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惑星ファルファーレ

二者択一の後始末 -惑星ファルファーレSS-

作者: 守分結

 アレックス・イルマとサッタール・ビッラウラは岬の突端に立っていた。

 見渡す限りの青い海は凪の時間で、さざ波がチラチラと日の光を投げ返してくる。

 大きな積乱雲が水平線の先に浮かんでいるが、あの雲は今日はこちらには流れてこないだろう。

 西から柔らかな風が吹いてきていた。


「ここが君のお気に入りの場所その二かい?」


 アレックスが快活に尋ねる。


「アマル・フィッダは私以外にほとんど訪れないが、ここは島の者がよくやってくる。私一人の場所じゃないからな」


 苦笑混じりに返して、サッタールは視線を傍らの青年に向けた。

 グレーのスーツに身を包んだ姿は、この一年で見慣れたはずなのに、彼が海軍士官の制服を着ていないことに今でも違和感と、ほんの少しの申し訳なさを覚えてしまう。


「クラゲの湖もきれいだったけど、俺はこっちの方が好きだな」


 笑ってぶるんと腕を伸ばす仕草にも屈託はなかった。

 曇りのない心は、場所にも立場にも左右されないらしい。


「もしかして閉所恐怖症なのか?」

「え? うーん、そうかな。でも誰だって箱詰めなんてされたら嫌だろう? そりゃあクラゲ池はそんな狭くはないけどさ。こう……包まれている感じっていうか。中へ中へって沈んでいく感じっていうか」


 慌てたように反論してから、アレックスは広い肩をすぼめてみせた。


「宇宙が苦手なのと似てるかもしれないな。うまく言えないけど。とにかく俺は広々とした海の方が好きなんだ。だから……」


 いったん言葉を切ってから、アレックスは明るいブルーの目に真剣な光を宿して続ける。


「ここに来たことは後悔してない。本心からよかったと思ってるよ。君がそのことで気に病むことはないんだ。そして、やりたいことがあるのなら、思い切ってもう一度外に行ったらいいんじゃないかな。ガナールもクドーもいるし、外からも次々に人がやってくる。そりゃ君がいればみんな君を頼ろうとするだろうけど。俺もね。でも誰も君の願いを押し潰したいなんて思ってないんじゃないかなぁ」

「心なんて読めないくせに」


 思わずついた悪態にも、アレックスは動じないで笑い飛ばした。


「読んでも気づかないふりをしている君よりはましだろ」


 むっつり黙ってしまったサッタールに、風は優しく吹いている。海は、彼の決断を待っているかのように静かだった。




 中央府コラム・ソル出張事務所に戻ってきたアレックスは、上着をハンガーにかけるとそのまま自分で珈琲を淹れてから、事務所長のデスクについた。

 サッタールとの朝の散歩は気持ちよかったが、それでも仕事に入る前に一杯の珈琲は欠かせない。ここでは気軽に買えない珈琲だ。大事に飲まなくてはとカップを両手で包むように持ちながら、立ち上る香りに目を細めて、アレックスは一年前を思い出していた。




***


 一年前。トゥレーディアでの事件からセントラルに帰還したアレックスに告げられたのは、懲戒解雇の処分だった。

 成り行きだったとはいえ、上官の命令を無視してトゥレーディア基地に反乱者に同行して潜入したのは、規律に厳しい軍ではとうてい許される行動ではなかったのだ。


「軍事委員会では、君は免職の上に植民星での懲役労働五年が相応って流れになっていてね」


 中央方面副司令であるサーニー中佐は笑顔と共に過酷な通告をさらりと口にした。


「無論不服申し立てはできるし、幾分かは減刑される可能性はある。それでも懲役は免れないと思うんだ。で、免職の上に懲役ってなると、君が士官学校で獲得した奨学金もこれまでの給与も全額国庫に返還っていうのが規定でね。すると失礼ながら、君には、ニコニコ現金払いなんて資産はなさそうだから、懲役を勤めあげても莫大な借金を背負い込むことになるんだよね。気の毒だけど」


 サーニー本人は真面目に話しているのだろうけれど、その口調にはいささかの気の毒さも感じ取れない。

 懲役労働が課せられる植民星は、同じフィオーレ星系第五惑星の衛星フィロメロスだ。乾いた大地と氷に覆われた厳しい環境だが、金属プルトニウムが豊富に存在する。そのため中央府はフィロメロスを直轄領にして、主に囚人達の労働で鉱山の経営をしている。


