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ヒツゼンセイ関連

天の川vol.28-1

作者:八久斗
「プロセス」 榎本諒太郎



言葉とは、いいものだ。
情報伝達の点からすればもちろん、精神面でも欠かせない。
ウサギが寂しいと死ぬというのは嘘らしいが、人間は寂しいと多分死ぬ。
自分独りでは完結してしまう。
自ら命を絶つことを防ぐためには、相手が必要なのだ。
その意味では、言葉は最良の薬と言えるかもしれない。
言葉は最大のコミュニケーションツールであり、最高の娯楽である。
そう、娯楽だ。
冗談、会話、議論、伝達、表現。
最も簡便で、最も奥深く、最も有意義な、娯楽。
そして何より。
金がかからないのが、いい。


とある初夏の休日。
俺は待ち合わせの公園に着くと、木陰のあるベンチを探し、座って本を取り出した。
彼女が来るまで、あと10分ほどか。掌編なら2,3本読めるだろう。栞を挟んだ場所を探し、開く。
古い染みが目に付いた。前に読んだときにケーキのクリームでもこぼしたんだっけな。よく憶えてない。
さてページをめくろうとすると、肩をトントンと叩かれた。
顔を上げる。
水越純が、そこにいた。

「早いな」
「部活が早く終わったんだ」

そう言って隣に座る。

「まだその本読んでるの?」
「『まだ』じゃない、『また』だ」
「好きなんだ」
「それはもう」

彼女は少し嬉しそうに微笑む。
というのも、この本を俺にくれたのが彼女なのだ。
……まあ、選んだのは俺自身なのだが。
何時間もかけて吟味したものなのだから、はずれは少なくて当然なのだが。
でも、まあ、買ったのは彼女だから、彼女からのプレゼントということでいいだろう、うん。
そういうことにしておいてくれ。


言葉はお金がかからない。
ゲームセンターに行くよりも、映画を観るよりも、その場の気分で買い物をするよりも、こうやって会話をしているほうがずっと経済的だ。
場所も、家や公園が望ましい。喫茶店やファストフード店は金がかかる。図書館は気軽に話せない。
そんなわけで、俺たちのデートはいつもこんな感じである。
ただ、会って、話す。ただただ、それだけ。
別に貧乏だとかケチだとかいうわけじゃない。喉が渇けば飲み物を買うし、腹が減れば店を探す。イベントがあればプレゼントだってするし、ケーキを奢りもする。
わざわざ他の事をするのに金を払うほどの価値があるように感じられない、それだけだ。
もしゲームや映画がタダだったとしても、俺たちは公園で話しこむことを選ぶ、と思う。


……でも。
時々、ふと考えることがある。
これで、俺たちは付き合っていると言えるのだろうか。
彼女が俺と同じく無欲で現状に不満が無いことは分かっている、つもりだ。
でも、これでいいのだろうか。
お前らは恋人同士なんかじゃないと正面きって言われたら、否定できる自信が無い。
それらしいことを何もしていない。
そういうことに興味津々な輩というのはどこにでもいるもので、俺に尋ねては、皆一様に不満げな顔をする。
本当に、何もないのだ。手をつないだことさえ、あったかどうか疑わしい。
ただ、会って、話す。ただただ、それだけ。
輩の一人は口を尖らせて言った。

「そんなんでいいの?」
「いいんだよ。他にしたいこともなし」
「そんなのを、これからずっと続けていくつもりなの?」
「……」

答えられなかった。
幼馴染で、いつも一緒にいた。
中学のとき、どちらからともなく付き合うようになった。
しかし、「付き合うようになった」ことで何が変わったのだろう。
大学に進学したら。成人したら。就職したら。
それでも、俺は彼女のことを好きでいるだろうか。
いや、そもそも、俺は彼女のことが好きなのだろうか。
幼馴染として、友達として好きなだけであって、恋愛感情なんてものではないのではないか。
俺は、恋人として彼女を見ることができているのだろうか。
そんなことすら、疑問に思えてくる。
もちろん、そんなことは口が裂けても言えないのだけれど。


