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王たちの宴  作者: スギ花粉
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偽る

ツカ………ツカ………ツカ……ツカ………っと魔王城にある中庭の回廊を誰かが歩く音が響き渡る。時はみなが寝静まった深夜。月の青白い光が辺りをやさしく照らしていた。


その人物はきれいな銀の長髪をし、その瞳は髪と同じ銀に染まっている。魔国初代魔王の妹であり、魔国第1将軍でもある……リサ・ジェーミソンその人である。リサはいつものような鎧姿ではなく、楽な格好の上から、長く茶色い外衣をゆったりと羽織っていた。


(………はぁ……いつの間にか、こんな時間帯になってしまいました)


リサは今、魔王城の自分の執務室へと向かっていた。昼頃、とある事情から気分が優れなくなったリサであったが、時間がたつにつれ落ちつきを取り戻してきていた。すると、自分がいない間に溜まったであろう執務が気になり始めてしまったのだ。


「………うん?」


リサが長い廊下を進んでいくと……執務室から明かりが洩れているのが見てとれた。リサをそれを見て不審に思った。あそこは、かつては陛下専用の執務室だったが、ある出来事から陛下と自分の執務室として新しく合併された場所だった。だから、あそこを使うのは自分と陛下だけだ。


だが、こんな夜遅くに陛下がいるとは思えない。どんなに遅くても、夕方の暗くなり始める頃には仕事を終わらしているのだ。


(………どういう事でしょうか?)


リサは少し警戒しながら部屋へと近づき、ゆっくりとその扉を開け中の様子を窺う。すると、向かって右側の机に座り、机の上のランプの光を頼りに何やら作業をしている陛下の姿があった。


「……陛下?」


リサはギギギギギ…っと扉をゆっくりと開け、中に入った。リサの声を聞き、ぱっと頭を上げるカイ。その顔には驚きと困惑したような表情が張り付いていた。


「リ、リサ?どうしたの、こんな時間に?」


「それは私の台詞です!!陛下…こんな深夜に何をしておられるのですか?御身体にさわります!!」


そこで、はっと気付いた。自分の執務机にあるであろう書類の束がまったくないのだ。そして、カイの机の上にある書類の量は、明らかにいつもより多かった。それを見ただけで、リサは事態を完璧に把握した。


「陛下!!まさか……私の執務までこなしていたのですか?」


「い、いや~~全部じゃないよ?俺には判断がつかないものも多くてさ、でも自分でも何とかなるものもあったし、それだけだよ」


そんな……っとリサは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。自分が休んだせいでこんな時間まで陛下を働かしてしまったのだ。


「ごめんね。本当はお見舞いに行きたかったんだけどさ………中々終わらなくてね。こんな時間になっちゃったよ。それで……どうしたの?こんな時間に?」


「い、いえ…少し仕事の事が気になりまして」


リサがそこまで言った瞬間……カイの顔が急に険しくなった。スッと椅子から立ち上がると、リサの傍に近寄る。


「リサ……まさかとは思うけど、今から仕事をしようなんて考えてないよね?俺は許さないよ…そんな事」


「で、ですが、私のせいで陛下に迷惑を」


だが、リサはそれ以上喋る事はできなかった。なぜなら、珍しくカイが強い口調で割って入ったからだ。


「ダメだ。これは魔王としての命令だよ…リサ。体調が悪いリサに、仕事なんか絶対にさせられない。俺の事なら心配しないで、部屋でゆっくり休むんだ……いいね?」


「…………」


私はその陛下のやさしさが嬉しかった。それでも私が気になると眠れないからっと言い張ると、陛下は渋々少しだけならっと許可してくれた。


リサは自分の椅子に座ると、何枚かの書類に目を通した。だが、まったく内容が頭に入ってこなかった。リサはチラっと向かいがって執務をしているカイを見る。


カイはいつものような温和な表情ではなく、真剣な眼差しで書類に目を通していた。ランプの微かな光がカイの顔にあたり、いつも会っているカイの雰囲気とはまったく違った雰囲気を醸し出していた。


「…………」


リサはしばらくそんなカイに見惚れていたが、カイが書類に何かを書き込むためにペンを動かした瞬間、パッと自分が持っている書類へと視線を落とした。見つめていた事がばれただろうかと思い、リサは視線を上げたが、カイは眉間に皺を寄せながら何やら真剣に考えているだけだった。そんなカイの様子を確認し、リサはほっと胸をなでおろした。


(……何でしょうか、今日は変な感じです)


リサはその視線を執務室への窓へと移した。そこには暗闇しかなかった。


(いつもとは景色が違うからでしょうか………こんなおかしな気持ちになるのは)