(あそこには海なんかないよな……)


 アレックスは、映像でしか見たことのない荒々しい光景を頭に浮かべた。無機質なドームが並んだ大地。当然のことながら大気は人類が住めるようなものではなく、鉱山労働は機密服を着て行う。

 監視の必要もない。タンクの酸素が切れたら死ぬだけだし、酸素は居住区のドームに戻らなければ補給できないのだから。なによりもアレックスの苦手な低重力の環境の中でだ。

 囚人の三分の二は重犯罪者で残りは元軍人だ。軍人ならば過酷な環境にも耐え、重機はもちろん鉱石の採掘に必要な様々な技能もすでに獲得している場合が多いからだ。

 それでも元士官は多くはない。

 アレックスは表情に出さないように気をつけながら重いため息をついた。


 更に莫大な借金である。アレックスは頭でざっと計算してみて、負債の重さに内心で呻いた。

 軍を首になるのは覚悟していた。円満依願退職して退職金と年金をもらおうとまでは考えていなかったが、まさか重労働の懲役刑の上に奨学金と給与の返済まで求められるとは!


(そんな規定になっていたかなぁ)


 許されるならすぐそこの棚にある海軍法規全書で調べたかったが、そんなことを口にできる雰囲気でもない。

 広くもない海軍セントラル本部の会議室には、ミュラー元帥はもとより、五人の方面司令とその副官が揃っていた。


 たかが少尉の処分を言い渡す場としては少々並んでいる顔が大げさではあったけれど、海軍はコラム・ソルを巡って大規模演習を終えたばかりではあるし、中央府の動向も流動的だから、大きな人事異動があるのかもしれない。

 つまり処分言い渡しに上官達がずらりと並んでいるのもそのついでなのだろうと、アレックスはどこか逃避気味に考えていた。


「でだ。イルマ少尉、反論はあるかな?」


 サーニーが爽やかに訊いた。


「……ノー・サー」

「本当に? 驚いたな。僕だったら絶対にそんなことは言わないけどねえ。だって、君がジャクソンに同行したのはあくまでも事件を未然に防ぎたかったからだろうし、それを黙していたのは、機密事項だった上に報告すべき上官は全員セントラルを出払っていたからだし。なによりもあの場でミスター・ビッラウラを救ったのは君だ。彼がサムソン大宙将を抑え込んで内乱の危機を救ったっていうのは、本人からの申し出に過ぎないし、少なくとも超常能力なんて持たない我々が客観的に評価できるのは君の行動だけだよ? それなのに一人で一方的な処分を受けて、唯々諾々と従うのかい?」


 立て板に水のごとくサーニーが喋るのを、アレックスは憮然とした心地で聞いてから、ゆっくりと首を振った。


「客観的には、軍の規律を乱し、議長の命令に背いて銃器を使ったのは私です。そして証人足りうるジャクソン曹長を殺したのも。その前からの軍規違反も含めれば処分は適正と考えます」


 毅然と返したつもりだったが、でも重労働に借金かぁと口の中で続けてしまったのは失敗だった。

 笑い上戸の西司令が吹き出し、マクガレイは険しい顔でアレックスを睨みつけた。


「貴様はっ! せっかくビシッと言うなら最後までビシッとしろっ!」

「イ、イエス・ダム!」


 ビシッと敬礼で答えたアレックスに、会議室に集まっていた上官達がまた笑い声を漏らす。

 また怒鳴られるかと肩を落としかけて、アレックスはこれまで一言も口を開かなかった人物に目を留めた。


 ミュラー元帥だ。本来なら中央に立っているべき人が、壁を背にしている。

 マクガレイのように怒るでもなく、他の面々のように面白がるでもなく、ただ穏やかな顔で立っていた。。

 違和感を覚えて、そっと元帥を観察し、アレックスはその原因に思い当たる。


(軍服を着用していない……?)


