放課後の闇祓い
最近再燃している遊森謡子様企画『武器っちょ企画』再参加作品です。
●短編であること
●ジャンル『ファンタジー』
●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』
詳細は遊森謡子様の3/20の活動報告
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/126804/blogkey/396763/
まとめサイトは
http://shinabitalettuce.xxxxxxxx.jp/buki/index.html
こちらも良かったら見てみてください。
ずどん、と鈍い音がして、民家の向こう側から大きな黒い影がむっくりと起き上った。不気味な轟音――いや、それの咆哮が、静まり返った住宅地に響く。異変を感じてか、いくつかの窓に灯りがともった。深夜の町に点々と輝く灯りは星のようで、切れかけた街路灯よりもよほど明るく地面を照らす。
そんな闇と町の星との中を駈け抜けていく五つの影。
「ねーむーいー。今日バイト長引いたのー。」
「かな子ちゃんしっかり! 欠伸しないで前見て!」
「うう、明日朝練なのに……。起きられるかなあ。」
「モーニングコールしてあげよか?」
「あたしも朝練だ……けど今はそれどころじゃないだろーがっ!」
張り詰めた状況に似合わない、どこか暢気な会話を交わしながら、五人の少女たちは一直線に先程の黒い影へと突っ込んでいった。
建物の角をまわった五人の目の前に、大きなものが姿を現す。はっきりとした形を持たない、言うなれば闇の塊のようなそれは、咆哮を轟かせながら家一軒ほどの巨体を引きずってゆっくりと蠢いている。下敷きになってひしゃげたガードレールをちらりと見て、長い棒状の何かを担いだ一人の少女が小さく溜息を吐いた。
「あー、公共物が壊れてる……高価いんだぞ、これ。ま、建物壊されたり田畑が荒らされたりするよりマシか。ってうわっ標識まで? やだーまたアイツに厭味言われるー。」
「幸、そんな文句言ってるうちにも修繕費がどんどん嵩んでいくよ?」
同級生からのツッコミに、幸と呼ばれた少女はそれもそうだと肩を竦めた。一方、幸にツッコんだ髪の長い少女は冷静に別の少女に尋ねる。
「ひとみちゃん、視えた?」
「はい、ここまで近ければ。……熊ですね。」
隣に立つメガネ少女が頷く。その言葉に、幸が怪訝そうな顔をした。
「くまぁ? 動物の悪霊化自体珍しいし、悪霊になったってここまで大きくなる訳が」
「違います、ただの熊じゃありません。」
彼女はメガネをちょっとずらし、目を凝らした。
「妖熊に死霊が憑いて……しかも妖気を喰って強大化してます。厄介ですね。」
ひとみはうんざりしたように眉を顰めた。彼女の持つ力は魂視と呼ばれるもの。万物に宿る魂を見、人と妖を見分ける力だ。
『魂視の巫女』の言葉に、他の少女たちも思わず顔をしかめる。
「何それ、最悪じゃん。」
「まだ急激な変化に対応しきれてないみたいだけど、暴れ出したら手が付けられなくなるわ。」
「まあ、さっさと片付けますか。明日も平日だし。……いくよ!」
幸は叫ぶと同時に、担いでいた棒でタンッと地面を打つ。それが合図だった。
スニーカーが地を蹴り、二つの人影が一瞬で信じられないほどの高さまで跳躍した。切れかけて点滅する街灯の笠で踏み切ってさらに跳ぶ。一人は真上へ、一人は前へ。
上に跳んだ方は小振りの弓に矢をつがえ、連続でシュパッシュパッと撃った。矢は不思議な色の光を放ちながら飛び、空中に浮かんだまま燃えあがって辺りを照らした。
「グッジョブかな子!」
仲間に声を掛けられて親指を立ててみせるかな子の姿を、空中で揺れる光が浮かび上がらせる。あどけない顔で無邪気に笑う、十二歳くらいの幼い女の子。しかし彼女は異常だった。その跳躍力だけでなく、一目で人間ではないと分かる姿をしていた。黄金色のおかっぱ頭の上にぴょこんと立った三角耳が、髪と同じ色の毛に覆われている。そして、ふさふさと輝く金の尾。かな子はぽんぽんと跳びまわりながら、あちこちに狐火を浮かべていく。
