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第二話 鶴の恩返し
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 寒い寒い凍えるような冬の吹雪の中、お爺さんは暖炉にくべる薪を集めるため、冬山の中を歩いていました。すると、どこからかキューンというような悲しい鳴き声が聞こえてきます。そこで、声のするほうに行ってみましたが、特に誰もいません。吹雪の中の幻聴か?最近ボケ気味だからのぅ、とお爺さんが自嘲していると、またいっそう悲しげな声が聞こえてきました。今度こそ声の方角を把握したお爺さんは、そこで罠にかかっている一匹の鶴を見つけました。足に紐がかかっており、誰か猟師辺りの生業なのはすぐにわかりました。
「鶴って食べたら旨いのかな?それより、料理屋に売るほうがいいか。鶴より鴨のほうが旨そうだしの」
 猟師のハゲはそこらにいないようだし、わしが連れて行ってもばれまい。お爺さんはそう判断し、さっそく鶴の罠を外しにかかりました。しかし、紐が解けたとたん、鶴は雪降る大空へと高く舞い上がりました。
「あっ、しまった、すばしこい奴じゃ」
 そんな爺さんの思惑を知ってか知らずか、真っ白な鶴は暗い空を数度回転した後、いずこへとも無く飛び去っていったのでした。

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「今日は残念な事をした」
 と、ボロい藁葺き小屋に帰ってきたお爺さんは、鶴を持ち去ろうとして失敗したとお婆さんに報告し、白い目で見られながらかゆ雑炊をすすっていました。ますます吹雪は強まり、数日は止みそうにもありません。しんしんと更けていく夜のさなか、そろそろ眠ろうか、と二人が話しているところに、扉を叩く音が聞こえてきました。お爺さんが開けてみると、そこには頭にも肩にも雪を積もらせた、真っ白な着物を来た一人の若い女性が立っています。
「道に迷ってしまいました。どうか一晩だけ止めてくださいませんか」
 消え入るような声で話す深夜の訪問客は、服のみでなく顔までも真っ白で、雪細工のような肌と、大きな瞳と、整った顔立ちで、お爺さんは忘れ去っていた野蛮な情熱を思わず思い出すほどでした。
「ああ、いいともいいとも、さぁ、おあがり」
 お婆さんへは一言も相談せず、即決で見知らぬ人間を家に上げたお爺さんは、文句を言いたそうなお婆さんを睨みつけ、いそいそと布切れで髪などを拭いてやるのでした。
「どこへ行く途中だったのだい」
 お婆さんが聞いても弱々しく微笑むだけで答えません。ますます怪しからん、と思うお婆さんを尻目に、お爺さんはかいがいしく残り物の雑炊をもう一度温めて、その女性に用意してやったりするのでした。やがて、就寝の時間になりました。かまどの火を消し、暗闇が訪れ、お婆さんと奥の間に寝かせた女性が寝息を立てはじめた頃、お爺さんはこそこそとかわやに行く振りをして、足音を忍ばせて奥の間の障子を開けて中に入り込み、そうっと布団をめくろうとしました。すると、女性がぱっちりと目を開け、
「私にちょっとでも手を触れたらあなたを殺しますから」
 と、暗殺マシーンのように無表情で言いました。お爺さんは、顔を引きつらせ、真っ青になって震えながらすごすごと自分の布団へ戻っていきました。

