつらを苦しめることだ!俺の葬式に平然と並んで泣いているふりをしながら、陰で笑っているあいつらを、俺は呪うことにしたのさ!
毎日毎日枕もとで呪い続けた。あいつらも、はじめは夢だと思っていたみたいで笑い話にしていたが、毎日続けてたらだんだんと苦しみだした。夢の中で首を吊った俺があいつらを襲うんだ。あいつらにされた痛みを、苦しみを、全部あいつらに返してやった!俺がどんな思いで首を吊ったか、どれだけ苦しんだかをあいつらに教えてやった!あいつらがだんだんとやつれていく姿をみるのは最高だったぜ!」
「そうかい。なら、もう十分じゃないかな?」
「なんだと?」
怪訝な顔をする永太くんに、僕はもう一度言う。
「そろそろ仕返しは十分じゃないかな、って言ったのさ」
「十分だと、ふざけるな!」
当然のように怒り狂う永太くんに、僕は続ける。
「彼らは十分苦しんだ。確かに、君が死んだことに悲しんだりはしてない。でも、君の呪いで君の苦しみを、辛さを多少なりとも理解した。君の両親にも頭をさげ、仏前で膝をついて泣いて許しを乞うている」
そう。僕みたいな霊能力者にすがるほどに。
「彼らの罪が許されるとか、そんなことを言うつもりはない。だけど―――」
「あいつらが後悔している?そんなの当たり前だろ!いいや、後悔したくらいで、泣いて謝った許してやると思ってるのか!?俺がどんなに泣いても謝っても、あいつらはいじめをやめなかったじゃないか!!」
僕の言葉をさえぎって、永太くんが怒鳴る。
僕がなにかを言う前に、永太くんは怒りと憎悪に満ちた言葉を続ける。
「絶対に許すもんか!絶対にやめるもんか!あいつらはずっと苦しめばいい!ずっと泣けばいい!このさきもずっとずっと続けてやる!呪ってやる!あいつらが死ぬまで続けてやる!なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども―――――!!」
延々と同じ言葉を続ける永太くんを見て、僕は失敗したとため息をついた。
もう、彼は僕の言葉を聞かないだろう。きっとこれからもあの3人を苦しめ、痛め、呪い続ける。
「永太くん、人を呪えば穴二つって言葉もある。人を呪うのはやめたほうがいい。でないと後悔するよ」
「うるさいうるさいうるさい!俺はあいつらを呪う権利がある!俺をここまで追い詰めたのはあいつらだ!あいつらが悪いんだから俺は絶対にやめたりしない!邪魔するならお前だって呪ってやる!!」
「邪魔をするつもりはない。僕は話をするくらいしかできないから。だから、やめたほうがいいって君に話すよ」
「嫌だ!やめるものか!まだまだ俺の怒りは憎しみは晴らせない!これからもこの先もずっと続けてやる!謝ったって泣いたって許さない!呪ってやる呪ってやる苦しめてやる苦しめてやる復讐してやる復讐してやる!」
僕の言葉にも耳を貸さず、永太くんはより怒りと憎しみをたぎらせている。それを確認し、僕は黙って背を向ける。
屋上で何度も何度も「呪ってやる呪ってやる」とつぶやいている幽霊を見送り、僕は屋上を立ち去った。
次に僕が屋上に姿を現したのは、それから3日後のことだ。
再び現れた僕に永太くんは一瞬視線を向け、そのまま親指を噛んだまま背を向ける。こないだまで発していた憎悪や怒りが、その背中からは感じられない。
まるで目的を見失っているようだ。その原因を、僕は知っている。
僕はそんな彼の背中に、声をかける。
「君を虐めた3人―――自殺したそうだね」
永太くんは振り向かない。それは彼も知っているだろう。彼らが死ぬその瞬間まで、執念深く呪い続けたのだから。
彼らが死んでも、永太くんの恨みは晴れなかったのだろう。きっと永太くんはこう思っている。もっともっと苦しめればよかった、と。
だから、僕はこういった。
「残念。君の復讐は失敗に終わった」
永太くんが驚いたようにこちらを見る。その瞳が、怒りに染まる。
僕は構わずに続ける。
「君を虐めていた3人は、君の呪いで自殺した。苦しんで苦しんで、悔やんで悔やんで、君に何度も謝罪した。生前にそうしていればこうはならなかっただろうけど、後悔先に立たずというやつだ。これに関しては同情の余地はない。
だけど、君はやりすぎた。泣いて謝る彼らを呪い続けた。なんども謝っても許さなかった……君を虐めていた彼らと同じように」
永太くんが「違う……俺はあいつらとは……」と首を振る。
僕はそれに答えず、続ける。
「彼らが死んだとき、君はこう思ったはずだ。「まだまだ足りない!」って。本当に彼らを恨んでいたんだね。だけどさ、よく考えてほしい。彼らが死んだ原因を」
僕は永太くんを指さして言う。
永太くんが驚いたように僕を見る。
「永太くん。君が死んだ原因は彼らが君を虐めたから。君は彼らを恨み、呪った。死んだ後も延々と。そして、彼らにもそれを伝えただろう?自分の恨みつらみを何回も、何十回も、延々と。その結果、彼らは死んでしまった。君と同じように、自殺した」
がん。
閉じているはずの屋上の扉が音を立てる。永太くんが驚いたようにそちらを見る。風も吹いていないのに、大きな音を立てた扉を。
「彼らが死んだ原因は永太くん。君だよ。彼らは君を恨み、呪っただろうね。なんども謝って、許してほしいと願ったのに、やめてくれなかった、と。笑いながら続けたと。それこそ、死ぬ前の君のように。」
がん。がん。
再度。ドアが、今度はかなり大きな音を立てて鳴った。
はっきりと僕にも聞こえる。それは、ドアの向こう側からドアを叩く音だ。
「永太くん。僕は忠告したよね。そのあたりでやめたほうがいい。人を呪わば穴二つ―――これは、人を呪うときは自分の分と相手の分、二つ穴を掘れって意味なんだ。因果応報ともいうけどね」
がんがんがんがん。
先ほどよりも強く、そしてなんども扉が揺れる。まるで複数人でたたいているように。
ここにいる人物を、追い詰めるように。
「彼らは自殺するとき何を願い、何を求めたか。君ならわかるんじゃないかな?君が自殺するときと同じ気持ちだったと思うよ。」
がんがんがんがんがんがんがん。
がんがんがんがんがんがんがんがんがんがん。
「生前は逃げ場所があったね。でも―――死んだら、逃げ場所はない」
がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん。
がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん。
「い、嫌だ……た、助け―――」
「無理だよ」
僕は即答する。
「僕にできるのは、会話をするだけ。そして、幽霊はみんな話をきいてくれないんだ」
君みたいに、ね。
ばぎ。
ドアの壊れる音がする。
振り返らなくてもわかる。誰が来たのか。何をしようとしているのか。
永太くんが悲鳴をあげ、逃げようとする。でも、逃げた先にさらに逃げ場所があるとは限らない。
屋上へと流れてくる新たな3人の声は怒りと憎しみにあふれている。
少し前の永太くんと同じように。
初投稿です。
つたない文章ですが、気に入っていただければ幸いです。