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愛のモノリス 作者:稲葉孝太郎

第3章

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12/17

共闘

「神楽先輩……」
 泰人の不安げな声が、神楽の鼓膜を震わせる。
 神楽の向かい側では、ルナが既に目を閉じ、同調を待っていた。日が落ちてすっかり暗くなった部屋には、蛍光灯の明かりが反射している。
 神楽は、勝負を受けて立つことにした。西条に言いくるめられたのではない。彼女は自分にそう言い聞かせる。
 それも単なる強がりではなく、幾分かは算段のあることだった。まず、かぐやの記憶の中に入り、そこでルナを出し抜く。そして、手に入れたメモリーの処遇を、かぐやの意志に委ねるのだ。かぐやが記憶の回復を受け入れるもよし、あるいは頑迷にそれを拒むもよし。とにかく、勝負に出ないことには始まらない。
 それが、神楽の判断だった。
「かぐやの脳波は、まだ安定しないのかね?」
 車椅子にもたれかかった西条が、金髪男に尋ねる。
「もうしばらくお待ちください」
 男の返答に西条は大きく息を吐くと、神楽とルナを交互に眼差した。どちらもまだ十代の少女。自分よりふた回りも年下の彼女たちによって、彼の賭けは決着をつけられるのだ。それは、あまりにも世代の隔壁を感じさせる光景だった。
 西条は眼を瞑り、ぼんやりと呟く。
「これからは……彼らの時代なのかもしれんな……」
「お嬢様の脳波が安定してきました。同調可能です」
 金髪男の声に、西条が瞼を上げる。
「神楽くん、同調の前に、ルールを説明しておこう」
 ルール。そんなものがあるのかと、神楽は不信の目を西条に向ける。
「どうした? ルール無用のデスマッチの方が好みかね? ……いや、答えなくとも結構。それでは君が勝てないことは分かっているからね……。ルナくんは、本当に素晴らしい逸材だ。完全同調者で、しかも異常記憶の持ち主ときている……。どんな複雑なモノでも、自由自在に夢現化できるのだから……」
 出来のよい生徒について語るかのように、西条は自慢げな笑みを漏らした。
「おっと、私としたことが、無駄口だったな……。さてそのルールだが、これは神楽くんにとって非常に有利なものだよ……。つまり、これから向かう思い出の中では、相手をログアウトさせる物理的手段の行使を禁じるということだ。どちらかがこれに違反した場合は、その時点で相手の勝ちになる……。どうかね?」
「……例えば、ルナさんが私を銃撃するとか、そういうのはナシってこと?」
 西条は、ゆっくりと首を縦に振った。
「その代わり、君がルナくんを襲うのも禁止だ。背後から殴り掛かったり、そういう手段に出れば、君の負けということになる」
「それは助かります。暴力は嫌いなので……」
 神楽はそう言って、西条と視線を絡め合う。
 おかしい。神楽は、西条の説明に納得していなかった。暴力を禁じるということは、ルナの完全同調を無意味にさせるに等しい。無意味とまではいかなくても、半減することに違いはない。
 若干の疑念を抱きつつも、神楽は黙ってその提案に従った。このルールが彼女にとって望外の幸運であることは否めないのだ。
「では、同調を……」
 西条の指示に従い、神楽はかぐやの手に触れる。
「神楽先輩……頑張ってください……」
 泰人の応援も、もはや神楽の耳には届かない。
「同調開始……」
 その声に合わせて、ルナと神楽が一斉に目を閉じる。
 自分の判断が正しかったのかどうか、それは神楽にも分からなかった。
 ただ瞼の裏に広がる闇が、少女に考えることを止めさせた。

