横断歩道を歩行者が歩いている場合、車は一旦停止しなければならない。
「うわああっ?!」
そんな簡単なルールも守れない奴がいるから、小学生になりたてだった俺の息子は下校途中で死んだ‥…いや、殺された。
しかも俺の息子を殺した車は、ひき逃げを行い…‥逃亡した。
俺は泣いた、泣いて、泣いて、泣き続けた。
だが警察は犯人を捕まえることができずに3ヶ月が過ぎ、俺はその間に妻と別れ、会社を辞めた。
―そして今、悲しみの余りに自殺を決行している―
「…ぐっ……‥」
息子が自立するまでにはローンを完済するはずだった新築の家の二階。
二階の息子の勉強部屋…‥だった場所。
アニメのポスターや玩具、そして勉強道具やベッドに囲まれたその場所で、俺はホームセンターで買ってきた縄首を部屋の間にある横の柱にくくりつけた。
真新しい勉強机とセットだった椅子の上に立ってその作業をする俺の頬は、涙でたたれていた。
「………‥‥」
遺書も書いた。
俺は、下顎で輪になっていた縄の下部分に振れた。
冷たかった、そして草の匂いがした。
その匂いも気にならなくなっていく、頭がからっぽになっていく。
ただ頭の中にあるのは息子の笑顔…そして…‥あの日の悪夢…‥
『…本当にそれデいいのか…‥?』
―!!―
窓の向こうで、何か赤い光が輝く。
そして機械のようなエコーのかかった声が、俺の頭の中に直接語りかけているような感覚に襲われた。
「だれだ…‥‥お前は…‥?」
俺は一瞬、死に神が俺を迎えに来たのかと思った。
俺が縄を手放して叫ぶと、窓が思い切り開き、乾いた風が部屋の中に吹きすさぶ。
「?!」
俺が思わず手で顔を覆うと、窓の向こうから丸い物体が俺の手前に飛来する。
その丸い物体はメタリックな光沢を放ち浮遊する、赤みがかった紫色のヘルメットであった。
『…絶対正義の使者…‥世界の秩序を守るモノだ…‥』
真っ赤なヘルメットのエコーのかかった声が俺の脳内に響く、無機質で冷たい声であった。
俺は残念に思った。
死に神だったらよかったのにとため息をつき、再び縄の中に自らの頭をくぐらせた。
『…オまえはくやしくないのか…‥?愛する息子を殺されて』
―!!―
今すぐ楽になろうとした俺の脳裏に、悪夢がフラッシュバックする。
未だに顔も見ていない犯人は今でものうのうと生きているに違いない。
封印していた感情が…‥そのヘルメットの淡々とした一言で蘇った。
―とめどない怒りが―
ヘルメットは露骨に怒りを表出させる俺を見つめて、静かに浮遊し近づいてくる。
『悪い奴らから…‥罪のない人間を守ろう、理想の世界を作るんだ』
そのヘルメットは普通のバイクのヘルメットのような形をしており、額の部分には数々のダイオードのような部品が組み込まれており、発光していた。
『…オマえも…俺と一緒に悪い人間を断罪しよう、悪い話ではないだろう?』
そう言うとヘルメットは額のダイオード部分からレーザーを放射し、俺が括ろうとしていた縄の上部分を焼ききった。
「…す…すごいな…‥お前」
俺はそのヘルメットの力に驚くと同時に、ヘルメットの言った一言に…‥からっぽだったはずの心が惹かれた。
―断罪―
つまり、罪を裁くということだろうか。
このヘルメットと共に罪を裁いていけば…‥俺の息子を殺した犯人を抹殺することができるということか…‥
―一石二鳥ではないか―
俺はヘルメットの感触を手で確かめる、とどの部分もツルツルとしていて地球のものとは思えなかったが…‥今の俺にはどうでもいいことだ。
『――やる気になったようだな』
俺は唾を呑み込んで少しだけ頷くと、丁度耳の横に巨大なくぼみがあった。
俺の質問を先読みして、ヘルメットが説明をする。
『それを押せば登録は完了だ…‥お前はそれで超常的な力を得る、悪を断罪する絶対正義…‥』
今度はヘルメットの淡々とした声がより直接的に脳内に響くが、対照的なエコーは強くなっていた。
『絶対天誅サバキダーになるのだ』
チープな名前に俺は一瞬だけ戸惑ったが、次の瞬間にはすぐにボタンを押していた。
「サバキダー…か…‥」
静かに呟くと、ヘルメットから視界を遮る何かがせりでて来る。
マスクのようなものが俺の口を塞ぐと共に、首筋に何かの細いケーブルが挿入されて力が湧いてきた。
俺はケーブルから神経を介して、ヘルメットが見ている世界を見た。
体にメタリックな装甲が付着していくのを確認すると、俺は無機質な笑みをこぼした。
俺は変わる、泣いて悔やむことしかできなかった非力な俺から‥力をもった断罪者に。
―悪を断罪できる、絶対正義に―
―翌日 AM1:00―
「きゃああああっ!!」
街のはずれの資材置き場のような倉庫に、一台のワゴン車が入ってきた。