 見慣れたアクアマリンの軍服の中、ミュラー元帥一人だけが緑がかったナイルブルーの背広を着ていた。

 それが意味するところに思い当たり、アレックスは一歩前に出る。


「あの。私はともかくミュラー元帥は……?」


 不意に部屋が静まり返った。


「イルマ。元帥は軍を退役されたんだ」


 マクガレイが平坦に答えた。


「え? でも……それは……まさか俺の……?」

「そうじゃないぞ、イルマ。わしは定年で円満退職したのだ。トゥレーディアの事件とも、むろんおまえとも関係はない」


 ミュラーが穏やかに口を挟む。太い眉の下の瞳も、何の揺らぎもなかった。

 それでもこの唐突な退役が無関係だとはアレックスには信じられなかった。


「わしのことよりも、おまえだよ、イルマ。わしは悠々快適な隠居生活で詩の大作をものするつもり満々だがなあ。フィロメロスは辛いぞ? しかも管理は宇宙軍だ。今あそこにおまえが放り込まれたら、彼らが寛大に扱ってくれるとは思えぬのだが。いいのか?」

「いいのかと言われましても……。軍の決定ならば……海軍の立場も……」


 口ごもるアレックスに、再びマクガレイの大喝が落ち、ついで襟首を掴まれてゆさゆさと揺さぶられる。


「馬鹿者っ! 貴様のような下っ端は軍の立場なんぞ考えんでもいいのだっ。そんなものは我々に任せておけ。なんの為の上官だと思っている?」

「あ、はあ、しかし。委員会の決定を覆すのは……」

「サーニーは決定したとは言っておらん。その耳は飾りか? 流れと言ったのだっ」


 そうだったかなと上目遣いに視線をサーニー中佐に向けると、飄々とした中年の男はにやりと口角をあげて頷いた。


「まあまあ、マクガレイ少将。イルマも戻ったばかりでそう頭も働いてないでしょうし、なにしろフィロメロスと聞かされては思考停止気味になるのも無理ありませんし」

「軍人が思考停止などしたら部隊は全滅だ」

「それは将以上の者が担うものですからね。イルマは……」


 サーニーは言葉を濁らせ、今度はミュラーに顔を向けた。


「やはり元帥からお話ください。僕だとイルマの反応を楽しんでしまうので。ただし三歳児でもわかるようにポエムは抜きでお願いします」

「【元】元帥だ」


 ミュラーはしかめつらしく訂正してから、壁から離れた。水色の瞳が笑いを含んでいる。


「イルマ。わしは元々コラム・ソルの件で自らの任務を終了させるつもりだった。だからわしのことは気にしなくていいぞ。退任したということは満足すべき成果があったからだ」


 なんと答えるべきか迷った末、アレックスは曖昧に頷く。


「次に宇宙軍の件だ。軍事委員会には三軍の代表も参加しているが、流れを決定づけるのは中央府の意向だよ。まあ宇宙軍は戦々恐々としていただろうが、ジェイコフ議長は個別に罰するつもりはない。今後、外宇宙に飛躍しようという時に志気を低下させるような愚は犯せないからな。組織の刷新は必要でも今度のことで罪に問われる者は、宇宙軍ではサムソンだけということになる。今頃はラ・ポルトを通じて幹部には伝えられているだろう」


 それを聞いてアレックスはホッと肩から力を抜いた。



 トゥレーディアの医療施設にいる間、一度だけエステルハージが見舞いに来てくれた。あの式典の日、アレックスにしたたか殴られた彼は、肋骨が折れたぞと笑っていたが、その目はやはり暗かった。


