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押入れの奥

作者:深月咲楽
 ガタン、という音で目が醒めた。どこからかズンズンと足音が聞こえる。

「泥棒?」

 寝ぼけた頭でそう考えながら、様子を探る。

 と、どこからかまたゴトッという音がした。どうやら隣の家から聞こえてくるようだ。このワンルームマンションはどうにも安普請で、よその音が聞こえて仕方がない。家賃は安いし、そう贅沢なことを言える立場じゃないんだけど。

 私がここに越して来たのは三ヶ月前。記録的な大豪雨のせいで、それまで住んでいたアパートの裏山が崩れたのだ。かなり早い段階で避難勧告が出されていたため、幸いひとりの被害者も出なかった。しかし、二次災害の恐れがあるということで、アパートはまだ土砂に埋もれたまま。管理会社の話では、このままずっと掘り出せない可能性が高い、とのことだった。

 独身用の狭いアパートで、そう大した家具もなく、貴重品は避難する段階で持ち出していた。洋服代などの弁償分と転居に必要な費用を管理会社に負担してもらい、そうしてこのマンションに越して来たというわけだ。

 早々にその街を去る予定にしていた私にとっては、むしろラッキーと言ってもいい出来事だった。

 枕元の時計を見ると、針は午前三時を指している。隣は相変わらずガタガタと騒々しい。

「まったく、こんな真夜中に何やってるのよ」

 うちの隣には、私と同じ歳くらいのお兄さんが一人で住んでいる。廊下で何度か顔を合わせたことがあるが、いつもアイロンをぱりっとあてたスーツを着て、きちんと挨拶してくれる。今どき珍しい好青年だ。こんな時間に騒音を出すことなんて、今まで一度だってなかったのに。

「まいっちゃうな~。明日は朝から、大事な打ち合わせがあるのに……」

 明日――いや、正確には今日だ――は月曜日。早く寝ないと、お兄さんだって辛いだろう。

 気にしないようにしようともう一度目を閉じたところで、今度は押し入れのふすまが開くような音がした。続いてドサッという音。

「そうか」

 私は思い当たって微笑んだ。九月も終わりに差し掛かり、明け方はかなり肌寒く感じられるようになっている。うちも先日、夏布団から冬布団に変えたところである。

「寒くて布団を変えてるんだわ、きっと」

 しばらくすると、今度はブーンというモーターの音が聞こえて来た。低音から高音へ。これは間違いなく掃除機の音だ。

「布団出してから掃除機なんてかけるか?」

 他人の家のことなんて放っておけばいいのだが、気になり出すと止まらない。

「布団圧縮袋にでも入れてるのかなあ」

 一人暮らしの家だ。押し入れに入り切らないほどの布団があるとも思えないし……。じゃあ、何だろう。

「あっ」

 ふと、テレビショッピングで見た商品を思い出した。

「コロコロくんだったっけ」

 掃除機の布団用ヘッド。なんでも、布団を干してはたくよりも、掃除機で吸い取ってしまう方が、ダニの数が減るらしい。表を吸い取ったあと、裏返してもう一度吸い取って下さい、とか言ってたなあ。

 そんなことを思っていると、掃除機の音が止まった。そして、少しゴソゴソ音がした後、再び掃除機の音がし始めた。

「もしかして、ほんとにコロコロくんだったりして」

 あの几帳面そうなお兄さんが、パジャマで布団にコロコロ掃除機をかけている姿を想像し、私は思わず吹き出した。

 少しして掃除機の音が止んだ。何やら引き摺るような気配がしたあと、ふすまがしまる音がし、ようやく静寂が訪れた。

「お兄さんも、これでようやく眠れるねえ」

 風邪ひかないようにね。などと思いながら、私は再び眠りについた。

+++++++++++++++

 二週間ほど経ったある日、仕事から戻ると、マンションの前には数台のパトカーが停められていた。野次馬も集まっている。入り口には、黄色いテープ。

「おかえりなさい」

 肩を叩かれ振り返ると、うちにも時々来てくれるクリーニング屋のおばさんが立っていた。

「何かあったんですか?」

 私が尋ねると、彼女は声をひそめて話し始めた。

「ほら、302号室に住んでる人、――あ、あなた303号室だから、お隣よね?」

「ええ」

 私は頷いた。

「その人が、今月分の家賃を滞納したんですって」

「はあ」

 そんなことくらいで、こんな大袈裟なことにはならないだろう。さっさと結論を言ってくれと思ったのだが、おばさんの話は回りくどい。

「でね、大家さんが、電話かけたり直接訪ねたりしたらしいんだけど、全然連絡がとれないんですって」

 辛抱強く頷くと、彼女は続けた。

「それで、職場の方に連絡したら、二週間前から無断欠勤してるって言われたらしくてね。大家さん、管理会社の人と一緒に、合鍵使って中に入ったそうなのよ」

 ちらっとマンションの上の階を見る。

「そしたら、押し入れの奥から出て来たんですってよ。――女の人の遺体が」

「え? 遺体?」

 驚いて聞き返すと、彼女は眉間に皺を寄せて言った。

「ええ。首を絞められていたようよ。二週間も知らずにそばに住んでたかと思うと、ぞっとするわね」

「でも、そんなに長い間放置しておいたら、臭いがしませんか?」

 うちから階段まで行くためには、彼の部屋の前を通らなくてはならない。でも、異臭らしい異臭は、まったく感じなかった。

「それがねえ。布団圧縮袋っていうの? あれに入れられて、真空状態になってたらしいのよ。それで、ほとんど腐ってなかったって」

「――二週間前って正確にはいつかわかります?」

 私の質問に、おばさんは少し考え込むような素振りを見せて答えた。

「たしか、先々週の月曜日って言ってたんじゃないかしら」

 先々週の月曜日……じゃあ、あの夜中の騒音は……。

「本当に物騒な世の中になったもんね。あなたも気を付けた方がいいわよ。じゃあね」

 おばさんが、私の肩をぽんと叩いて去って行った。

 ――絞殺。布団圧縮袋。押し入れの奥。

「世の中には、同じことを考える人がいるのねえ……」

 永遠に土砂と瓦礫の下に埋もれているであろう、あの男の死に顔を思い浮かべながら、私はそっとつぶやいた。


<了>

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