「僕は人を殺した人間です」
平然と紡がれた言葉。
まるで抑揚が無く。
一切の誇張も無く。
何かを朗読する様に。
俺はテーブルに膝をつき、前髪に覆われそうな漆黒の目をじっと見つめた。
雪下春久の、どんな闇よりも暗い目を。
「ふうん。殺したの」
「………?え、えぇ」
俺の薄い反応に狼狽える雪下。ポーカーフェイスが一瞬だけ崩れた。
俺は片目を細めて口を歪ませた。
「『殺した』か。そういうこと経験した奴は俺の周りにいないから興味そそられるな。話してよ」
「嫌です」
「なんで?『自分みたいな奴とは深入りしない方がいい』とか思ってんのか?もしかしてさ」
「…………」
図星だった様だ。雪下は黙って俯いた。沈黙を守ろうとしているのが分かった。
俺は無意味に溜め息をつく。
「別に、無理して話せとは言わねぇよ。話すも話さないもお前の勝手だし?」
「それは脅迫ですか?」
「よく分かってんじゃんか。って違ぇよ」
テーブルの下で、軽く雪下の脚を蹴り飛ばす。雪下はびっくりした様に少し目を見開いた。殆ど反応の無い雪下のその反応はなんだか新鮮だった。
僅かな沈黙の後、今度は雪下が溜め息をついた。
「あなた……どうして僕の事を聞きたがるんですか?突っ込まずに他の人の様に放っておいてくれたらいいのに」
軽蔑してくれたらいいのに―
そんな響きのある声色。
それはあまりに自虐的で、自暴自棄とも取れる様な。この話を自分から始めた事を後悔している様な声色だった。
俺は、ふっと鼻で笑った。
「どうしたんですか、人を笑って」
怒ったというより理解不能という様に、雪下は訊いてきた。憤慨した声色ではなく、どちらかと言えば当惑している様な声色。
俺はそれに応える様に口元を歪ませた。
「俺ってさ、お前みたいな奴放っておけないんだよな、基本的に」
「僕みたいな?どういう意味ですか?」
「お前みたいな〈曰くつき〉っぽい奴」
「………ますます理解に苦しみますね。あなた僕と居て楽しいんですか?」
「楽しい楽しくないっていう問題じゃないな。只、放っておけないんだよ。手を差し伸べたくなる。解りたいと思う。お前と初めて会った時からそう思ってた。お前からすりゃ大迷惑なんだろうけどな。だけど俺、結構気に入ってんだぜ。お前の、その、誰にでも敬語で話して自分と他人を隔てようとするところとか、相手の名前を意地でも呼ばないところとか」
「………あなた変ですよ」
意識して平常さを保とうとした声だった。否、意識的に抑揚を殺した声だった。明らかに雪下は俺の台詞に狼狽えていた。いつもの一本調子の声が、微かに震えている。
あぁ、こいつも、きっと戸惑っているんだろうな。
「よく言われる」
答え、組んでいた足を崩す。目をあげて、所々汚れた白い天井を視界に入れる。
そして、再び雪下に。
「話したって減るもんじゃないだろ。この際全部話しちまえよ」
「………聞いて気持ちの良いものじゃありませんよ」
そう答えた雪下の声は、少し迷っている様だった。先程とは違う躊躇いが見えた。
「承知の上で言ってるのさ。お前の腹ン中を聴いてみたい」
俺は返した。
誰だって求めてる。
誰だって必要としている。
誰だって側に居てくれる人を
聴いてくれる人を求めてる。
お前の中の混沌を、俺が聴いてやるから。
「お前さっき『放っておいてくれたらいいのに』って言ってたよな。でもお前、本当は違うんじゃないか?本当はそう思ってないだろ」
「どういう意味ですか?」
雪下は、心底分からないという様に訊き返してきた。相変わらず、得体の知れない物体でも見ているかの様な目を向けて。
「そんな目で見るなよ」
茶化す様に言い、俺は答える。
「本当に、本当に心の底から他人を拒絶したいなら。あるいは他人を本当に自分の領地に入れたくないなら。………お前はこうして俺のくだらない話に付き合わなかったと思うぜ。まして、こんな風に俺の家に入らなかっただろうな」
「…………」
雪下は暫く黙ったままだったが、溜め息をついて吐息と共に口を開いた。