薄暗い建物の中で、二人の男性が車から少女を引きずり出していた。
「げへふっ!嫌よ嫌よも好きの内ってね!」
二人の男性の下品な笑い声が、冷たい建物の中に響く。
「ひひひっ!さあさあさあさあ!やっちまおうぜ!!」
周囲には材木やそれを動かす特殊作業機械が置いてあり、埃をかぶっていて汚かった。
「やめて下さい!!!いやあああ!!」
誰も見ていない静まり返ったその場所で、野獣以下のけだものと化した強姦魔達の声と高校生らしきセーラー服の少女の悲鳴が響く。
「おおっ?!待てよお前ら!運転してやってたんだから俺が先だろ!」
長髪の運転手がふざけたように怒ると、少女の首を手で掴んでいたスキンヘッドの男が邪悪に笑った。
「ひゃっはっはッ!!いいだろっ?!俺が一番最初にや―――」
タンクトップにダメージジーンズを纏っていた長髪の男の叫びが、途中で不自然に止まる。
「どした?!」
少女のセーラー服を引きちぎろうとした金髪のパーマの男が叫ぶ。
男の口から、汚い唾が飛んだ。
「!!!」
少女はわけが分からず、連続して襲いかかる恐怖のあまりに失禁した。
「まあいいや!俺が一番だって――」
金髪パーマの男が、スキンヘッドの男を無視して失禁して汚れた少女の下着に手をかけた時、その手と叫びがまた不自然に止まった。
「ひいいっ!!」
少女はそのパーマの男に何が起こったのかを理解し、気を失った。
―動けなくなっている、死んではいないが、動けなくなっている―
「なんだお前ら?!どしたッてんだよ!!」
残された長髪の運転手の男が入れ墨の入った腕で二人の肩を揺らす、が、二人は泡を吐きながら震えるだけで動く気配すらない。
「なんなんだよこいつはァ!!」
男が自らの身に迫る危機に気づいて叫ぶと、倉庫の端に積まれた材木の上から、機械的なエコーのかかった声が響いた。
「天誅暗器、インフィニットポイズン』
その声の主は跳躍して材木の上から地面に降りると、縦笛のような銀色の筒を腰のベルトのホルダーに戻した。
「このシリンダーから放たれる特性の毒が塗ってある矢が刺さった罪人は、死ぬまで動けず苦しみもがく』
その姿は運転手の男からはよく確認できず、紫色に輝くシルエットと…‥頭の部分でギラリと煌めく切り傷のような赤い瞳の輝きと赤青黄色のダイオードの光が見えた。
その、よく見えない恐怖が、運転手の男を怯えさせる。
「…なっ…‥なんだてめえはっ!?」
運転手の男が叫び、迫り来るシルエットと光に向かって腰から取り出したバタフライナイフを突き出す。
「フッ」
全身からメタリックな紫色の輝きを放つそのシルエットは、不敵な笑みをこぼすと一気に走り出した。
『断罪者だ――」
紫色の装甲に身を包んだシルエット…‥サバキダーは走りながら一瞬にして腰から光り輝く刃を抜刀し、運転手の男の首を切り落とす。
あまりに一瞬すぎて、抜刀した刃の形状が見えずに、赤い軌跡だけが暗闇で輝いた。
腰を抜かして気を失った少女の間近で、運転手の男の首が吹き飛ぶ。
サバキダーの紫色の全身に返り血が吹きかかり、メタリックな装甲を伝って地面へと流れ落ちる。
(…よし、次はどいつだ……‥?)
サバキダーになった男が、思考する。
するとヘルメットと同化を果たした男の脳内で、どこかの防犯カメラの映像のようなものが再生されていく。
「…万引き少年か……‥」
万引きは常習犯ともなると心まで病んでいるケースが多いという。
圧倒的な力を手に入れた男は、一瞬でどんな天誅を下すかを思考した。
―片腕を切り落として更正させよう―
妥当だな、とヘルメットが男の脳に直接思考を送り込む。
(その次は売春をしている教師と女子校生、同級生に性的ないやがらせをした男子生徒、連続殺人犯、ひったくり犯、DVをしている両親etcだ…‥)
チューブを通して体にエネルギーを送ってもらわなければこなせないスケジュールを聞かされ、男は苦笑する。
サラリーマンだった時よりもやりがいはあるが、比べものにならないくらい忙しくなる―そう思った。
「善は急げ……だな」
サバキダーは少女と動かなくなった男達を背に走り出した。
先ほど浴びた血がほとばしり、メタリックなボディと共に月下で輝く。
マスクの上のゴーグルのような黒い半透明なカメラアイに、切り傷のような2つの鋭い瞳が赤く輝く。
サバキダーは、罪に対して罰を与える。
それが強姦などの重い罪ならば罪人を殺す、万引きのケースならば…‥片腕を切り落として更正させる。
―罪人を殺すことは罪ではないのか?―
と、彼に問うものがいるとするならば、彼は迷わずこう答えるであろう
―それを成さねば、罪のないものが死ぬ―
と…‥
END
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