魔王陛下、妖刀を捜す (EX)クレムツの章
「……妖刀なんて貰っても困ります……純粋な悪魔ならまだしも、半分は人間だし」
困惑の表情を浮かべた、ともすれば少女にも見える少年――クレムツは、机の上に無造作に置かれた刀を見てそう言った。
一方、クレムツの前に立つ魔王は、木の枝を片手に少年に迫る。
魔王の所作や声色は、どことなく興奮気味であった。
「いや、だいぶ正気に戻ってるからいけるって。ほら! マタタビ!」
「……霊体にも有効なんですか? いくら猫だからといって、マタタビというのは安直では」
「じゃあ、猫じゃらし! 猫缶! 高いやつ!」
冷ややかな眼差しのクレムツへ、魔王はどこから出したのか、マタタビの枝に加え、猫じゃらしと猫缶を机の上に並べる。
「それ、喜ぶのは生きている猫でしょう」
「いや、やってみるまでわからない。確率は半々だ。彼女に試してみるまではだれにもわからない。――あとはコタツと魚か!」
「下手な鉄砲も数打てば当たるとは言いますが――。とりあえず生魚は出さないでください」
「じゃあ、鰹節にしよう」
そう言うや魔王は鰹節を取り出すと、机の上の「猫攻略グッズ」に加えた。
クレムツはいつも、魔王が運んでくる結果に対し「なぜこうなったのか」という感想を抱く。
トラブルメーカーという魔王に対する認識はもはや不動のものとなっているが、やはりそのトラブルを巻き起こすまでの過程は常人には理解しがたいものがある。
それは今回も同じだった。
なぜ、孫の誕生日プレゼントに妖刀を与えようと思ったのか。
クレムツにはまったく理解できなかった。
理解できないのは己に人間の血が混ざっているからではないかとも思ったが、悪魔でも魔王の発想は理解に苦しむものらしい。
そしてその妖刀を手に入れる過程で、またも魔王は御国の方を騒がせたらしいが、向こうでも魔王のトラブルメーカーという印象ががっちり根付いているらしく、「ああまたあの魔王か」というようなやり取りがあったようだ。
頭が痛くなるばかりである。
「クレムツーほら考え事してないで」
魔王はクレムツの手にマタタビの枝を握らせた。
クレムツはどうしようもないというような目で魔王を見るが、そのときには魔王は別の方向を向いていた。
「気持ちは嬉しいですけど、妖刀なんて扱えませんよ」
それはクレムツの本心からの言葉だった。
だれかから自身の誕生を祝われるというのは嬉しい。
特に、自分のような悪魔でもなく人間でもない、どっちつかずの立場にあると余計に強く思うのだ。
妖刀の方もそうだ。
人間を狂気に陥れたというのだから、威力は言わずもがな。
たとえ悪魔に扱えようとも、半分は人間である自分の手には余るものであることは想像に難くない。
「え? だいじょうぶだよ?」
魔王はきょとんとした目をクレムツに向ける。
「そりゃあ、陛下には妖刀くらいどうってことないでしょうけれども……」
「いやいや、クレムツもいけるって。純粋な人間だって妖刀を操れるものはいるし」
「そういうのって大抵、所持者が快楽殺人者になって、みじめな最期を迎えているような気がしますが」
「気のせいじゃない?」
魔王は一蹴し、猫の缶詰をピラミッド型に積み始めた。
「真面目に聞いてくださいよ。仮に扱えたとしてもですよ、刀なんて使う機会、早々ありませんよ」
「護身用に帯刀しとけばいいんじゃない?」
「それなら脇差程度で事足ります」
折れる様子のないクレムツに、魔王は困ったように唸り始めた。
が、すぐに名案を思いついたらしく、明るい表情を浮かべる。
「あの妖刀にはねー使い魔が憑いてるんだよ?」
「それは聞いていますが、なぜ使い魔が刀に憑いているんですか?」
「どうにも昔、坊主だかなんだかに刀に封印されたとかなんとか……。いや、それよりも使い魔だよ使い魔! いたら便利だよ!」
「別に今現在手が足りなくて困っているようなことはありませんので」
「あー……えーっと……うん」