「僕の事を聞いてどうするんですか?聞いたってなんの得にも益にもならないですよ。むしろ不快になるだけです」
なんとか回避しているのか、雪下は時間を稼ごうとしているかの様に言った。話すのが嫌だというより、深入りするのを恐れているかの様な。
それは自分の領域に俺を入れるか否かを未だ決める事ができないが故の、言い訳がましい言葉だった。否、雪下にはこの方法しか思いつかないのだろう。
俺はわざと不敵に笑い、雪下を真っ直ぐ見つめた。
こいつの〈領域〉に入り込まないと行けないような、そんな気がした。踏み込みたいと思う何かがあった。
ゆっくり、そこに入り込む準備をする。
「別に聞いて不快になったって構わない。つーか、多分嫌にならないと思う。いや、絶対にならない」
「一体どこからそんな自信が沸いてくるんですか」
「ハハハハ。生まれつきの自信家なんだ、俺。生まれ持った才能?なんてな」
ふざけて言うと、雪下は眉を顰めて俺を凝視した。『俺』という人格を徹底的に解読しようとしている様な、そんな表情で。
俺は意図的にテンションを上げたまま、おどけた調子で続ける。
「なんだよ、俺ってそんなに信用無い?周りの連中にばらしてしまいそうか?お前を笑いのタネにしちまいそうか?」
「そういうことじゃありません。あなたが恐ろしく口が固いということはよく知っています。僕を馬鹿にする様な人じゃないということも、ここ数ヵ月でよく理解したつもりです」
「へぇ?なんだ、俺ってなかなか信用されてんじゃん?」
なんとなく嬉しかった。こいつが俺をそういう風に評価してくれていることが意外であり、ちょっと感動していた。いつも俺を鬱陶しそうな顔して見ている雪下が、実は俺を受け入れてくれているんじゃないかと思うと、なぜか満足した気分になった。
雪下は少し口調を速めて言った。「ばらされようが笑いのタネにされようが、全く構いません。そんなことには慣れていますから」
「なんだそりゃ。じゃあなんで渋るんだよ。俺が馬鹿にしないことも知ってんだろ。じゃあここで誓おうか、『俺は雪下を馬鹿にしません』って」
「だからそういう問題じゃないって言っているでしょう?」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「…………」
俺の追い込む様な問いに、本当に困った様に口をつぐむ雪下。さすがの俺も少し可哀想になったが、ここで引くわけにはいかない。
引き下がれない、俺なりの意地があった。
踏み込もうとしては躊躇う雪下を、雪下の手を引きたいと思った。
彼を、彼が甘んじている闇から引き出したい。そう思った。
「なぁ、俺、お前みたいな奴放っておけないって言っただろ?」
「え、えぇ…………」
突然口調に真剣な響きを含ませた俺の声に、雪下は狼狽して俯いた。もしかするとこいつは、真剣に人と向き合ったことが無かったのかもしれない。俺の言う事に一々反応している雪下を見て、なんとなくそう思った。あるいは、さっきからテンションを上げたり下げたりを繰り返している俺のやり方に疲れてきたのかもしれない。
俺は雪下に視線を定めたまま続ける。
「確かに『放っておけない』けど、〈そういう奴〉に必ず踏み込むかと言えばそうじゃない。『別にいいか』って感じで、殆ど深入りはしない。それは『こいつは只〈暗い〉だけなんだ』ってのが殆どだからだ。なんつーのかな、深入りしなくても、それが地でありそれ以外のなんでも無いから、入り込む必要性をあまり感じない。………だけどお前は違う。お前はお前ン中でトンデモナイ〈爆弾〉を抱えてて、いつかそれが大爆発してしまいそうな気がしてならないんだ。あるいはもし誰かに突然『お前を殺す』と宣言されても『そうですか』って殺されそうな気がするんだ。俺、そういうの駄目なんだよ。どうしても助けたくなる。迷惑と思われても、邪魔くさいと思われても、鬱陶しいと思われても全然構わない。だけど、生きることを棄ててしまいそうな、全然幸せじゃなさそうな奴見ると、どうしても『見るだけ』ってのができない。俺がお前を変える事ができるかなんて分からないし、多分その答えは『否』でしかないと思うんだよ。でも、それでも俺は、お前を放っておけない」