「洗脳され操られた証人ってことで、今は軍務を解かれているんだ」


 彼のトレードマークだった赤毛は短く刈り込まれ、後ろには別の兵士がひっそりと立っている。監視がついているのかと苦い思いを飲み下して、アレックスは同期に笑いかける。


「証人になるのはお互い様だよ。それに俺の方が分が悪い。軍務違反てんこもりだからね」

「でも君は……」


 言いかけてエステルハージは口をつぐんだ。宇宙軍全体に不利益なことは述べるなと上層部に命じられていることは容易に想像がつく。

 サッタールとだったら、周囲の誰にもわからぬように言葉を交わしあうこともできたが、超常能力を持たない二人では視線を交わしあうのが関の山だ。

 三秒ほど見つめあった後、二人は同時に笑い出す。


「まるで恋人同士だな」

「俺はにらめっこかと思ったんだれど……」

「それなら僕の勝ちだ。コンマ三秒は君の方が早く吹いただろ、イルマ」


 だいたい発想が子供だと揶揄しながら、エステルハージはさばさばと席を立った。


「次に会うのは多分セントラルだな」

「ああ」


 握手の代わりに拳を打ちつけて別れた。




「ではエステルハージも大丈夫ですね?」


 ミュラーは、自分を棚にあげて同期を気遣うアレックスに、片眉を上げて首肯した。


「懲罰という意味なら、彼にはなんの咎めもない。ただし退役は迫られるだろうな」

「なぜです?」

「他人に精神を操られた者をクルーとして受け入れるほど、宇宙軍の組織は柔軟ではない」


 冷徹な現実に顔が歪む。


「彼がおまえを通して告発を行ったことは認められたし、サムソンの力は我々には抗いがたいほど強大だったとミスター・ビッラウラも証言している。行動面についても宇宙軍の最高責任者の命令では逆らえなかっただろうことも考慮された。退役後どうするかは、彼自身の器量だな」


 それでも軍組織としては不適合の烙印を捺したということだろう。

 不服を表情に出すまいと視線を床に落とすと、しゃきっとしろとまたマクガレイに怒鳴られた。


「軍の事情は我が海軍も変わらんよ。で、最後におまえだ、イルマ」


 ミュラーは何事か考えるように腕を組んで、こつこつと歩き始める。居並ぶ将官は誰も口をきかない。

 ややあってアレックスの横に立つと、ミュラーはがしっと元部下の肩をつかんだ。


「ああ、我が忠実な配下よ

 そして勇敢な海の男、イルマよ

 おまえは我が命に背き、

 我らと友を騙して裏切り者と行動を共にした

 だがその目的は実に崇高なるものであった

 違反者の汚名を着てまでも成し遂げたいのは、

 ただひたすらに友の心を支え、命を救うことであった

 なんという勇気!

 星の支配者たらんと欲する圧制者に、

 敢然と立ち向かう様は嵐に乗り出す小舟のごとく

 ああ、イルマよ……」


 あああああああとため息を吐きたいのはこちらだと、アレックスは直立不動の姿勢のまま上官らに目で助けを求めた。

 しかし薄情な上官達は巧みに視線を外して部下の窮状に応える様子もない。


「しかして我が海軍は、迷える小舟を救うにあたわず

 なんたることか!

 世の冷徹な条理はおまえの寛容と友愛の精神を利用せんとする

 ああ、イルマよ、我が忠実なる海の男よ

 かくしておまえは新たな海へと漕ぎ出さねばならぬ

 さもなくば凍える大地の骸とならん

 だが彼の地の白き腕を持つ乙女子らは、

 おまえを朋友として迎え入れ、

 珍らかなる花弁を降らせるだろう

 そうでなくてはならぬ

 我らと彼の地の架け橋となれ、イルマよ!

………という訳だ」


 唐突にミュラーのポエムが終わった。

 アレックスはたっぷり一分間待ってから、満足げなミュラーの熱い眼差しを避けて、爆笑寸前のサーニーに懇願した。


「説明をお願いします、サーニー中佐」

「あは……うん、そうだね。いや、だいたい今の詩のごとくなんだけど。わからなかったよね?」

「わかりません。私は精神感応者ではありませんし、大変なご無礼ながら元帥のポエムはあまりに流麗で脳が単語の聞き取りを拒否いたしました」


 サーニーは恨みがましい顔のアレックスに、またぷっと吹き出しかけ、二、三度咳払いをしてごまかした。


 つまりは……とサーニーの明瞭な解説によれば。

 今度のことで、中央府は早急に精神感応者との交渉再開を迫られている。まずはコラム・ソルの要求を最大限にいれて島のインフラ整備を行い、彼らを懐柔したい。

 更に様々な法と体制を整備して、隠れている精神感応者を含む全ての能力者を登録し、犯罪を犯さないように育成、教育すると共に、その能力を有益に還元できるようにコラム・ソルに協力を求めたい。

 ところが中央府とコラム・ソルの心理的隔たりは大きく、トゥレーディア事件についての詳細は公表されていないにも関わらず、その取りまとめを任せられる人材にはことごとく逃げられている現状がある。