 ☽

「うっ……」
 神楽は、背中にあたるコンクリートの感触に目を覚ました。
 上半身を起こし、周囲を見回すと、見知らぬ工場のような場所にいる。
「月代さん……?」
 神楽は、かぐやの消息を求めた。どこにも見当たらない。
 その代わり、廃棄されたドラム缶の上に、ルナが座っていた。
「神楽さん、お目覚めですね」
 転送酔いを微塵も感じさせない声で、ルナがそう呟いた。
 神楽は弱みを見せまいと、すぐに両足で立ち上がり、ルナを睨みつける。
「月代さんは?」
「かぐやさんは、この迷宮の中心部にいます」
「迷宮……?」
 神楽は、もう一度あたりをよく観察する。錆び付いた柱に、破れたトタン屋根、そして廃資材の山。迷宮というよりは、どう見ても製材所か何かである。
 神楽はルナに振り向き、説明を求める。
「迷宮って何? どうして月代さんはここにいないの?」
 ルナは黙ってドラム缶から飛び降ると、神楽に歩み寄った。
 いきなりの乱闘かと身構える神楽だったが、すぐにルールを思い出す。
 ルナはその醒めた表情で、神楽の疑問に答え始めた。
「神楽さんは、我々の記憶改竄が不首尾に終わっていることをご存知ですね?」
 神楽は、軽く頷き返す。
「その理由が、この記憶領域なのです。我々はかぐやさんに記憶改竄を施し、その成果が現れるのを待ちました。そして、改竄は一見成功したように思われたのです」
「一見……? 後から記憶が戻ったってこと?」
 神楽の問いに、ルナは意外な言葉を返す。
「かぐやさんは、記憶を改竄されたフリをしていたのです」
「フリをしていた……? じゃあ、改竄は最初から失敗していた……?」
「その通りです。そしてその理由が、この迷宮にあるのです」
 少女の一言に、神楽はだんだんと事情が飲み込めてきた。
 それを裏付けるように、ルナは先を続ける。
「かぐやさんの脳は、強い自己防衛機能を働かせ、改竄を拒絶したのです。あなた方が回収したロスト・メモリーも、本来は彼女自身によって封印されたもの。その封印を行っているのが、この深層領域に存在する防衛システムなのです。我々はそのことに気がつき、システムを突破しようとしました」
 突破しようとした。その先は、神楽にも察しがつく。
「ところが、撃退されてしまった……ってわけね?」
 ルナは恥じ入る様子もなく、静かに首肯した。
「彼女の脳は、この記憶領域を要塞化し、侵入者を容赦なく排除しているのです。我々の組織でも、既に三人が強制ログアウトさせられました。私が四人目なのです」
「背景は分かったわ。でも、私たちを巻き込んだのは、なぜ?」
 神楽は、さらに踏み込んだ質問をした。ここまでの話では、なぜ西条が実力行使でかぐやを奪還しなかったのか、その理由が欠けているように思われたのだ。
 ルナは、その疑問に答えを返す。
「これまでの調査で、この迷宮は西条氏と関係のある人間を排除するよう、プログラムされていることが分かりました。そこで、あなたに同席願ったのです。現に……」
 ルナは、天井を見上げる。それを追った神楽の目が、にわかに丸くなった。
「あの機銃も反応を見せていません」
 倉庫の天井隅に、配管でうまくカモフラージュされた銃口が覗いていた。もし神楽がいなければ、少女は蜂の巣にされていたのだろう。
 いや、それでもルナなら何とかしてしまうかもしれない。神楽は、目の前の少女に敬意を払いつつ、話を先に進めた。
「なるほどね……ようやく分かったわ……。要するに、月代さんの自己防衛本能で構築されたこの迷宮をクリアしなきゃ、あなたたちも記憶に手が出せないわけね……。だから、私がメモリーに辿り着くリスクを冒してまで、こうして協力を求めたと……」
「協力、というのは正確ではありません。私たちは、あくまでも敵同士です」
 ルナは距離感を変えない。同業者的な態度すら示そうとはしなかった。
 神楽は少女の中に、異様な孤独さを感じ取る。
「呉越同舟、進行方向は同じってわけね……。分かったわ。いざこざはナシにしましょう。迷宮を攻略するには、どうすればいいの?」
 ともかく、かぐやを見つけなければ話が始まらない。そう考えた神楽は、すぐにでも倉庫を後にしたかった。
 しかし、ルナがそれを制止する。
「最初の関門はここです」
「関門……? どういうこと? ここはただの工場跡じゃないの?」
