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リライト・ライト・ラスト・トライ 作者:はな

第一章

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1.守護人


 現れの間では、すでに多くの人間が跪き、今か今かとその時を待っている。
 いや正確には、跪いているのは大神官をはじめとした、「神ノ宮」に仕える神官や侍女たちだ。俺ら護衛官たちは、彼らの後方で、いざという時のために、警戒の構えを解かずに立っていた。

 しかし、いざという時ってのは、どんな時を想定してんのかね、と俺は少々退屈さを覚えながら考えた。

 仕事の最中に退屈ってのも不届きな話だが、なにしろ護衛官は、いついかなる場合でもすぐに飛び出して戦えるようにと、帯刀している剣の柄に手をかけたまま、こころもち前傾姿勢での構えを持続しているのである。
 いくら日頃厳しい訓練を積んでいるとはいっても、時間が長引けば長引くほど、少しずつ疲労が溜まってくるのは致し方ない。だというのに、俺たち護衛官は、上からの命令で、かれこれもう半限ほどもこの体勢をとっているのだ。そろそろ集中力も切れかけて──あーあ、先輩護衛官のハリスさんなんて、こっそり欠伸を噛み殺してるじゃないか。まあ、あの人はもとより、間違っても職務に真面目、ってタイプじゃないからな。腕はいいから、つまらなさそうな顔とは裏腹に、構えはぴくりとも揺れはしないけど。
 その点、いつも真面目すぎるほど真面目、常に上官の命令には忠実で、性格も至って堅物なロウガさんは、やっぱりこの状態でもびしっと警戒の姿勢を決めたまま、視線は油断なく現れの間の中と外、そこにいる人々の動きに注意を払っている。おっと、俺も怖い目で睨まれた。どうやら、気を抜いているのがバレたらしい。
 俺は急いで目を戻して、現れの間の正面にある、大きな扉へとやった。

 ……けど、ホントに来るのかねえ。

 神官たちが確信を持ってその来訪を待っているというのに、俺はこの時点に至っても、未だ半信半疑だ。
 むしろ、どうしてそうも疑いなく、扉が開くことを信じ切っているのか、そっちのほうが理解しがたい。まあ、神官たちにとっちゃ、神獣のお告げは絶対で、そのお告げが今日のこの時間を示してる、ってことなら、信じるしかないんだろうけど……でも。
 その「扉」って、そもそも実際は、扉でもなんでもないんだぜ?
 現れの間の正面、恭しく焚かれた炎に挟まれるようにしてある、真っ白な壁面に描かれた──「扉の絵」。
 そう、絵なんだ。精巧な筆致で、色も鮮やかに美しく描かれてはいるけれど、所詮それは絵画でしかない。いくら重厚で、細部まで凝っていて、本物のように見えたとしても、絵は絵であって、動きもしなきゃ開きもしない。壁に切れ目が入っているわけでもなく、大体その扉の絵には、肝心の取っ手が描かれてはいなかった。

 守護人は、異なる世界から、この扉を通って、こちらにやって来るのだという。

 その来訪を予見することが出来るのは神獣のみで、今回、神獣からそのお告げを聞かされた大神官は歓喜したってことだけど、実を言えば俺には、その気持ちもよく判らない。本当のところ、神官以外の人間は、みんな似たようなもんなんじゃないかと思う。
 大体、一般人は、神獣をその目で見たことはないんだから。
 街で暮らす民衆はもちろん、神獣が住まうここ、「神ノ宮」を守ることが至上命令だとされている俺たち護衛官ですら、ちらともお目にかかったことがない。神獣、というからには、獣なのかなあ、とは思うのだけど、お告げをするってことは人間の言葉を喋ったり理解したりするんだろうし。
 このニーヴァという国において、神獣は、王よりも位が高いとされている。国民にとって、神獣は神に等しい生き物だ。だからこそその姿が神ノ宮の最奥にあって、誰にも見られることがなくても、さして疑問には思われない。まあ、相手は神様だからね、そうそう人の前に気軽に現れやしないだろうさ。
 一方、守護人は、異なる世界から来るとは言っても、人間であることは間違いない。彼らは、神獣を安らがせたり落ち着かせたり楽しませたりすることが出来る、唯一の人間なのだそうだ。神獣の精神が安定していれば、世界も均衡と秩序が保たれ、穏やかな平和が続く──と、いわれている。
 なにしろ、前代の守護人がこちらにやって来たのは、数百年も前だという話なので、どこまでが事実なんだか定かじゃない。記録はわずかに残っているらしいが、ごく一部にしか閲覧できない。つまりそんなものは、普通の民にとっては、ほとんど伝説の類だということだ。
 見たこともない神獣。その神獣のお告げで現れるという、守護人。そんなあやふやな情報だけで、描かれた扉を開けてやって来る異世界の人間、なんていう、あまりにも胡散臭いもの、疑いもせずに信じて待つことなんて、そうそう容易く出来るはずもない。果たして本当にやって来るのか、そもそもそんな存在がいるのか、と訝っても当然だ。
 俺が今ひとつ、神官たちの発する真剣な空気についていけないのも、無理はない話だと思うだろう?