一気に喋り過ぎて酸欠になりそうだった。
俺が話している間雪下は、只黙って聞いていた。瞬きもせず、息を吸う事すら忘れているんじゃないかと思う程、身動きをせずに俺を見ていた。感情が無く微動だにしないその目は、なぜか今にも泣き出してしまいそうだった。感情が無い筈なのに、その表情は崩れている様に見えた。
こうやって言葉を並べた後も、俺の思っていることがどれだけ雪下に伝わっているのか分からない。もしかしたら殆ど伝わっていないのかもしれない。
でも、雪下にだからこそ、伝えたいと思った。今まで見たことの無い程に暗く、この目にはいつか光が入ることがあるのだろうかと思う程に希望の無い瞳をしているこいつにだからこそ、言うだけ言っておきたいと思った。
雪下と初めて会った瞬間から『こいつはなんとかしてあげたい』と思った。数ヵ月前、雪下が新しい従業員として、同じ職場に来たその時から、知りたいと思っていた。
何がこいつをこんな風にさせているのかを。
もし雪下が話し出すとしたら、とんでもない事を聞かされそうな気はしている。それでも、雪下の気持ちが少しでも軽くなるのなら、雪下が光を見ることができるのなら、聴きたいと思った。
訊きたいと思った。
たとえそれが、辛いことだとしても。
「………あなたには負けますね」
不意に目を逸らし、雪下は溜め息混じりに小さく呟く様に言った。停止していた思考がやっと動き始めたかの様な反応だった。
「なに、話してくれるの」
半分くらい『話してくれないんだろうな』と思っていた俺は素頓狂な声を出した。雪下はどこまでも冷静な声で答える。
「えぇ、話すだけ話しますよ。只、僕は話し出すと止まらなくなってしまうこともあります。支離滅裂なことを口走るかもしれません。自分の感情をどんどん吐露して、聴くに耐えない話になるかもしれません。………それでも構いませんか?」
俺は大して考えず、頷いた。
「あぁ、あるぜ」
「例えば?」
「例えば?『少年院に居たらしい』とか『同級生を刺し殺したらしい』とか『人を五人殺したらしい』とか。そういう感じのことかな」
「そんなこと聞いて僕の隣に居ようと思うのはあなたくらいです」
再び、呆れた様な雪下の言葉。もう何度目になるだろう。
俺は大して気にもせず、それに同意する。
「そうかもな。でも、それはあくまでも噂だろ?俺は噂に左右されたくない。お前の口から真実を聴きたいし」
「………やっぱり変わった人ですね」
軽い溜め息をつく雪下。さらりと前髪が揺れた。
俺は雪下が再び話し出すまで待っていた。時間を弄ぶわけでもなく、じっと。
きっと、心の準備が必要な程に重い話なのだろう。そう思ったから。
やがて雪下は諦めた様に深く息を吐き、ゆっくり俺に視点を定めた。
暗い暗い、闇色の瞳。
そして同じ程暗い声で、再び問いから始める。
「何年も前、『小学三年生男児、クラスメートを刺殺』というニュースがあったのを知っていますか?」
それは、知らない人が居ないという程広く知られた事件だった。かれこれ十年以上前の事件だ。テレビでもラジオでも新聞でもバンバン報道されていて、当時小学三年生だった俺でも詳しく知っていた。『同じ年の人が人を殺した』ということに、幼いながらも物凄い衝撃を受けたのを覚えている。
「知ってる」
俺は短く答えた。
雪下は、更に溜め息をついた。
それはもう意味すら持たない動作だった。
そして、静かに。
「その、クラスメートを殺した男児。それが僕です」
「…………」
それは、冗談の欠片もなく。
洒落など微塵もなく。
かと言って現実味があるわけでもなかった。
俺はあまりに予想外の言葉に、怪訝な表情を作ってしまった。
「お前が?」
「そうです」
雪下は抑揚無く肯定した。
それは全てを切り棄てる様な、あまりに悲痛な声色だった。
