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DIVERSIONARY TACTICS-共犯者-
作者:真木 葵
ショートストーリー
“お前に借りがあるままじゃ俺の気が済まねーんだよ”

 非常線を掻い潜り、無事目的の建造物へと侵入を果たした怪盗は、盗聴している警察無線のイヤホンの声を聞きながらクスリと思い出し笑いをした。馬鹿正直と言うか真面目というか、本来の自分の性格とは真逆の少年が自分に言った言葉だった。
 怪盗の衣装の上に羽織った、全身を覆う黒い布。この通気口を抜ければ目的の場所に着く。万策を尽くして目的を成す、彼の計画には一ミリの穴も無いのだ。多少のアクシデントは全て想定内の範囲にあり、いついかなる時も冷静に対処してきた…亡き父の跡を継いだあの日から。

“へぇ、探偵のお前がオレの手助けをしてくれるってワケか”

 幾度となく現場に現れ、唯一自分を追い詰めてくれた例の少年。
 彼は小学生の姿から無事に元の姿へと戻った。

 少年が追っていた奴らの情報を得た怪盗は、組織本部から隔離された研究施設に目をつけた。かつて先代の怪盗である父を暗殺した組織と少なからず繋がっているからだ。無闇矢鱈にビッグジュエルを狙うよりかは、パンドラの情報を何か得られないかと潜入捜査に出ると、思い掛けない収集品が手に入ったのだ。

“キッドの目的が果たされるまではな”

 あの少年が毒殺目的で飲まされたAPTX4869の試作品…。
 組織の裏切り者として命を狙われている研究員を、少年の隣人が匿っている事を知っていた。この薬自体から成分を割り出して解毒剤を作る事が可能であるならば…とそう思い、あの日、怪盗キッドは現場にやってきたコナンに自分からコンタクトを計った。

“オレの目的はビッグジュエルだぜ?”

 当然探偵が素直に信用する筈もなかった、けれど時計型麻酔銃を前に無抵抗で自分の前に現れた怪盗に何処か吸い寄せられるものを感じたのだった。嘘を言っている様には思えない、けれど何故怪盗キッドが例の組織と繋がっているのか、コナンは何も知らないのだ。

“それがただの宝石であるとは考えにくいな。…話して貰うぜ”

 けれど哀にそれを渡すと、現物に間違いないと目を瞠って驚いていた。何処で手に入れたのか、組織へ潜入したのかとそれは怒号の様に尋問されたが、怪盗がもたらした次章への鍵としか言えない。まさか、奴がコレを盗み出して、わざわざリスクを背負ってまで自分に渡しに来るとは。

“素直に口を割るとでも…?”

 それまで捕らえる事ばかりに気を取られていた。そこで初めて怪盗キッドという存在に興味を持った。経歴を調べ上げ、これまでの事件を洗い直した。直に逢った事があるコナンだからこそ、そのデータが持つ不可思議な真実に気がつく。ただの愉快犯かとも考えたが、アンダーグラウンドで人の世を牛耳る組織等に興味本位で近づくのだろうか。

“言っただろ?借りを返すだけだ。条件があるなら言えよ”

 一番のハンデだった体が元に戻った以上、あとはやる事は一つだった。けれど読み通り怪盗が私利私欲の為に盗みを働いているワケじゃないとすれば、組織に関わる何かが狙いな筈だ。そうなれば、手を組んだ方が早い。…二人の目的は同じなのではと新一は推理した。

“条件、か…”

 怪盗は正体を知られていない。死の危険が高まれば早々に逃げ果せる事が出来る。けれど新一は名前も顔も知れた探偵だ。その新一を危険な目に晒す事を、怪盗は躊躇していた。
 けしてそんな素振りは見せずに、どうにか新一を自分の事件から遠ざけようと思案を巡るが、小細工の通用する相手ではないと言う事も当然解っている。

“らしくねーな怪盗キッド、お前、さては俺の心配でもしてンのか”

 新一なら警視庁にもFBIにも知り合いが居る。いざとなれば彼らが新一を護る筈。しかし、怪盗と組んでしまえばそれさえも危うくなる。
 自分同等の力量を持つジョーカーの存在に、怪盗は即答する事が出来なかった。いつもなら鼻で笑って警察の前からも探偵の前からも消えるというのに、何故か新一の存在が思考を狂わせてくれる。

“…解った”

 今まで単独行動でやってきた怪盗が、この時初めて他人の手を取った。
 しかもそれは相反する立場に居る、本来ならば有り得ない協力者だ。

“ただしこれだけは言っておく。お前の犯行が私利私欲の為に行われたその時は、俺は容赦なくお前を捕まえて警察に連れて行くからな”

“ならオレからも一つ言わせて貰おう。万が一オレの身に何か遭った時は絶対に手を出すな。お前は必ず無事に戻ると約束してくれ”

 晴れて元の姿に戻れたお前は、本来ならば警察に任せておけばいい事件に首を突っ込もうとしているんだ。次こそは「体が縮む」だけでは済まないだろう危険に、わざわざ自ら向かおうとしている。
 怪盗にとって、協力者の存在は確かに欲しい、新一程の存在ならなおの事。けれどそれにより彼の身に何かが遭ってしまったら、彼の帰りをずっと待っていた彼女がどうなるか…。

“お前と約束するまでもねーさ、俺は必ず生き残る。…お前と一緒にな”