「うおりゃあ!」
そしてかな子と同時に跳び上がったもう一人――幸は、気合とともに妖熊に武器を振り下ろした。金属同士がぶつかるような耳障りな音が響く。手応えに舌打ちするその手に握られていたのは、竹刀。
「ちッ、むちゃくちゃ硬いな……。何なんだよこいつ。」
「幸さん! 危ない!」
声と同時に飛んできた何かが、幸に迫っていた影をはじいた。幸は飛びずさって避け、電柱の上に着地する。
「ルナ、ありがと! マジ天使!」
「ホントのこと言っても褒め言葉にならないですよー」
遥か上から手を振る幸に、背中の大きな翼を広げたルナは笑顔で応える。神々しいほどに美しい天使の姿とはとても不釣り合いな、テニスラケットを振り回しながら。
「大人しくなさいっ!」
彼女は叫びながら球を次々と影へ打ち込む。弾丸ほどの速度で、テニスボールがその巨体ににめり込んでいく。
「何発打っても埒が明かないっ! ひとみ、急所どこ!?」
「んなもん分かるか!」
同級生に叫び返すひとみ。彼女も負けてはいない。地上から、自分の武器をナイフ投げの要領でぶっぱなした。かな子の弓矢もいつの間にか妖熊本体に向けられ、狐火が影に吸い込まれていく。
四人同時の攻撃はさすがに痛かったのか、妖熊の咆哮が変わった。前足(と思われる部分)で手あたり次第に地面を叩き始める。ものすごい音と揺れ。
「攻撃一旦ストップ! 被害を増やしちまう!」
幸が叫んだ。
「作戦変更だ、力だけじゃ押さえられない。若葉、鎮められるか?」
「了解、任せて!」
一歩下がって待機していたロングヘア美女が待ってましたとばかりに飛び出す。その手には銀色の筒。
「私のフルートは、無敵よ!」
若葉の唇に触れると、横笛はけだるいような不思議な旋律を奏で始めた。影の動きが鈍る。
かな子は弓矢。幸は竹刀。ルナはテニスラケット。若葉はフルート。
各々の部活道具を武器に、女子高生たちは対戦相手を「同じ高校生」から妖に変えた。彼女たちにしてみれば、ただそれだけの事だった。
そして残る一人、『魂視の巫女』ひとみの武器は――
ぐおっという音と共に、影の前足が一人の少女に迫る。いち早く気付いたひとみが飛び出した。
「若葉さん!」
ひとみは影と若葉の間に飛び込み、勇ましく立ちはだかる。胸ポケットから取り出した何かで、空中に素早く光の軌跡を描く。描いたものを腕で押し出して叫んだ。
「『盾』っ!」
空中に書かれた漢字が輝き、影を跳ね返した。一瞬でその光の盾が消えてしまうと、ひとみはまた空中に文字を書き、地面に片手を付けて叫ぶ。
「高い『壁』!」
ひとみと若葉を守るように、天まで届きそうな光の壁が出現した。強固な壁は、次第に動けなくなっていく妖熊の苦し紛れの攻撃を全て跳ね返す。笛の音が高く響く。
「ひとみ、今だ!」
幸の合図に、ひとみは影へとまっすぐに走り出した。躊躇うことなく間合いに飛び込むと、思い切り右手を振り下ろす。黒い巨体に突き立てられたのは、15㎝ほどの長さの黒い棒状のもの。
光を放つ万年筆。
妖熊が苦痛に吼える。ひとみは全身全霊を込めて万年筆を操り、大きく書いた。
『封』
完全に動けなくなった巨体に飛び乗って、最後はやっぱり幸が声を張り上げる。
「とどめだ!」
……この状況で振り上げているのが竹刀っていうのは端から見ればちょっと…いや、かなり滑稽かもしれないけど。ま、わたしの万年筆よりマシよね。
『封』を押さえつけながら妙に冷静にそんな事を思った。
竹刀が脳天に突き刺さり、妖熊は大きな叫びをあげながら縮んでいく。もわもわと黒い煙のようなモノが上がって、何かを探すようにうろうろと飛びまわりだした。
「あれが憑いてたのかー。どうする、あれも祓っとく?」
「大丈夫ですよ。次の宿主が見つからなきゃすぐ散っちゃいます。」
黒雲を見上げながらどうでもよさそうに言う幸に、ひとみものんびりと答える。その傍らで、かな子がひとつ大きな欠伸をした。思い思いに伸びをしたり整理運動をしたり、すっかり落ち着いている。
「ちょっと待て。まだ終わってねーぞ。」