          ***


 びくとも動かない扉の絵を眺め続けるのにも、そろそろ飽きてきた頃。
 ──ふわ、と焚かれた炎が揺れた、気がした。
「……!」
 柄にかけていた手の指がぴくっと反応する。ただの気のせいか? いや──
 繊細な造りの灯火台は、扉の絵の両端に設置されている。その上で赤々と燃え続ける炎は、風でもない限り揺れることはない。そしてこの現れの間は、だだっ広くはあるが窓はない。出入り口は外に警護を置いて厳重に閉じられたまま、広間の中にいる人々は、みな息を潜めるようにして、じっと跪いて動きもしない。
 なのに、炎が揺れている。
 片側の灯火台、その炎のふわりとした動きは、やがてはっきりとした傾きになり、じじ、とまるで抵抗するようなかすかな音を出した。
 鼓動が速まり、全身に緊張が走った。素早く周囲に視線を巡らせると、ハリスさんは見開いた目で正面を凝視して、ロウガさんは柄にかけた手にわずかに力を込め、さっきよりも鋭い眼差しで周囲を睥睨していた。俺も、じりっと片足を動かして、いつでも不測の事態に対処できるよう神経を張りつめさせた。

 ……扉の絵が、動いている。

 目の前で起きていることなのに、思わず息を呑んでしまう光景だった。さっきまでは確かに開くはずもなかった扉の絵が、今は現実の「扉」へと変貌しているのだ。
 ごごごと床を擦るような重い音がする。平面でしかなかったはずの壁の一部が、確実に動いている。四角い形が盛り上がって露わになり、まるでその部分だけを切り取ったかのようだ。
 現れの間に、おお、というざわめきが波のように広がっていく。神官たちの顔は、どれもこれも隠しようもなく驚愕に占められていた。その表情で、やっぱり半信半疑だったのは俺たちばかりじゃなかったらしい、ということを知る。喜びよりも納得よりも、まず驚きが来るってのは、そういうことだろう。
 しかし、居並ぶ神官たちの最前列で跪いていた大神官だけは、さすがにそんな風に驚きを見せたりはしなかった。神獣から直接お告げを聞いていたからなのか、それとも年の功なのか、とにかくこの中でただ一人、冷静に扉に向けて深く叩頭した。
 それを見て我に返った神官と侍女たちも、すぐに倣うように一斉に頭を下げる。
 神官ではない俺たち護衛官は、そういうわけにもいかず、警戒態勢を強めてじりじりと開いていく扉を注視していた。この扉を通ってやって来る守護人は、国における最重要人物である。片時も目を離さず、万が一にも事故に遭ったり、危害が加えられたりすることのないように、身を挺してでも守らねばならないのが俺たち護衛官の役目だ。
 ごっ、という音がして、扉の端が壁から離れた。
 その途端勢いよく吹き込んできた風に煽られ、灯火台の炎が大きく爆ぜるように暴れた。息詰まる沈黙が支配している広間の中で、炎の立てる悲鳴のような音だけがやけに激しく響き渡る。
 じりじりと、扉がこちら側に向かって開かれる。空気ばかりが重く感じられて、知らず、額に汗が浮かんだ。
 ……たとえば実際に、伝説の守護人がやって来たとしても、神官たちが畏まって頭を垂れるだけのこの現れの間に、不逞の輩なんているわけがない。いざという時のため、という建前はあるが、ここでの護衛官の存在は、ただの飾りのようなものだとばかり思っていた。
 しかし。
 なんだ、この胃の腑が持ち上がるような感じは。柄にかけた手が強張ってくるのが忌々しい。どうしてこんなにも──心臓の縮むような気持ちがするんだ。
 これが、神威というものを目の当たりにした時の人間、というものか。
 平常心を保っているのが難しい。もしもここに多くの群集がいたとしたら、簡単にパニックが起きかねない。呼吸すら出来ないほどの静寂の中、何かがひとつでも弾けたらおしまいだ。
 額に浮かんだ汗の滴がこめかみを伝って顎の先にまで到達し、現れの間の磨きこまれた床にぽとりと落下するまでの時間をかけて、ゆっくりと開いていた扉は、ようやく人ひとりが通れるくらいの隙間を空けて、動きを止めた。
 ふー……と俺はひそかに息を吐く。
 いや、護衛官としての仕事はここからが本番なのだが、とりあえず扉の動きが止まったことにほっとした。扉が動いている間、現れの間の中は、ぴんと糸が張りつめきった状態だったのだ。これ以上長く続いていたら、この緊張感に耐え切れず発狂するようなのが出てきたって、おかしくはないところだった。
 かつんと軽い足音がする。
 壁と扉の隙間から、その人間は姿を見せた。