全てを諦め、全てに嫌気がさしているかのような。
その声色で続ける。
「ちょっとしたズレだったんです。………僕は小学生の頃、普段から嫌がらせを受けていましてね、『あの時』も数人のクラスメートに囲まれて、ライターであちこちあぶられていたんです。洋服は焼けるし、体中に火傷ができて、あれは痛かった」
雪下の口調はあまりに淡々としていて、こんな話でも、注意していないと
「ふ〜ん、そうなんだ」
という風にさらりと聞き流してしまいそうになる様な響きがあった。まるで他人事の様な。
殆ど感情の無い声は続ける。
「『その時』、ある一瞬、ずっと耐えていたものがぷつっと切れてしまったんです。本当に突然意識が吹っ飛んで自分を制御できなくなって……気付いた時には僕の手にはカッターが握られていて、その子達は血塗れになって倒れていました。休み時間、教室での事です。後で聞いたんですが、救急車が来た時には既に手遅れで、全員数時間後には死亡したそうです」
「…………」
俺は反応できないでいた。
この話の内容にではなく、こんなにも短く淡々と説明された事に、上手く反応できないでいた。
否、雪下は高ぶろうとする感情を敢えて殺しているように見えた。意識的に淡々とした口調にしようと努めている。
雪下は不意に淋しそうな表情になり―初めて見せた表情だった―続けた。
「僕はその時、自分が恐くなりました。知らないうちに無意識に人を殺してしまうような自分がとても怖くて。理性を全く失ってしまう自分に嫌気がさしました。でも、犯した罪は消えない。……だから只ひたすら二度とキレてしまわない様に感情を殺して、他人とできるだけ離れて生きて行こうと思いました。それしか方法が思い浮かばなかったし、それが最善だと思いました」
「…………」
初めて、雪下が自分の心の内を明かした。その表情からは、今まで押し殺していた苦悶が、濃く滲み出していた。
雪下は俯きかけていた目を俺に向けた。
とても
とても淋しそうな表情で。
「だから、僕は他人と近付きすぎないようにしているんです。特にあなたは………あなたは、どんなことがあっても絶対に殺したくないから」
「………へ?」
雪下の口から出た言葉に、俺は目を見開いた。
雪下は同じ口調で続ける。
「さっきあなたが言った『本当は放っておいて欲しいっていうのは違うんじゃないか』というのは、全くその通りだと思います。僕は心の底から他人を拒絶したいわけじゃありません。そう思い込みたいだけなんです。本当は〈親友〉と呼べる様な、そうでなくても、同等に話せる相手が欲しいんだと思います。……上手く言えませんが」
ふう、と溜め息。
それと同時に、雪下の深い闇色の瞳に、光が微かに灯った。
本当に、微かに。
「本当はずっと前から―仕事を始め、あなたに初めて会ってから―あなたにとても感謝していたんです。誰も僕に近付こうとしない中、あなただけが僕と親しくなろうとしてくれた。面倒くさいと思う反面、すごく有り難く思っていました。親ですら他人の様に接するのに、あなたはまるで十年以上も前から付き合ってきたかの様に接してくれました。それだけでも僕は救われていたんだと思います」
本当はあなたが好きなんです。
そう言い、詰まる様に雪下は口をつぐんだ。
俺は只驚いていた。雪下は話す前に『自分の感情をどんどん吐露する』と言ってはいた。
止まらなくなる程になる、と。
しかし、何もかもがあまりに予想外だった。雪下がこれ程まで語ったことも、語った内容も。雪下が文字通り人を殺したということも、俺に好意を持っているということも。
全てが冗談の様に聞こえてならない。
未だ声が出ない俺に視線を向け、雪下は目を細めた。哀しみが渦を巻く、相変わらずの闇色の瞳がゆらりと俺を捕らえる。
「どうして僕はこんな事を話しているんでしょうね」
自嘲の声色で呟く様に言う雪下。重い重い溜め息は雪下の自尊心の無さを表していた。
彼が抱え込んだ、あまりに深い闇を。
「軽蔑して下さい。僕はどうしようもない人間なんです」