言葉に詰まった魔王が再度唸り声を上げる。
そのうち会話の内容がループするのではないかとクレムツが危惧した矢先、魔王が切り札とばかりにこんなことを口にした。
「猫だよ? 使い魔」
「知ってますよ」
「従えたら、もふもふできるよ? 一度従えた使い魔は主人に従順だから、触りたい放題だよ?」
今度はクレムツが言葉に詰まった。
クレムツは今までに犬や猫といった動物には触れたことがなかった。
正確に言えば、触れられたためしがなかった。
原因はもちろんクレムツが悪魔との混血であるという点だ。
犬に近づけば異様な剣幕で吠えられ、魚や鳥もクレムツが近づけば一目散に逃げ出す。
古くから魔法使いの使い魔として知られている猫は言わずもがな。
他の動物よりもそういったものには敏感らしく、生きている猫の姿すら拝むことができないのが常だった。
そして手が届きそうで届かないという、微妙な位置にあるものほど思い入れは強くなるもの。
触りたくても姿すら見せてくれない猫を触ることができる機会が巡ってきたことで、クレムツの心は大きく揺れ動いた。
魔王はここぞとばかりにクレムツに畳み掛ける。
「使い魔の方もさ、ちゃんと主人ができればもう人に取り憑いたりしなくて済むんだよ? それにもともとは使い魔なのにこんな風になっちゃって、ちゃんと使い魔として使って貰えた方が当人も本望だと思うんだけど……。それに刀! 一刀くらい持っててもいいんじゃない? 最近なにかと物騒だしさー。ねえ」
「う……い、いや、それは」
「だいじょうぶだって!」
「その自信はどこからくるんですか」
「クレムツなら、だいじょうぶだよ。前の主人って半人間だったみたいだし」
「はあ……」
「ねえ、クレムツ。どうしてあの使い魔は主人が死んだとき、消えてなくなってしまう道を拒否したんだろうね」
先ほどまでのふざけた顔つきから一転し、魔王は柔和な笑みを浮かべてクレムツを見る。
「単純に、死という道を恐れたのかもしれない。あるいは、主人と生きた日々が忘れがたかったのかもしれない」
「……同情を引こうったって無駄ですよ」
「まあまあ。クレムツがただ名前をつけてあげるだけで、全部まるく納まるって話だよ!」
「私のところだけまるくは納まらないですよね? 絶対角ばってますよね?」
「人を狂気に陥れる妖刀はなくなり、妖刀に憑いていた元使い魔は再び使い魔となり、クレムツは便利なパシ……使い魔をゲット! まるっと納まってる!」
「そこまで言うなら陛下の使い魔にされてはいかがですか」
「えっ。だって必要ないじゃん。ベールとかいるし」
使い魔扱いだったのか? クレムツはそっと溜め息をついた。
「あーまあそれにさあ、やっぱり人間との方が相性がいいと思うんだよね。昔から魔女の使い魔は猫って決まってるし」
「そういうものですか」
「そーそー。そういうものそういうもの。悪魔は犬の気持ちだとか猫の気持ちだとかわかんないし。私も人間やめてからの方が長いから、そういうのはわかんなくなってるし、クレムツが適任なんだよ、やっぱり。いまさら元の場所にも戻せないしねー」
結局、クレムツが持ち主になる以外の道はないらしい。
なぜここまで魔王がクレムツに妖刀を押し付けようとするのか、クレムツには理解しがたかった。
単なる思いつきなのか、それとも別の意図があるのか。
クレムツは溜め息をつき、腹をくくった。
「……名前をつければいいんですね?」
魔王は目を輝かせる。
「そうそう。最初の人ってのは重要なの。名前をつければ夢のもふもふ生活が――」
「そういう動機で決めたわけでは……」
「えっ。もふもふしたくないの?」
「そ、そういうことも……」
「もふもふ!」
「こっちに猫じゃらしを向けないでくださいっ」
――猫は未だに刀の中で、主人を待ちながらまどろんでいる。
名前を失った猫の願いが叶うまで、あと少し。
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