 現れたのは、一人の少女だった。

 背中まである黒い髪、黒い瞳。着ている見慣れない衣服も黒い。衣服の裾からはすらりとした足が伸びている。この国では普通に街を歩いているだけでは滅多に見られない、布に包まれることのない素足に、つい目が奪われそうになる。
 格好こそ変わっているものの、見た目としては、少女はこちらにいる人間とほとんど変わりはなかった。よく判らないが、年齢はもしかして俺とそう違わないくらいかもしれない。まだ成熟しきっていない華奢な身体つきは、多分、十代半ばから後半。俺は十八歳だが、外見の雰囲気としては年下っぽい。
 異世界からやって来たという少女は、こちらの世界に足を踏み入れても、少なくとも狼狽している様子はなかった。もしも俺がこの立場だったら、ある日突然扉を開けると別の世界に繋がっていて、そこにずらりと白装束をまとった男女が頭を下げていたらかなり戸惑うんじゃないかと思うけど、彼女の顔には驚きもあまりあるようには見えなかった。
 闇のように真っ黒な瞳で、目の前の光景を一瞥してから、顔を動かす。

 そして、まっすぐ、俺を見た。

 え?
 迷いなくこちらに向かってくる視線に、俺はうろたえた。
 いや、偶然なんだろう、とは思う。偶然、顔を上げて向けた先にいたのが俺だった、というだけの話なんだろう。そうに決まってる。それ以外に、理由が思いつかない。でも、あまりにも彼女の表情に変化がなく、そしてあまりにも一直線にこちらに視線が据えられているものだから、俺のほうがまごついてしまった。
 ……どうしてそんな目で、俺を見るんだろう?