同じ、暗い声で。何もかもを放棄しているかの様な、全てを諦めている様な。
そんな声で。
軽蔑して下さい。
そんな事、俺にできる筈が無い。俺にはできない。そんな事、したくない。
「………雪下」
俺は小さな呟きの様な声で、雪下の名を呼んだ。テーブルに落とした視線を雪下に戻し、少しだけ笑った。
伝えたいことを
それが叶ったことを。
「ありがとうな。俺、今スッゲー嬉しい。お前がこうやって話してくれて、俺の思っていることちゃんと伝えられて、お前の気持ち聴けてホント嬉しい。お前も色々悩んでたんだよな。乗り越えようって頑張ってきたんだよな。偉いよ、あんなでっかい壁に向かっていったんだろ?しかもたった独りで。軽蔑するどころか、心の底から褒めたいと思う。………よく頑張ったな、ホント。俺、お前ホントすごいと思う」
「…………」
その俺の言葉に、雪下の表情が大きく崩れた。今にも泣き出してしまいそうな、幼い子供のような表情だった。
絶対に表情を大きく崩さなかった雪下が。
雪下は瞼を伏せた。
その次の瞬間
「雪下………」
雪下の真っ白な頬に、泪が一筋伝った。
それはあまりにも悲しくて
それでいて綺麗な泪だった。
雪下が人間であることを証しするあたたかな泪だった。
「…………」
俺が言葉を失って雪下の泪を見つめていると、雪下は静かに俺に視線を向けてきた。泪を拭いもせず、隠しもせずに。
光の灯り始めた瞳を。
そして、人間の温もりを帯びた声色で。
「ありがとうございます。……太陽」
初めて俺の名前を呼んだ。
雪下の瞳に、光が溢れ出した。
「太陽?ほら起きて。こんなところで眠ったら邪魔だよ。コラ!太陽!」
「う〜耳に響くな、お前の声は………モーニングコールはもう少し小さな声で頼むよ」
「なら一回で起きなさい」
容赦ない春久(雪下)の言葉に反論する気も失せ、惰眠をむさぼることを諦めて身を起こす。そもそも短い休憩時間に寝るのが悪いと自分に言い聴かせて背伸びする。
「なぁ春久。今晩店長が飲みに行こうって言ってんだけど、お前どうすら?」
ロッカーを整理する春久に声をかける。春久は何やら忙しそうに手を動かしながら
「遠慮するよ」
と返してきた。
「店長が誘って来る時はろくなこと無いでしょ。またマネージャーか何かを僕か太陽かに押し付けるつもりなんじゃないの?僕は面倒だからやめておくよ」
「ハハッお前賢いな」
「それくらい分かるよ。いい加減太陽も人を疑うことを学びなさい」
呆れたように忠告の言葉を残し、春久はドアを明けて休憩所から出て仕事に戻って行った。
俺はそんな春久の後ろ姿を見送って、今夢で見ていた頃の春久と今の春久を思い描いた。オーラが闇そのものだった過去と、そんな面影が全く無い現在と。
まるで天と地の差がある程春久は変化した。あの頃は全く想像すらできなかった様な春久が、今俺の隣で当たり前の様に存在している。
「太陽?まだ寝ぼけてるの?」
仕事に戻った筈の春久が、ドアを開けたままこちらを見ていた。あの頃とは違い、短く刈られた漆黒の髪が爽やかだ。
あの頃とはまるで違う俺を見る瞳は、淡く笑んでいた。
光が、溢れていた。
「今行く。お前ほんとセッカチだな」
俺は冗談混じりにぼやきながら春久の隣に並んだ。
「じゃ、俺達だけで行くか。久し振りに弾けてこようぜ」
「君は毎日弾けてるよ。少しは落ち着いてほしいものだよ」
「失礼だな。俺は一生懸命場を盛り上げようとしているのに。………まぁいいや。で、行くの?行かないの?」
にやりと、問う。
春久は困った様にわざとらしい溜め息を落とし、ちらりと俺に目を向けた。しかし次の瞬間、小さく笑みを漏らした。
「じゃ行こう。もちろん太陽の奢りだよね」
「任しとけ!って、え?」
春久は『逃げるが勝ち』という様にスタスタ歩いて行ってしまった。俺はうまく丸め込まれたという形になるんだろうか。
「待たんか、春久!正体現したな!ずるいぞこの!」
春久を追いかけながら、俺は自然と笑みを漏らしていた。
春久。
お前は光を掴まえた。
【完】
|