無意識のうちにまた、視線をカイへと戻してしまうリサ。相変わらず、カイはそんな視線にはまったく気づいてはいない様子で政務に打ち込んでいる。


「……………」


じ~~~っとそんなカイの様子をしばらく見つめ…………リサはふと、それに初めて気付いたように………唐突にその思いが湧きおこってきた。


(ああ、私は………………やっぱり陛下の事が好きです)


リサは自分の胸にスッと手を当てると、服をギュッと握りしめた。陛下に対してこんな気持ちを抱くようになったのはいつ頃からだっただろうか。


兄様から陛下との婚約の話を聞かされた時、驚かなかったといえば嘘になる。その頃は、陛下の事を見直していた頃だった。陛下の力の一旦を感じ、闇の軍という今までにない軍にも驚かされたものだ。


兄様が死に……‘壁’へと神聖帝国が攻め寄せてきた時、私は途方に暮れていた。そんな時、陛下は私を気遣い、兵士たちに勇気を与え、あの激戦を闘いぬき、兄様の国を……誇りを……命を懸けて守ってくれた。あの活躍は、未だに陛下の武勇伝として語り継がれている。


そして、あの兄様の剣が突き刺さった、ジャーン湖に突き出すドルーン山脈の岩山で、陛下は泣き崩れた私をいつまでも……いつまでも抱きとめてくれた。私は子供のように泣きじゃくっていた。陛下の胸はすごく温かくて……頼りがいがあって……私はあそこで悲しみをすべて吐き出した。泣きつかれた私はそのまま眠ってしまった。ベアウルフのジェミンから聞いた話では、陛下は私が起きるその時までずっと側で見守ってくれていたそうだ。


自分の気持ちを偽る事などできない……自分は陛下の事がどうしようもなく好きなのだ。だから、昼間の出来事で私はショックを受けてしまった。………知らなかった。陛下にそんな心に決めた人がいたなんて。カレンという女性は、女の私から見ても見惚れる程の美人だった。陛下が好きになるのも、納得できた。


魔国にとっては良い事だ。バリスタン将軍のいうような、後継ぎの心配もなくなるだろう。


…………私は、陛下の事をきっぱり諦めようと思った。このままだと、私はカレンさんに対して冷たくするような事があるかもしれない。そんな………恥知らずにはなりたくない。


だから、陛下の口から直接聞きたい。そうすれば…………諦めがつくと思うから。


「…………陛下」


私が目の前で真剣に執務に取り組む陛下に小さな声で話しかけた。それを聞き、陛下はう~~ん?と言いながらゆっくりと顔を上げた。そして、私をみて急に狼狽し始めた。


「リ、リサ!!ど、どうしたの?」


陛下は慌てたように椅子から立ち上がっていた。


「???」


(なぜ、陛下はこんなに慌てているんでしょうか?)


リサは、カイが慌てている理由がまったく分からず混乱していた。そんなリサにカイはすぐに駆け寄り、心配そうに尋ねた。


「リ、リサ?………な、何で泣いてるの?」


「え?」


始めはその言葉の意味が分からなかった。


(………泣いている……私が?)


半信半疑の思いで、目に指を当ててみると……驚いた事に本当に指に雫がついていた。私は、無意識のうちに涙を流していた。





================    ====================




コポコポコポっとカイは、二つのティーカップに紅茶を注いだ。リサとカイは、執務室に備えられているバルコニーに出て、椅子に座り向かい合っていた。


「…陛下。申し訳ありません」


「いいよいいよ。俺も少し休憩しようとしていた所だからね。それより……大丈夫?落ちついた?」


「…………はい」


リサは紅茶に少し口をつける。夜はさすがに昼よりも気温が下がっている。そんな中、温かい飲み物はありがたかった。


何となく気恥ずかしい思いがあった。陛下の前では、いつも泣いてばかりのような気がする。


「……実はさ。リサに言わなくちゃいけない事があるんだ」


自分がそんな事を考えていると、陛下はいつになく真剣な口調で話しかけてきた。そして、私の女の感とでもいうものが、確かに働いた。


「……陛下。もしかして、それはマリアとシルヴィアが関わっている事でしょうか?」


それを聞いた陛下は、驚いたようにパッと顔を上げた。


「う、うん。その通りなんだけど……え?リサ、き、気付いてたの?」


「はい………最初はさすがに驚きましたが、すべてを知っております。喋ったマリアとシルヴィアをお叱りにならないで下さい。嫌がる二人から、私が無理やり聞いたのですから」