「……どうかした?」

彼女が俺の顔を覗きこんでいた。本を見つめてぼうっとしていたようだ。鞄を開け、本をしまう。

「いや、何でも」
「ふーん」

不審げに俺を見ていたが、大したことではないと判断したのだろう、空を見上げる。

「……好きっていえばね――」

動揺し、吐き出しかけていた息を無理矢理吸い込む。途端に胸が痛くなり、俺は咳き込んだ。

「……どうしたの?」

さっきよりも不信の色を濃くして彼女が尋ねる。
何も飲んでいないのにむせる人間が約一名。明らかに挙動不審である。

「い、いや、何でも」
「……そう?」

息を整える。
落ち着いて考えれば何のことは無い。俺が好きな本ということから話をつなげただけだ。

「で、何だって?」
「……」

彼女は眉をひそめたままである。

「イツキ、何か気になることがあるなら、言ってよ?」
「だから何でもないって」
「……そう」

硬い表情をくずし、再び空を見上げる。彼女はこういうところは淡白である。「淡白」の用法が正しいかは知らない。

「……好きっていえばね――」

俺が聞いていなかったとでも思ったのか、彼女は先ほどの台詞を繰り返す。もちろん、俺は今度は微動だにしない。

「今日、ちょっと変なことがあったんだ」


俺たちの会話の内容はいたって普通である、と思う。
流行や芸能人の話が無いのと、本の話が少し多いだけで。
ただ、話す時間は長いかもしれない。よくもまあ話題が続くと思う。
体感時間は楽しさと反比例する。話し込んで気づけば夕方。
これがほぼ唯一の、2人の時間の過ごし方。


「午前の部活が終わって、みんなでラーメン食べに行ったの。あの駅前の小さい店、分かる? あそこ安いからよく行くんだよね。でもまあ安かろう悪かろうで、美味しいとは言えない。それで注文して、みんなでお喋りしてたんだけど、そこに妙なお客がいてね」
「妙な?」
「うん。妙って言ったら失礼かな。でも、なんか変だったんだよね、そのおじさん。声が大きくて話が聞こえてきたんだけど、何でもその人、全国の美味しいラーメンを食べまわってるらしいの」

珍しくはないな。ラーメン好きは多いし、入れ込んでいる人も少なくない。それに今の時代、どこにでも簡単に行けるし、取り寄せられるものも多い。全国のラーメンを食べるといってもそれほど大変なことではないだろう。
でもまあ、おかしな話ではある。そんなラーメンマニアが、駅前の安っぽいラーメン屋に来るのか。
あそこのラーメンは俺も一度食べたことがあるが、まあ、微妙だった。確かに安かったが。

「で、その人が言ってたの。『この前喜多方ラーメンを食べに行ったが、あれは酷かった。あんまり不味いから丸々残して文句を言って出た』って」

随分とアグレッシブな方で。俺は絶対関わりたくないタイプの人だな。
というか、喜多方ラーメンってかなり有名だろ。美味しくないのか?

「だから私、ちょっと怖かったの。ここのラーメンを食べたらこの人、怒鳴りだすんじゃないかって」

もっともである。全国レベルのラーメンに文句をつけるような人だ。安さを売りにしたラーメンを満足に食べられる筈が無い。
筈が無い、のだが、彼女は「変なことがあった」と言った。ということは……

「怒らなかった、のか?」
「うん。それどころか、絶賛してたよ。『こんな所にこんな美味しいラーメンがあるなんて!』みたいに」

……
なんだそりゃ。

「ちょうど店を出るのも近いタイミングでね、行く方向は違ったんだけど、外に出てもまだ言ってたのが後ろから聞こえてた。『とても美味しかった。感動した。また絶対来る』って感じのことを繰り返してた」
「はあ……」
「それで、その人がいなくなったのを確認してから、私たち大笑いだった。『とんだ味音痴がいたもんだ』『いや、そのほうが幸せなんじゃない?』『ケチつけられる側はたまったもんじゃないよ』って」

誠に仰る通りで。

「ま、蓼食う虫も好き好きって言うしな」
「……やっぱり、そう思う?」

彼女はそこで声のトーンを落とす。
ええ、思いましたよ。
「変なこと」だなんて予め聞いていなければ、な。


普通に見れば、評論家気取りの変なおっさんがまるで滅茶苦茶な評価をしていましたよという笑い話である。
でも、彼女は最初に「変なこと」と言った。「面白いこと」ではなく。
つまりこれは彼女にとって笑い話ではないのだ。
つまり――