声に彼女たちがそちらを見ると、一人の若い男が立っていた。すっと細身で黒い服が似合う。一見どこにでもいる青年のようだが、オーラというか、存在感がハンパない。
「何? 光。てか見てたんなら手伝ってくれたっていいのに。」
そんな彼にも幸の態度や口調は全く変わらない。光と呼ばれた青年は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前なー。一応年上だぞ、俺。もうちょっと敬意払えよ。それに、ずっと見てるほど暇じゃねえよ。」
「四六時中家にいてなーんにもしないくせに。そんな従兄だか遠い親戚だかの兄貴に尊敬も何もあるかっつーの。敬意払われたかったら敬意払われるような事しなさいよ。」
「光さんにそんな事言えるの、この町で幸しかいないと思うけど。」
呆れてツッコミを入れる若葉に頷く他三人。どうやら幸と光の会話を軌道修正できるのは彼女しかいないようだ。
「ところで光さん、『まだ終わってない』って?」
「お? ああ、あれだ。」
光が指差す先にいたのは、熊――さっきの死霊憑き状態よりはかなり小さくなっているとはいえ、元々普通の熊より一回り大きい妖熊。彼女たちを敵と認識したらしく、睨み付けて低く唸っている。あれだけ痛めつけたのだから当たり前か。
「いけね、忘れてた。」
幸はいそいそと竹刀を構え直す。今にも飛びかかって熊をメッタ打ちしそうな様子の彼女を、若葉がさっと手で制した。
「なんで止めるんだ。早く終わらせようよ。」
「あんたその喧嘩好きな性格直した方がいいわよ、乱暴者。無駄な殺生しないの。」
若葉は強く、しかし穏やかに言うと数歩進み出た。そして、しっかりと目を合わせて熊を見つめた。
風がさやさやと歌う。
妖熊は唸るのをやめた。こちらをじっと見る熊の眼が、少しだけ静かになったように見える。やがて熊はのっそりと背を向けると、森の中へと姿を消した。若葉は大きくほーっと息をつき、笑顔で仲間の方を振り向いた。
「さっ、話はついたわ。私たちも帰りましょうか。」
「さすが若葉さん! すごーい!」
惜しみなく賞賛と尊敬のまなざしを向けるルナとひとみ。同級生に容赦なくツッコむ若葉も、可愛い後輩たちには優しい。フルートをケースに収めながら、若葉はにっこりと笑った。若葉の能力は風使い。それを応用して(?)の動物や植物との意思疎通も、彼女の武器の一つだと言えるかもしれない。
と、ルナがふと気づいたように呟いた。
「それにしてもあんな強力な死霊、どっから出てきたのかなあ。」
ひとみはその言葉に小首を傾げ、改めて辺りを見渡した。感覚を研ぎ澄ませ、霊気の流れを探る。
「……あ、あった。御神木の根元あたり、前から界の裂け目があったところの境目がゆるくなって、穴が広がってます。多分、あそこですね。」
「本当? 放っとくとまずいな。ひとみちゃん、明日でいいから少し塞いでおいてくれる?」
「了解しました。」
ひとみは答え、先ほどの万年筆を大事そうにポケットにしまった。漢字を具現化するペン――ひとみが幸や若葉たちの手助けをしたいと望んで、手に入れた武器。
(わたしには、戦うための特別な能力はない。だけど、当たり前に持っているモノでだって戦える。)
ひとみは微笑んだ。彼女の武器は、言葉だ。
(わたしは、言葉が好きだから。わたしが出会った本が、テレビや舞台のセリフが、普段の何気ない会話だって、言葉がわたしに力をくれる。)
隣にいたかな子が声を掛けた。
「ひとみちゃん? どうしたの、帰るよ。」
「はい!」
ひとみが仲間たちの元へ駆け寄って、彼女たちは並んで静かな夜空の下を歩き出す。それを少し後ろから見ている光。この五人の女子高生たちの特殊な力と、それぞれが操るあまり武器らしくない武器が、神に近い存在である光の手を離れて世界さえ動かしてしまうのは、今はまだもう少し先の話。
夜を一つ越えた彼女たちは、人と妖が共存する『日常』へと帰っていった。
五人にした理由⇒戦隊モノ的なカラーレンジャーがやりたかっただけです。
やっぱりまた武器があんまりメインじゃないような。