「そこで中央府は、君に白羽の矢を立てたって訳だね。処分を我々に任せると、適当な謹慎と減給ぐらいでお茶を濁すだろうって推測で。まあ実際そのつもりだったんだけど」


 アレックスは、彼としては珍しく青い瞳を半眼にして上官を睨みつけた。


「……それ、脅迫じゃないですか?」

「うん、そう。中央政府による結構えげつない圧力だよねえ。無論、君が海軍に忠誠を誓って、そんな身売りのような真似はできないと抵抗するならば、我々としても尽力を惜しむ気はないよ? マクガレイ少将を筆頭に会議に乗り込む腹積もりはあるんだけど。どうする?」


 サーニーは部下の窮状に似つかわしくなく、簡単、気軽に訊いた。

 どうするって! 行き先は強制労働と借金コースか、コラム・ソルでの板挟みコースの二択しかないじゃないかと、アレックスは口をへの字に曲げた。自分個人のことで上官たちに中央府と喧嘩して欲しいとは露とも思わない。


「自分は一生を沿岸地域で潮風に吹かれて過ごし、運良く家庭を持てれば退役後は小舟の一艘でも買ってのんびりと釣りでもして暮らしたいと思っておりました」

「若いくせに、なんだその爺むさい発想は。ずいぶんと覇気のないライフプランだな」


 マクガレイが険しい顔で突っ込んでくる。だが個人のライフプランにケチをつけられても困る。


「その取りまとめをするって任務は、海軍所属のままじゃダメなんですか?」

「ジェイコフ議長は、コラム・ソルに関して自分の手駒が欲しいんじゃないかなあ。直轄地にしたいらしいし? まあ超常能力者を敵に回したくはないという以上に政治的にも役立てたいんだろうね。だから事情がわかっていて、なおかつ中央府直属の者を必要としてるんだよ」


 サーニーの注釈でようやく自分の置かれた立ち位置を飲み込んだアレックスは、憮然としたままのマクガレイに向き直った。


「しかしあの大海の真ん中では、海軍の協力なくしては何事も進まないのではないですか?」

「中央府は既に民間にプラントの入札を募っている。外宇宙航行ですら宇宙軍の管轄を減らしている今、確かに海軍がいつまでも出しゃばる訳にもいかん」


 そうですかと呟いて考え込むアレックスに、声を和らげたマクガレイが小さく告げた。


「それにこれは推測だが。ミスター・ビッラウラから議長に非公式な要請があったらしい。貴様が欲しいとな」

「サッタールが?」


 思いがけないことにアレックスは目を丸くする。


「心を読んだ訳じゃないがな。貴様、極楽とんぼのくせにやけにモテるな」

「私は……結局のところ彼の役に立ったんでしょうか?」

「生きてるんだから役立ったんだろう。ああ、そうだイルマ。いざとなったら先に死ねという命令は、今この時をもって任務終了とする。よくやったな」

「アイ・アイ・ダム」


 さっと敬礼して、アレックスはもう一度集まった上官達を見渡した。もう面白がるような表情の者はいない。皆、軍人らしく厳しい顔を向けていた。それなのに口の端だけが送り出す者への祝福にほころんで見えた。

 彼らが自分のような下っ端の部下を惜しんでくれたことが、何よりも嬉しかった。



***



 あの時は冷や汗をかいたものだと苦笑して、アレックスは珈琲の最後の一滴を飲み干した。

 サッタールが本当に、自分がここに来ることをこっそり要請したのかどうか、結局は聞かなかった。そんなことはどうでもいい。

 遠くから潮騒に混じって工事に携わる作業員の点呼の声が聞こえる。すぐにも現場監督が今日の打ち合わせにやって来る。

 サッタールは今頃、サハルやガナールに自分の計画を打ち明けているに違いない。そうしたら彼は再びこの島を出て行くことになる。

 もう共に行動することはないのが少し寂しかったが、自分がここでする仕事もきっと彼の役に立つだろう。

 さあ今日もがんばるかと、アレックスは両手を振り上げて伸びをしてから、目の前の書類に目を通し始めた。

星の雨が降る海の続編(まだ未定ですが)に繋がるSSでした。

アレックスは、なんというかいじられやすい性格で、きっとコラム・ソルの人々にも可愛がられるでしょう、と思っています。

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