義体
相手の右腕はなかった。
「○○商事の小林です」
「どうも。××商事の志崎です」
彼は持っていたアタッシュケースを置くと私に握手を求めた。普段慣れない左手での握手に違和感があった。
私は障害者に対し、特に偏見などないし、社会進出していることは特に変だと感じることもない。だが、目の前にしてその無い腕について触れてもいいものか悩むのも事実である。
「では、現場まで行きましょうか?」
そう彼は言って、タクシーを止めた。タクシーの運転手に目的地を告げ、二人はタクシーに乗り込んだ。
道中、山道のことである。いきなり鹿が飛び出してきた。タクシーの運転手は急いでハンドルを切り、鹿を引かずに済んだが、車は溝に脱輪してしまった。
「すみません。お客さん」
運転手は平謝りしていた。
「いや、皆大事なくてよかった」
「すみません。今JAF呼びますんで・・・」
「いや、これくらいなら何とかなりますよ」と彼は手にしていたアタッシュケースを開いた。
中にはいろいろな機械が詰め込まれていて、それを彼は片手で器用に組み上げた。出来上がったのは三つ指の機械のアーム。丁度大の大人くらいの大きさだった。それを彼は当然のように自分のない腕に取り付けた。
「じゃあ、行きますよー」とのんびりたした掛け声とともに、タクシーの下にアームを差し込み、車を持ち上げた。
私と運転手が目を丸くして、彼の様子を見つめていると、彼は少し照れくさそうに笑っていた。
商談が終わって、二人で食事をとることにした。目についたラーメン店に入る。
「それにしてもすごいですね」
何のことかと彼は首を傾げたが、私がない腕を指すと「ああ」と唸った。
「かっこよかったですね。まるでSFだ。」
「でも、あれ目立つんですよね。あんまり人目につくのは苦手で」
「まあ、確かに。目立ちますね」
「それに」と彼は笑った。「ラーメン食べるのには邪魔ですから」
あの巨大なアームでラーメンをすする様子を想像して、私は飲もうとしていた水を吹いてしまった。