「純はその結論には納得してないってことか」
「納得してないっていうか……うん、まあ、そうかも。イツキはどう思う?」

どう思う、か。
普通に考えれば、「味覚なんて人それぞれですね、はいおしまい」だ。
でも、それじゃあ、つまらないよな。
折角の話題をこれだけで切り上げるのも勿体無い。
もっともらしい理由を考えるのも、また一興である。

「じゃあ、考えてみるか」


事の始終はまとめればいたってシンプルだ。
片や本場の有名ラーメン。片や無名の安っぽいラーメン。
美味しいはずのラーメンをけなし、美味しくないはずのラーメンを褒めた。
さて、変わった味覚を持っている人だったという以外の可能性は?

「じゃあ、まずは問題そのものを疑ってみよう」
「どういうこと?」
「喜多方ラーメンが本当に美味しくなかったという可能性」
「私も食べたことあるけど、普通に美味しいよ。全国的に有名だしね」
「でも、喜多方ラーメンと言っても店は1つじゃないだろ。たまたまその人が食べた店が不味かったんじゃないか?」

そう、まずはここを疑うべきだ。
要は比較論である。美味しいとは言えないラーメンでも、はっきりまずいと言えるラーメンを食べた後なら美味しく感じるかもしれない。
そして、ラーメンの味なんて店によって千差万別だ。喜多方ラーメンイコール美味しいというわけでもないだろう。
「最近の若者は……」なんてよく言うが、それが若者全員に当てはまっているわけでもない。
集団の一部の行動が全体の行動と見なされてしまうなんてよくあること。そう考えると喜多方ラーメンには同情を禁じえない。
しかし、そんな簡単に事が済む筈もなかった。

「でもその人、全国の美味しいラーメンを食べてまわってるんだよ? そんな不味いラーメンにばっかり当たるなんてこともないだろうし」

そうでした。
向こうは他にも食べているのだ。あそこのラーメンが全国のラーメンに太刀打ちできるとは思わない。
仮に喜多方ラーメンで外れクジを引いたとしても、絶賛されるわけがないか。
同じ理由で、スープの味がその人に合った合わなかったというのも否定できる。
喜多方ラーメンもあそこのラーメンも、それほど特異なスープではないだろう。
どこかで似たようなベースのスープを食べているはずだ。

「じゃあ逆に、あそこのラーメンが本当に美味しかったという可能性」
「それじゃあ結局――」
「違うよ、俺や純が知ってるラーメンは、あそこの一番安いラーメンだけだろ?」

その地方のラーメン屋が1店舗ではないように、ラーメン屋のラーメンは1品だけではない。
実は少し値段を上げるだけで味が一変するとか。
もしくは知る人ぞ知る裏メニューとか。

「それも違うと思う。その人、頼むときに『ラーメン2つ』って言ってたから。それ以外に注文してないし」

そうですか。


さて、今彼女は「ラーメン2つ」と言った。ということは、そのおっさんには相手がいたわけだ。
いやまあ当たり前だが。相手もいないのに大声で自慢する人がいたらすごく嫌だ。
でも、大勢ではなく、2人だった。だったら……

「相手はどんな人?」
「似たような感じの人。あ、でもちょっと若かったかな」
「男か?」
「男だよ。女性相手にそういうこと言ってる人がいたら、ちょっとヤダ」

え、俺は今その方向を考えていたんだが。まあ口には出さない。

「相手の人の反応は?」
「うーん……自慢してる人の印象が強くて憶えてないや。でも、口数は少なかった」

ということは、恐らくその人の味覚は正常なんだろう。
いや、「正常」なんておかしいな。多数派、と言うべきだ。

「じゃあ、おっさんの味覚は俺たちと同じで、でもラーメンの評価は逆だったという問題で考えよう」
「ありえるの?」

ありえない、と言ってしまったらこの話題はおしまいだ。
他に話題が無いからというわけでもないが、それはちょっと勿体無いと思う。
……いや、もしかすると、俺はこういう話が好きなのかもしれない。

