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第五話 耳なし芳一
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 昔むかし、周防の国(山口県)にある阿弥陀寺に、芳一という名前の目の見えない琵琶法師が住んでいました。芳一は平家物語の弾き語りが得意で、それを聞いた者は涙せずにいられない、と言うほどの名手でした。
 ある夜、和尚らが所要で留守なおり、芳一が琵琶の手入れをしていると、コンコンと締め切りの土間の扉を叩く音がしました。芳一が開けてみると、立派な姿の侍がそこに立っており、是非我が殿のために琵琶を弾いていただきたい、と所望されました。芳一が許諾しついていくと、そこは立派な武家屋敷のようでした。大広間に案内されると、盲目の芳一には見えませんが、貴人が集まっている様子が感じられました。
 早速請われるままに、平家物語の壇ノ浦の戦いのくだりの演奏をはじめました。

去程に阿波の民部重能は、嫡子伝内衛門教能を生け捕りにせられてかなはじとやおもいけん。甲をぬぎ弓の弦をはづいて……

 集まった皆が熱心に耳を傾けているのが伝わり、芳一も熱を持って演奏を続けました。皆口々に小声で、評判どおりだ、素晴らしい琵琶の音色だ、と感激の言葉を発しています。いよいよ語りが佳境に入ると、すすり泣く者、打ち震える者、尋常ならざる反響に、芳一は内心驚きました。演奏が終わると、静かな拍手に包まれ、案内してきた武士に、お礼を言われると共に、七日七晩連続で演奏をしていただきたいと頼まれ、これほどまでに感動してもらえるなら、とその願いを受け、毎晩この屋敷に来て平家物語を演奏することになりました。

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 毎晩夜遅くに芳一が出かけるのを怪しんだ阿弥陀寺の和尚は、朝に芳一をつかまえ、毎夜どこに行っているんじゃ?と尋ねても要領の得ない返事しかしません。和尚は、芳一とて若者、もしや女郎街にでも行っておるのかも、と思い、寺の下男に見晴らせ、後を付けさせる事にしました。

 夜も更ける頃、下男が庭の隅に潜んで蚊に悩まされていると、芳一が寺の門を出て行く姿を見つけました。足音を立てないようにこっそり後を付けていくと、芳一は山のふもとの墓苑へと歩いてゆく。そこは平家一門の墓地で、芳一は安徳天皇の墓の前に座り、琵琶をかき鳴らし平家物語の演奏をはじめました。周りには無数の鬼火がちらついています。下男は驚いて、大声を上げながらそこへ走り、無理やり芳一を立たせ、後ろも見ずに一目散に寺に逃げ帰りました。

 事情を聞いた和尚は、このままでは芳一があの世に連れて行かれるかもしれない、と恐れ、除霊をすべきだと考えましたが、あいにく今日は遠出せねばならず、明日以降でないと時間が取れないので、そこで、あることを思いつき、芳一の着物を脱がせ、見習いの小坊主と共に、全身に般若心経を筆で書きました。つま先からおでこにまで、びっしりとありがたいお経が書かれました。
「芳一よ、これで怨霊にはそなたの姿は見えぬ。呼ばれても決して返事をするでないぞ」
 と和尚は忠告し、従者らと共に出かけていきました。

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 その晩も、例の侍が芳一を迎えにやってきました。
「芳一どの、今晩も頼みますぞ」
 が、返事がありません。不思議に思い、芳一の部屋の扉を開けてみました。が、部屋には誰もいないので、侍は上がりこんできました。
 すると、部屋の中には二つの耳だけが浮かんでいます。侍はじろじろとそれを眺め、そして、ため息をついて、
「芳一どのがいない、仕方ない、迎えに行った証拠にこの耳だけ持って帰るか」
 と、力を込めて、その耳を千切ろうとしたその時、芳一の中の真の力が、般若心経の不可思議な力と共に目覚めました。
「触るでない、下郎!」
 と、幽霊侍の手をはたくと同時に、立ち上がりました。幽霊侍は驚くと同時に怒りました。
「うぬ、琵琶法師風情が何を抜かす」
 芳一に掴みかかろうとしたその時、芳一は大喝し気合と共に手の平を侍に向けて広げました。
「南無魔里支天!迷わず成仏せい!」
 輝く波動が幽霊侍を襲い、うはわぁぁあーっと悲鳴を上げて、幽霊侍は霧のように消えてしまいました。
「因果な事よ。死してなお自分らの悲運に涙するとは」
 そうつぶやいた後、芳一はかの墓地の方角へ向かって、朝の来るまでお経を唱え、平家一門の成仏を祈るのでした。(終わり)
 
 


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