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お好きなものを

作者: 目262

 大型台風で難破した貨物船の乗員が、三ヶ月ぶりに救助された。発見したタンカーの船長は上機嫌だった。海の男として遭難者の救助は何よりも名誉な事だ。医務室での検診では全員異常なし。船長は彼らを食堂で出迎えた。散々飢えに苦しんだのだ、腹一杯食べさせてやろう。

 入って来た男達は五名。皆、痩せこけていたが思いの外、足腰は確かだ。報道では乗員は全部で八名のはず。残念ながら三名は駄目だったのだろう。男達は疲労しているにも関わらず、初対面の船長に親しげな笑みを浮かべる余裕を見せた。料理ができる間、テーブルについた船長は彼らと歓談した。

「三ヶ月もの漂流生活、想像もつきません。食糧には苦労したでしょう?」

「救命ボートに備え付けの水と非常食は半月でなくなりました。その後はひどい飢えが続きましたが、幸いな事に海亀の回遊コースに重なって、時たま獲れるそいつらで何とかしのぎました。それでも船長と二人の仲間は助かりませんでしたが」

 難破船の航海士だった男が代表して答えた。船長は得心して頷く。

「部下達が接近する時、あなた方が何か白いものを海に投げ捨てていたと聞きましたが、海亀の骨でしたか」

「はい。ボートの中は骨だらけでした。あまりに見苦しいので急いで片付けたのです」

 男は言葉を続ける。

「船長達は尊い犠牲でした。海亀を見つけても、こちらにあるのはナイフ一本だけ。しかも疲れた体で海に飛び込むのは大変危険です。だから、くじで負けた者一人に任せるのです。我々はなんとか獲物を捕まえましたが、船長たち三人は運悪く力尽きて溺れてしまいました」

 ボートの縁にあみだくじらしき模様が幾つか掘り込まれてあったという、部下の報告を船長は思い出した。ナイフが一本しかなかったのに、最初の仲間が溺れた後はどうやって海亀を捕まえたのだろう。彼は疑問に思ったが、長い漂流生活で記憶も曖昧になっているのだと思うことにした。

「お気の毒に」

「泣きながら食べましたよ。でも、そうやって手に入れた肉も血も、最高に旨かったぁ」

その味を思い出したのか、航海士は夢見る様な面持ちだった。仲間達も一様に至福の表情を浮かべる。極限の飢餓状態では、食えるならばどんなものでも天の恵みだろう。生き延びる喜びと相まって極上の旨さに違いない。たとえそれが血まみれの生肉だとしても。贅沢三昧の食生活でだらしなく肥満した船長は後ろめたくなった。

「こうして生還した以上、もはや二度とあれ程旨いものは食べられないでしょう。その事が残念ですが、わがままというものですね」

「私などには耳の痛いお話です」

 船長の言葉に男は頭を横に振る。

「とんでもない、私たちはあなたが大好きです」

そこに数々の料理を乗せた皿が運ばれてきた。広い食堂は芳醇な香りで満たされ、船長は頬を緩めた。

「さあ、食事にしましょう。我々が用意できる精一杯の献立です。お好きなものをどうぞ!」

 男達はほんの一瞬だけ船長に舐める様な視線を向けた後、歓声を上げて眼前の糧にむしゃぶりついた。

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