「そもそもな、店の人が聞いているところで大っぴらに悪口は言えないだろ。喜多方ラーメンが外れだったという話は本当で、あそこのラーメンも不味かったけど、話の流れから褒めざるをえなかった」
「でも、不味いラーメンは残して文句言う人だよ? あそこでだけ態度が変わるとは思えない」
「……確かに」
「それに、それだったら店を出てからもしばらく褒め続ける理由が無い」
「じゃあ、悪口を言えないのは店の人じゃなくて一緒に食べに来た人だった。実は若い人のほうが地位が上で、その人のお薦めでラーメン屋に来たから不味いなんて言えなかった」
「そうしたら、その若い人の味覚が変ってことになるじゃない」
「……えっと……じゃあ、逆か? おっさんの方が薦めて――」
「それじゃあ結局振り出しだよ。褒めた人の味覚が変ってことになる」

そうですね。


味覚縛りというのは非常に厄介だな。客の味覚が俺たちと同じだとするなら、接待の方向はどう考えても無理だ。
いや、というか、あんな店で接待とかするのがまずおかしいだろ。もっと早く気付けよ、俺。

「そろそろ行き止まりかな?」
「……まだ道はあると思う。考える」
「疲れたんじゃない? ちょっと休憩しようよ」

そう言って彼女は立ち上がる。時計を見ると1時間近く経っていた。マジでか。
日差しは若干弱まっていた。人の姿も少し増えた。
立ち上がって伸びをする。深呼吸を3回。公園の空気が美味しく感じるのは気のせいだろうか。
ふと目をやると、噴水の向こう側に屋台ができていた。クレープ屋である。
隣を見ると、彼女と目が合った。

「ラーメンの話してたら、お腹減ったね。クレープでも食べようか?」
「そうだな。考えるのには糖分が必要だし」

鞄を担ぎ上げ、2人で公園の反対側へ向かう。
少々値は張るが、俺はケチではないのだ。
ただし、あまり食べると夕飯に響くので、2人で1つにした。
重ねて言うが、ケチったわけではない。


そして失敗した。
クレープがこんなに分けにくいものだとは思わなかった。
こんなにクリームが飛び出やすいものだとは思わなかった。
扇形に折りたたまれた黄色の洋菓子。
その中心角を2等分しようと弧に両手を添える俺。
変に力が入った。
半分にされんとしたクレープの鋭角からチョコレートソースと生クリームのマーブルビームが発射され、俺のズボンの太腿部分に命中した。鮮やかである。色んな意味で。

「ゲ……」
「あー、あー、あー」

硬直する俺。苦笑いする彼女。
一瞬の間の後、彼女は腕を伸ばして人差し指でズボンのクリームをふき取り、口に運ぶ。
それを眺める俺。指を舐める彼女。

「……何?」
「……いや、何でも」

……ちょっと、恋人っぽいかなと思った。


結局クレープの縦断は諦め、先の半分を彼女、外側の皮ばかりの半分を俺が食べることにした。2度と同じ過ちは繰り返すまい。クレープにハーフサイズがあればいいのに。


そののち、約3分のトイレ休憩を挟んで。

「さて、推理再開」
「これ推理?」

推理というよりはこじ付けかもしれないが、まあそこはいいんだ。
先ほどのクレープ小騒動で、思い当たったことがあった。ずばり、恋人である。いや知らんけど。汎用性が利くように、「女」としようか。
店には看板娘というものがいる場合がある。
可愛い子がいるとその子目当てのお客さんが集まる。その結果、店は繁盛してめでたしめでたし。
もしあの店にそういう子がいれば。
娘のような存在か、アイドルか、はたまた女性としてかは知らないが、程度はともあれ好意を抱いているのなら、店のラーメンを褒めるんじゃないか。
それなら、一緒にいた若い男は部下だろうか。無理矢理付き合わされてるのかもしれないな。かわいそうに。
おかしなところは無いと思った。これならどうだ。
彼女にそれを話すと、事も無げにこう返された。

「あの店に女の子なんていないよ」

そもそも前提が成り立たなかったか。

「50歳くらいの夫婦でやってる店だから。1人雇われてる人も男だし。あと、おじさんって言っても多分30代だよ」

熟女好みのおっさんが不倫を……なんてのが一瞬頭をよぎったが、やめておいた。
どう考えても面白い方向に転びそうにないし、俺はそういうのは遠慮したい。
ホモという線も……はいはい、思考停止。