「ようこそ、おいでくださいました、守護さま」

 どうしたらいいのか判らず、ひたすら固まっていた俺は、大神官の朗々とした声に、ほっと胸を撫で下ろした。やっと彼女の視線が俺から外れ、そちらに向かったからだ。
「神ノ宮に仕える者は、みな、あなた様の来訪を信じ、心よりお待ち申し上げておりました。守護さまにおかれましては、いろいろとお聞きになりたいことがありましょうが、今はとにかく、お気を落ち着かれますように」
 と大神官は子供を宥めるような口調で言ったが、俺が見るに、少女は最初から何も変わらず、落ち着き払っていた。どちらかというと、少々声の上擦っている大神官、そして銅像のように身動きもせずかちんこちんになって平伏している神官たちよりもずっと、凪いだ海のように静かだった。
 今の自分が置かれた状況についていけずに、茫然自失しているんだろうか。そのほうがまだしも、納得がいく。それとも、神獣に選ばれた守護人ってのは、人の姿はしていても、やっぱり人ならぬ力があって、何もかも見通してでもいるんだろうか。
 そう思うと、少し背中がひやりとした。さっきこちらに向けられた黒々とした瞳が脳裏に甦る。あれって……まさか、俺の心の中でも覗いていたんじゃあるまいな。変なことは考えてなかったはずだけど。そりゃちょっとその剥き出しの足に目が行っちゃったことは認めるけどさ。
「神獣も、守護さまの訪れを待ち望んでおられました。ご来訪後は、一刻も早くお会いしたい、とのお言葉でございます。守護さまも遠い道のりをおいでになり、お疲れのこととは存じますが、なにとぞ神獣がおわします最奥の間まで、わたくしにご案内させていただきたく……お目通りがかないましたら、その後はお食事もご用意させていただいておりますれば」
 まわりくどい大神官の台詞は、言葉だけは丁寧でも、ほぼ有無を言わせぬ要求に他ならない。まずはいきなりこんな世界に呼ばれた理由から説明すべきなんじゃないか、と俺でさえ思うのだが、大神官にとっては、神獣の意志がまず最優先、ということらしかった。
 少女は、「守護さま」と呼ばれても、とりたてて驚きも疑問も表情に出さなかったが、「神獣」という言葉を耳にした時だけ、かすかに不快げに眉をひそめた。ここに来てからはじめての、彼女が見せた感情の欠片だ。
 だがそれでも、少女はひとつ頷いて、素直に大神官の求めに応じた。
 大神官がありありと安堵したように表情を弛緩させる。彼は彼で、やはりこの大役は気の張るものであったのだろう。泣かれたり怯えられたりしないだけよかった、と思っているに違いない。
 もしもこれで、少女が拒否していたらどうなってたのかな──と、俺はふと考える。

 もしも彼女が、見知らぬ世界と人々に怯え、逃げようとし、泣き喚いて、すべてを拒絶しようとしていたら?

 大神官と神官たちは、神獣の命令には絶対服従だ。神獣が守護人を連れてくるようにと言えば、なにがなんでもそれに従う。たとえ守護人たる少女が嫌がっても、断っても、暴れても、神獣のところに連れて行こうとするだろう。
 ──ひょっとしてその場合は、まさに俺たちが、強制連行をする役回りだったんじゃないのかな。 
 少女の身柄を拘束し、しかし傷はつけないように配慮して、神獣のいる神ノ宮最奥の間まで運んでいくなんてこと、日頃力仕事もろくにしない神官たちに出来るはずもない。
 そうか、「いざという時のため」、っていうのは、そういう意味だったのか。
 今頃になってそんな可能性を思いつく俺も間が抜けている。そして同時に、そんなことにはならずに済んでよかった、と思いもした。命じられればやるしかないが、いくら仕事ったって、泣き叫んで暴れる女の子を、無理やり拉致監禁するような真似は、あんまり楽しい種類のものじゃない。

 まあ、実際は、そんなことにはならなかったわけだし。
 ……それは、俺の埒もない想像でしかないんだけど。

「では、こちらへ」
 ずらりと並んでいた神官たちが、腰を落としたままささっと左右に分かれるように動いて、真ん中に道を作った。大神官に先導され、少女がその道を歩く。顔を上げ、まっすぐ前を見据えて足を動かしていた。
 後方に控えていた俺たち護衛官も、ようやく柄から手を離し、その場に膝をついて頭を下げ、礼を取る。大神官と少女が前を通る時は、顔を上げるのは許されないので、ただじっと床に目を向けるしかない。
 徐々に近づいてくる足音と共に、視線の先に、見たこともないような靴が見えた。へえ、これが異世界の履物か。布と紐とで出来ているらしく、軽そうではあるが、形状は複雑だ。これなら下町の子供のボロ靴のほうが履きやすそうだよな、と頭の片隅で考えていたら、ぴたっとその靴が動きを止めた。
 ──え。
 膝をついて頭を下げている俺のすぐ前で、少女が立ち止まった。こちらを見下ろしているような気配が伝わってきて、再びうろたえる。また心でも読まれたのか?
 が、止まったのはほんの一瞬のことだった。すぐに彼女は、すたすたとした足取りで歩みを再開した。俺の前を通り過ぎ、離れていくのを感じ取って、どっと冷や汗が出そうになる。
 ……なんなんだよ。
 頭の中で疑問符が乱舞している俺の背中が、誰かによってつつかれた。振り向くと、すでに立ち上がったハリスさんが、剣の鞘先で俺を小突いて促していた。
「何ぼやっとしてんだ、トウイ。行くぞ」
「はい」
 慌てて立ち上がる。見ると、もう小さくなりつつある大神官と少女の背中の後方を、ロウガさんが油断なく周囲を警戒しながら歩いていた。
 これから俺たちは、現れの間を離れ、最奥の間まで移動する二人の、護衛任務に就くのだ。
 現れの間の正面を振り返ると、扉はまた、もとの絵に戻っていた。