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 あの日から三日三晩、猛吹雪は続き、女性は家を出発したくても出来ない状況になってしまいました。そこで、ただ泊めてもらうのは申し訳ない、と女性は機織りを始めました。一晩中、ギーッ、バッタン、と機織り機の音は鳴り、お婆さんはおかげで不眠症、お爺さんは淫らな欲望に苛まれる、と言う日々が続きました。四日目の朝、奥の間から疲れた様子の女性が出てきました。その手には、大変美しい風景や模様が描かれた上質な絹の反物がありました。二人は思わず目を合わせました。
「これは素晴らしい。どこにこんな生糸があったんじゃ」
「お爺さん、これを市場で売れば大変な高額で売れますよ」
 女性は微笑みながら、どうぞこれを売ってきてください、私からの泊めてくださったほんのお礼です、と言いました。
お爺さんが市場に売りに行くと、信じられないような高額で売れました。半年は働かなくてすむほどです。お爺さんは大喜びして家に帰ってきました。
「あの子はどうしとる」
 聞くまでも無く、奥の間から、また ギーッ、バッタン、ギーッ、ゴットンという音が聞こえてきます。お婆さんがそっと耳打ちしてきます。
「あのお嬢さん、身よりもなさそうだし、ここにずっといてもらえばいいんじゃよ。そしたら私ら働かなくても楽な暮らしできるわぃ」
「そうじゃな、そうすればわしにもいつかチャンスが……いや、なんでもない、うん、そうしよう」
 そこでお爺さんは障子を開けて、奥の間に入ろうとすると、
「開けないでください。そこを開けてはいけません!」
 と、大きな声が返ってきて、驚いていると、少し経って女性がすっと出てきました。顔が少し青ざめているように見えます。
「一つだけお願いがあるのです。私が反物を織っている時はどうか見ないでください」
 お爺さんとお婆さんは、一瞬戸惑いましたが、ともかくそれを約束しました。そして、いつまでもここにいていいんじゃよ、仲良く暮らしていこう、とそれぞれの下心を隠して言うと、女性はとても嬉しそうに微笑みました。しかし、自分の名前ですとか、どこの国から来たか、などと言う身の上話には答えず、ひたすらに反物を織る毎日を送るのでした。

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 女性の織る反物は相変わらず高く売れ、家の生活にはドンドン余裕がでてき、お爺さんは酒を飲み博打を打ち、お婆さんは豪奢に着飾って家事を放棄し、典型的な駄目人間に堕ちて行く二人なのですが、女性はそれも気にせず、家事もし、織物も続けるのでした。少しずつやせ衰えてきているのは傍目にもわかるので、二人は、毎日織らなくても、一ヶ月に反物一つぐらいでも十分なんだよ、と言うのですが、女性は全然人の言う事を聞かないので、やがて言うのをやめました。ある晩、おじいさんはしたたかに酔って帰ってき、前後不覚の酩酊状態のまま、寝床に就きました。夜中に喉が渇いて目が覚め、土間へ行って水を飲んでいると、やはり今晩も奥の間からはろうそくの光と例の機織り機の音が聞こえます。酔いの覚めていないおじいさんの、いよいよ溜め込んでいた女性への悪しき邪な欲望が爆発しました。
「今宵こそあの子をわしのものにする」
 鼻息荒く、忠告も忘れ、お爺さんは勢いよく障子を開けました。すると、そこには一羽の美しい鶴がいて、一生懸命反物を織っていました。くちばしで自分の羽を抜いては、生糸に織り込んでいました。
「しょ、正体は、つ、鶴じゃったのか……」
 呆然とお爺さんは言いました。鶴は、悲しそうにこちらを見ると、一旦人間の姿に戻りました。そして、
「お爺さん、あの時命を助けてくれてありがとう。本当に嬉しかった。だから、私、恩返しに来ていたのです。でも、一度でもこの姿を見られたら魔法が解けて終わりなんです。私は元の鶴に戻り、自然界に帰ります。短い間だったけれども、本当に幸せでした。では、さようなら」
 鶴は涙を浮かべて別れを述べて、再び鶴の姿に戻り、扉から大空へと去っていきました。お爺さんは起きだしてきたお婆さんと二人、いつまでもいつまでも星の輝く夜空の向こうをながめていたのでした。

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 あの日以降、老夫婦は毎日のように山へと足を運びました。目的は唯一つ、罠にかかった鶴を解き放つ事、それ以外にはありませんでした。しかし、遂に同じような鶴を発見する事は出来ず、もとの貧乏暮らしのまま、余生を終えました。お爺さんは、病床の中で、うーん、わしが助平でなければ、と何度も後悔していたのでした。(終わり)


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