「それに、さっきの話と同じだけど、店の子目当てだったら店を出てまで褒めないんじゃない? 耳の届く範囲だけで言えばいいんだから」
「いや、遠慮と好意だったらそこは違ってくるだろ。好意を持った相手が働いている所なら繁盛して欲しいと思うかもしれない。それなら――」

それなら?
俺は言葉を飲み込んだ。
待てよ?
だったら、別にそれは好意である必要は無い。
別に看板娘なんか要らない。
もっと、単純な話でいい。
そうか……

「……分かったかもしれない」
「え? ほんと?」

彼女の声が僅かに高くなる。
一瞬、先を話すのを躊躇する。
仮説は立った。
ただし。

「……でも、あんまり面白くはないぞ?」

そう断りを入れておく。あまり期待されても困る。


「着目すべきは、おっさんが食べ終わって店から出た後も褒めていたということ。そして、純がそれを聞いていたということだ」
「え? 私? 何で?」

いきなり話の矛先を向けられてきょとんとする彼女。当然だ。
最初に俺は問題を把握するために、内容を簡潔にした。
だが、その時に必要な情報まで切り落としてしまっていたようだ。
今度の現国のテストに要約問題が出たら気をつけよう。

「店を出て、その後行く方向は違ったんだろ? なのに、後ろから声が聞こえてきた。場所は休日の昼間の駅前。結構うるさいはずだ。普通の声量で話していたらなかなか聞き取れない。にもかかわらず、純たちは彼らの会話をしばらく聞いていた。聞こえていたんだ。それは何故か?」
「大きな声だったから」
「そうだ。それが、わざとだったとしたら? 休日の昼間の駅前、人通りが多い所で大きな声で店を褒める。その意味は?」
「……ああ」

なあんだ、という顔をする。かすかに心が痛む。

「サクラ、か」
「そう。雇われたのか、知り合いのよしみかは分からないが、客のフリをして店を褒め、宣伝したわけだ。店としては、とにかく食べてもらうことが重要。また来るかどうかは、味と値段で客が決める。不味いと思っても、見知らぬ人が言ってただけだから味覚がおかしかったんだなと思うだろう。今回みたいに。そう考えると、一緒に食べていた人も共犯だったと考えた方がよさそうだな。店内での話は、店の中にいる他の客に不信がらせない為の前振りだと思う」

言ってから思ったが、サクラには金を握らせたと考えた方がよさそうだ。
もし友人に頼んだのなら、きっとそんな明らかな嘘は言わない。
駅前などという条件のいい場所でやっていけているのだから、多少の金はあるだろうし。
それにしても、その宣伝文句を考えたのはどちらだろうか。
どうも、報酬を前払いで得たサクラが適当なことを言っていたように思えてならない。
あの店の売りは安さなのだ。味じゃない。
サクラのおっさんは言っていた。「有名だと聞いて食べたら不味かったから、丸々残して文句を言って帰った」と。
あの店が、同じ目に遭うことは十分に考えられるではないか。
味を褒めさせるよりも、値段をでっかく書いた看板を入り口にでも置いたほうが、よほど集客効果はあるんじゃないか。
現に、彼女をはじめ、学生達はよく訪れている。
まあ、俺がとやかく言うところではないか。
俺は経営に関しては全くの素人だし、その店が何をしようと俺の知ったことではない。
それにそもそも。
全ては妄想の産物なのだから。

「うーん」
「矛盾点はあるか?」

納得できないか?とは訊かない。
つまらない説だということも、彼女がそんなことを決して言わないことも、承知している。

「あの店だったら、味の宣伝じゃなくて安さを売りにすべきだと思うけど」

同じところが引っかかったようなので、俺は先ほどの考えを述べる。彼女は同意した。
他に異論は無いようである。俺の案は採択された。
これにて、至って非生産的で身勝手で個人的な議論は閉幕した。
ほんの数十秒の空白が流れる。

「……そういえばさー、」

そしてまた、別の話題が生まれるのだ。


真相でもなく、結論でもない。
仮説であり、空想。
味覚の差異を無視するという恣意的な操作が入った以上、これは最早推理ではない。
そして証拠なんて何も無い。
確める術があったとしても、それを実行に移すことはまずないだろう。
でも、それでいいのだ。
俺たちの目的は、真相を暴くことじゃない。
話し込んで、いつの間にか時間が過ぎていく。それだけだ。
考えることを楽しみ、言葉にすることを楽しみ、言葉を聞くのを楽しむ。
それは、最高の娯楽じゃなかろうか。
結果なんてものは重要じゃない。
俺たちが欲しいのは、その過程だ。
慌しい現代に置いてけぼりにされた、その過程だ。