「いたぞ、キッドだ!」
「入り口を封鎖しろ、この部屋から奴を逃すな!」
 全て手筈通りにうまくいき、怪盗はひらりと宙を舞うとビッグジュエルを手中に収める。数億と言う大枚を叩いても手に入れる事が出来ないその宝石が、彼の掌で妖しい光を放っていた。
『こっちはいつでもOKだ』
 キッド確保に血眼になっている警官の中で、一人だけ違う視線をキッドに向けている少年が居た。彼らは何の連絡手法も持っていない。ほんの一秒足らずお互いの目を視認するだけで良かった。
「さぁ大人しくお縄を頂戴しろ!」
 中森警部の怒号の指示と共に、あたりの警官が一斉にキッドに飛びかかった。たじろぐ振りをして右袖口からフィルムケース大の閃光弾を床に落とす。眩い閃光が部屋を覆いきると同時に準備しておいた仕掛けを作動させる。ガコッと物音がするが、閃光弾に驚愕している警察達の声にかき消された。
「警部、あれを」
 新一は天井の通風口を指さした。完全には外れきっていなかったが、ほんの20センチ程の隙間が現れている。
「キッドは天井裏から逃走した。行くぞ」
 館内の地図を頼りに中森警部を始め、警備に当たっていた警官が一斉に部屋を出て行った。けれどあの通風口を外れるように仕掛けをしたのはキッドであり、作動後に最初に気がついた振りをして警部の視線を誘導したのは新一。そして怪盗の本当の逃走経路である非常口を立ち塞いでいたのも他ならぬ新一だった。

 キッドを追う振りをして、廊下のエレベータに乗り込み屋上を目指した。キッド進入を防ぐ為に厳重に鍵がかかっていたけれど、解錠して屋上へと出た。
 ほんの数センチ程度の幅しかない手すりの上に、羽を休めた鳥の如く立ち尽くしている白い怪盗。マントが時折、夜風を孕んで膨らみ、事の顛末を見守っている様だった。

「そっちはどうだ」
「あぁ、中森警部は館内を捜索中。…奴らの動きは、今日は見れない」
「そうか…まぁ、こっちも無駄足だったみたいだな」
 ひらりと屋上に舞い降りる。月光に照らされた怪盗は、ポーカーフェイスのまま宝石を新一へと投げた。放物線を描いて、ハンカチを広げた右手でキャッチする。月光の判決が下った宝石は、その時点で用済みになる。
「なぁ名探偵、お前本当にこんな事に付き合う気なのか?」
 いつ見つかるとも解らない夢物語のようなパンドラ探し。闇雲に手当たり次第一つ一つを盗み出しては月に問う。いつ終わるとも知れない怪盗の試練。
「月下の奇術師も弱音何か吐くのか。中森警部が知ったら腰抜かすだろうな」
「…」
 沈黙する怪盗、このまま新一は怪盗を取り逃がしたと嘘を付き宝石を警部に返す。パンドラが見つかるまで、これがずっと続いていく。警察に身柄を狙われ、組織からは命を狙われ、勝手気ままな単独行動ではなくなった以上は、決して無茶は出来ない。
「あぁ、そうそう。組織の連中かどうかまでは解らないが、怪しい奴らが国立極地研究所に侵入を試みた形跡があるって話だ」
「…どういう意味だ?」
「お前が言っていたパンドラの口伝さ。お前はビッグジュエルばかりに狙いを定めているが、あの手の話はそのまま信じるよりかは暗号に近い話じゃないかと俺は思うぜ」
 新一は手中の宝石を夜空へと掲げた。人々が賞賛するビッグジュエル、その中に人の論理を超越する真実がそのまま眠っているとは考えにくい。ならば怪盗が組織の連中から聞き出したと言うあの口伝は、真っ直ぐ真相までを示す道順ではなく、何かメッセージを隠した暗号ではないかと探偵は推理する。
「国立極地研究所って事は…隕石、か…?」
「そうだ、人類に取ってそれ程大きな謎はないだろ」
 そして怪盗同様にビッグジュエルを狙っている組織の連中に似た怪しい奴らが、一度はそこへと進入を試みた形跡があると言う、警視庁に自由に出入り出来る探偵が得た情報も踏まえれば、可能性がないとは言えない。
「ビッグジュエルは宝石に限らない、か。随分面白い事に気がつくな、名探偵」
「そうでもないさ。8年前の“お前の犯罪履歴”を洗ったら、シカゴにあるフィールドミュージアムやベルギー王立自然科学博物館にも這入っているみたいだったからな」
 安易に予測はついたよ、と口の端から笑みをこぼす。怪盗はパンドラの話はしたけれど、正体までは明かしていなかった。ましてや“二代目”である事も。身内を殺された話もしていなかったが、慧眼の探偵にはある程度は話さずともお見通しらしい。
 8年前の怪盗は、今新一の目の前に居る怪盗とは別人なのだから。
「解った」
 ふいに怪盗はトランプ銃を新一に向けた。再び怪盗のポーカーフェイスに戻り、新一へ威嚇する。
 と、ほぼ同時に隣のビルの屋上からこちらへ向けてサーチライトが照射された。館内を捜索していた警備員が、足音を立てて非常階段を上がってくる。
「目当ての宝石ではなかったのでお返しします」
 キッドの名を叫びながら到着した中森警部に、シルクハットの鍔を傾けながら挨拶した。確保に闘志を燃やす警部も、さすがに新一へ銃口を向けているキッドには襲いかかれない。
 白いマントがふわりと風に靡くと、まるでそれが合図だったかの様に怪盗は再び屋上の手すりに飛び乗った。そして勢いをつけて飛び降りると向かい風を捕まえて、鳥の様に自在に操るハンググライダーの羽を広げ、摩天楼の向こうへと消えていく。
 彼はヘリコプターも飛行不可能な経路を飛んでいく、たった一人で…。


“探偵が共犯者、か…”


 パンドラを見つけ出し、組織を壊滅させる…その日まで。
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