 神ノ宮に仕える護衛官といえど、俺は今まで、神獣のおわす最奥の間に近寄ったことはなかった。
 今回、俺とハリスさんとロウガさんは、新たに「守護人の護衛」という役目を拝命したので、こうしてその場所近くまで寄るのを許されることになったわけだ。大神官と少女の二人からは距離を取って後ろを歩き、怪しい気配がないか神経を尖らせながらも、はじめて足を踏み入れるその禁断の区域に、俺は驚嘆せずにはいられなかった。
 とにかく、恐ろしいまでに豪華だ、という感想しか出てこない。
 どこもかしこも真っ白。壁はもちろん、床も、天井もだ。その色に塗られているわけではなく、そういう材質の石を使っているらしい。こんなにも輝くような艶のある石、街中はおろか、神ノ宮の他の区域でもお目にかかったことがない。それだけ特別な、最上級の石なのだろう。たとえば柱一本でさえ、その値段はどれくらいなのか──まあ、俺には想像もつかない金額には違いない。静謐で荘厳な雰囲気に、ため息をつくのも遠慮がちになる。
 壁には上部と下部に彫り込んだ装飾が施されていた。ひとつひとつが非常に緻密な模様になっていて、全体的に何かを表しているようなのだが、そこまでじっくり見るわけにもいかないので詳細は判らない。しかしとにかく、手が込んでいて、圧倒するような威厳だけはひしひしと伝わってくる。何も知らない平民がこんな場所に紛れ込んだら、これを見るだけで萎縮して失神しそうだ。
 床は鏡のように歩く人間の姿を反射させ、当然ながら埃ひとつ落ちていなかった。なるほど、そりゃあ俺たち護衛官も、普段身につけている平服ではなく、やたらと形式ばって動きにくい正装をさせられているはずだよ。護衛をするのに洋服に邪魔されたら本末転倒だろ、と思ったが、こんな所にあんな軽い布と革鎧だけの平服は、いかにも釣り合わない。
「お前たちは、そこで待機していなさい」
 しんとした廊下の先に、これまた真っ白だが重々しい扉が見えてきたところで、大神官が振り返って、俺たちに言った。「は」と短く返事をして立ち止まり、頭を下げる。

 ……これが最奥の間か、と俺は床に映ったその扉を見ながら考えた。
 姿も判らない神獣のおわす場所。
 この国で最も気高い「神」が寛ぐ部屋。

 扉の前には、厳めしい顔つきと頑丈そうな体格を持った警護の人間が、二人立っていた。俺たちの護衛はここまで。中でのことは、こいつらが対処する、ということだ。
 少女もちらっとこちらを振り返ったが、特に何も言葉を発しはしなかった。そういえば、彼女の声をまだまったく聞いていないな。こちらの言語は通じているのだから、話せないということはないと思うんだけど。
 大神官が一声かけてから、ゆっくりと扉を開け、少女を連れて部屋の中へと入っていった。
 そして、バタンと閉じられる。

 途端、聞こえてきたのは、「あははははは!」という、弾けるような笑い声だった。

「……?」
 ──まるで小さな男の子がイタズラをして喜ぶような声だな、と俺は思った。


一限=約一時間
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