空を見上げると、もう夕方だった。
少し乱暴に吹き付ける風が心地よい。
ベンチを立ち、夕日を浴びた。彼女もそれに続く。

「そろそろ帰るか」
「そうだね」

こうやって、一日が終わる。
俺の休日は、またこうして過ぎていくのだ。
いつも通りに。
何の変哲も無く。
なんら変わるところも無く。
変わり映えのしない、休日。
何も変わらない、俺たちの関係。
時の流れが足踏みをしているように思えてならない。
一体俺は、成長しているのだろうか。


俺たちは幼馴染である。
幼馴染は大抵、家は近所である。
家に帰る途中に相手の家があるなんてことは何も驚くことではない。
さて、もしも彼女の家が公園から反対方向だったら。
俺は彼女を送っていっただろうか?
俺には分からない。そもそも世の中の常識ではどうなっているのか。男子諸君はどうしているのか。
まあ、そんなことに興味は無いけどな。いやホント。

「あのさ、」
「ん?」

彼女の家まで100メートル程の所で、次の話題になった。

「イツキは、大学どこにするか決めた?」
「いや、まだ。純は?」
「これと決めたわけじゃないけど……でも、県外に行くかも」
「そっか」

珍しいことじゃない。
珍しいことじゃないが。

「そうしたらさ、私たち、どうなるんだろうね」
「こうやって半日潰すのもなかなかできなくなるな」
「うん」

どうしてそんな話をするのだろう。
女性は勘が良いらしい。
今日会った時の俺の態度から、何かを察したのだろうか。

「私たちってさ、いつから付き合ってるんだっけ?」
「……」
「憶えてないなー。イツキ、分かる?」
「さあ」

確か中学の時だったということは憶えているが。
どちらからともなく付き合うことになった。どちらからともなく。
言い出したのは、どちらだっただろうか。
告白は、どちらがどちらに対してしたのだろうか。
ん? そもそも、告白というイベントがあったっけ?
忘れた。
聞く人が聞けば卒倒しそうな話である。
まあ、世の中には色々なカップルがいるということで、ご理解いただきたい。

「……でも、いつになっても、どこに行っても、イツキはイツキで、私は私なんだよね」
「そりゃあそうだ」

俺は自分の変化を感じ取れない。
でも、確実に時は過ぎていくのだ。
だって、彼女の家がもうそこにある。
結論になってない結論で、この話題は終了した。


「じゃあね。また明日」
「ああ。じゃあな」

また明日。
そう、また明日。
また、明日だ。
彼女の後姿を見送って、俺は歩き出す。
ほとんど濃紺に染まった空を見上げる。
明日も、今日みたいな日でありますように。
そんな、ありきたりで、ささやかで、無責任で、傲慢な願い事を。
俺は、心の中で、復唱した。




後書き

どうもこんにちは、部長の榎本諒太郎です。
このたびは、文芸部の文集「天の川」をお買い上げいただき、誠にありがとうございます。……なんてことは、編集後記に書けばいいですね。そうします。
さて、今回は日常の謎というものに挑戦してみました。元ネタは友人の経験談です。提供してくれたT、そんなつもりはなかったかもしれないけどありがとう。
しかし……ミステリーとして読めたでしょうか。どうもこの分野を開拓してくださった先人の顔に泥どころか産業廃棄物をぶっ掛けるような真似をしてしまった気がしてなりません。
部長という立場上、載せる位置を最初か最後にしろと言われ、非常に困りました。こんな作品をトリに据えるわけにはいかないので先鋒を選びましたが……俺のせいで門前払いを食ってしまった読者がいらっしゃらないか、非常に気がかりです。この後には他の部員が書いた珠玉の作品が並んでいますので、是非お読みください。……ああ、こんな所に書いても途中でやめた人には届かないか……
最後に、喜多方ラーメンをけなすつもりは毛頭ありませんので、そこは誤解なさらぬよう。
それではまた、巻末で。

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