リサはできるだけ感情を押し殺して喋った。そうしないと、喋り続ける自身がなかったのだ。それを聞いたカイはテーブルに手をつき、バッと頭を下げ始めた。


「そうか………本当にごめん!!俺、あんな事するべきじゃなかった」


それを聞いた瞬間、リサの胸に何かが突き刺さるような痛みが走った。だが、何とかそれをこらえリサはゆっくりと首を横に振る。


「………いえ。頭を上げて下さい陛下。陛下は、謝るような事は何一つしておりません」


「そんな……俺は今日、リサに謝らなくちゃいけないとずっと思ってたんだ」


「私に?……………陛下、私に気を使う必要がどこにあります?陛下は悪い事をした訳ではないのですよ?」


「………いや、今日一日リサの仕事をしてみて、改めて思った。リサは凄いよ。本当にごめん、今まで

こんな大変な事を押しつけすぎてたよね」


「…………うん?」


リサは先ほどからカイと喋っていたが……何やら話がかみ合っていないような違和感を感じ始めた。


「……あ、あの~~?陛下?その……言わなくちゃいけない事というのは」


っとリサがカイに確認をしようとしたが、カイは下を俯きながらその問いの存在にすら気付かないようでずっと喋っていた。まぁ、カイが話し終わってからもう一度聞けばいいっと思い、紅茶を口に運んだ。


「思えば、リサが仕事をサボっている所なんて俺見た事ないよ。それなのに……自分だけサボろうなんて、俺はなんて酷いやつなんだ!!。それどころか、リサを騙すために女装までするなんて、俺は…」


ブ――――――――!!っとリサは飲みかけた紅茶をすべて噴いた。ゲホゲホっと気管に入ってしまったようでむせている。そんな様子を見て、カイは大丈夫?っと心配していたが、リサはそれどころではなかった。


「ゲホゲホ…ちょちょちょちょちょちょちょ………え?…え?…え~~っと、も、申し訳ありません、陛下?」


「うん?」


リサは一応ポンポンポンポンポン…略……っと頭を軽く何回も叩いた。遂に自分がおかしくなってしまったのかと感じたからだ。


「あの~~聞き間違いだと思うんですか……今信じられない言葉が聞こえたような気がしたもので……え?陛下?今……女装っとおっしゃいましたか?」


「うん……言ったよ。だから、俺が女装をして」


リサはその言葉を聞いた瞬間、パチクリっと瞬きをし……………そして


「……………………えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


リサは魔王城に響き渡るような絶叫を発した。あまりの事に椅子から立ち上がっていた。


「え?え?え~~~~~……陛下が女装?え?つまり……カレン様というのは?」


「ああ…だから、俺だよ。え?気づいてたんじゃないの?」


カイはリサのあまりの大声に驚きながら、確認をとった。それを聞き、しばらく呆然とその場に立ちつくしていたリサであったが、ふっとそのまま崩れ落ちた。


「リ、リサ?大丈夫?」


驚いたのはカイである。リサはあまりにもおかしかった。いきなり絶叫したり、そして今も突然床にへたり込んでいるのだから。そう話しかけるカイに対して、リサは一言。


「あ、大丈夫っす」


「大丈夫っす!!」


返事がすごく軽かった。というより、口調すら変わっている。本当にリサなのだろうかっとカイは少し自信がなくなってきた。


そんなカイの心配を余所にリサはテーブルに手をつきながら、ふらふらっと何とか立ちあがっていた。そして、す~~は~~す~~は~~っと何度も何度も深呼吸を繰り返している。


「……申し訳ありません、陛下。少し、取り乱しました。え~~っと、最後にもう一度ご確認しますが………カレンというのは、陛下が女装した架空の人物なのですね?」


「う、うん。仕事サボろうとして本当にごめんなさい!!」


っと謝るカイに対して、リサはゆっくりと………そう冷たくほほ笑んだ。


「陛下……私はまったく怒っていませんよ。ええ…怒っていませんとも。それで、この碌でもない案を考えたのは……………マリアですね?」


「ち、違う!!お、俺が考えたんだ!!マリアとシルヴィアには手伝ってもらっただけで……」


自分が逃がしてくれと頼んだ事で部下に迷惑がかかるのを全力で阻止しようとしたカイであったが、そんなカイの考えはリサには完璧に筒抜けだった。


「おほほほほほほ……陛下は嘘が下手ですね?そうですか……やはりマリアですか。なるほどなるほど……」


っとリサはその恐い笑顔のまま、何度も何度も頷いていた。カイはその笑顔に、今までにない恐怖をお覚えた。


ちなみにその後………………………マリアは突然行方不明となった。闇の軍総出で捜索を開始した結果、アゴラス近くの森の中で意味不明の言葉を繰り返し喋りつづける所を無事保護された。しかし、


「……あかん。それだけは、あかん。嫌や……堪忍や……もう無理や………嫌やーーー!!」


マリアはずっとうわ言のようにそればかり繰り返していたという。


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