「外をよく見てください」
 神楽は、少女に促されるまま、工場の壊れた壁を見た。
 隙間から太陽光が漏れ、建物内の埃を美しく照らし出している。
「あの隙間から覗いてみてください」
 そう言ってルナは、ベルトコンベアの近くにある、一際大きい裂け目を指差した。
 罠ではないだろうか。だが、少女から殺気は感じられない。それに、背後から襲い掛かった時点でアウトなのだ。神楽は相手の遵法精神を信じて、その隙間へと歩み寄った。
 そして、外の風景を垣間みる。
「あッ⁉」
 神楽は、思わず声を上げてしまう。
「なにこれ……? 一面砂漠じゃない!」
「そうです。ここ以外に建物は見当たらないのです」
 神楽は再度隙間を覗き、煌めく砂の海を俯瞰した。
 確かに、ここは陸の孤島のようだ。工場を抜け出して彷徨っても、日射病か何かですぐにダウンしてしまうだろう。そのことを、神楽は即座に理解する。
「……とすると、ここが迷宮の入口?」
「そのはずです。前任者は、全員ここでリタイアしています。一名は機銃で撃たれ、二名は屋外に入口を探しましたが、脱水症状でログアウトになったのです」
「なるほど……」
 神楽は、にわかにルナとの協調体制を取り始める。
 顎に手を当て、もう一方の手を肘に添えたまま、沈思黙考に耽った。
「となると、やっぱり怪しいのは……」
「機銃の射程ですね」
 ふたりはお互いに頷き合うと、機銃の位置取りを確認した。
 それは倉庫の隅のひとつにあり、そこ以外には設置されていない。
「最初のひとりが撃たれた場所は?」
「ちょうど対角線上の隅です」
 神楽は反対側を振り返る。壊れた木箱が山積みになっており、そのところどころに、小さな穴が空いているのが見えた。
「あの後ろに隠れたら、弾が貫通したってわけね……」
「そのようですね」
「撃たれ始めた場所は?」
 ルナは、黙って先ほどのドラム缶のそばを指した。
 神楽が目を凝らすと、その地面から木箱まで一直線の銃痕が見える。
「私が設計者だとしたら入口は……」
「あのあたり、ですか?」
 ルナの先回りに、神楽はやや自信を失った。
 もしかすると、先に目が覚めたルナは、ここまで既に推論済だったのかもしれない。
 そう思いつつも、神楽は現場に足を向けた。
 屈んで地面をよく見ると、赤い斑点が目に留まる。
「ここで体のどこかを撃たれて、それから箱の裏に逃げ込んだのね……」
「この時点でログアウトしていないこと、木箱までは逃げ切れていることを考えると、おそらく腕か肩だと思われます」
 神楽はふと顔を上げる。
 至近距離に、ルナの冷たい顔があった。
「なるほどね……あなたの仲間は、何か手掛かりを見つけなかったの?」
「いいえ、何も。物陰に地下への入口がないか調べていたところを急に」
 ルナの情報提供に、神楽は感謝する。思い出屋と忘れ屋の共同作業というシチュエーションにもかかわらず、神楽は奇妙な親近感を覚え始めていた。
 記憶介入という、不思議な能力のなせる業だろうか。
 そんなことを考えながら、神楽は調査を続行する。
「地下への通路……それが一番ありえそうだけど……」
 隠れ家にするにはもってこいだ。神楽は、そんなことを思う。
 そこへ、ルナが口を挟んだ。
「そうでしょうか?」
 神楽は顔を上げ、ルナの瞳を見つめ返す。
「……何か別のアイデアでも?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、神楽さんが寝ている間、この銃痕の周辺を調べましたが、それらしき入口は見当たりませんでした」
「……そこのドラム缶の下も調べた?」
 少女は、首を横に振った。
 案外抜けているなと思った神楽に、ルナは理由を付け加える。
「私では重くて動かせないのです」
「あ、そっか……」
 神楽はそのとき初めて、目の前の敵が同世代の少女であることを思い出す。
 これまでは、感情を表に出さない、宇宙人のようなものと認識していたのである。
「じゃ、ふたりで動かしましょう」
「はい」
 ふたりはドラム缶に両手を押し当て、眉間に皺を寄せてそれを押した。
 中身が入っているらしく、相当な重量だ。
 ドラム缶はずりずりと音を立て、三十センチほど動いた。
「ふぅ、これくらいでいいわね」
 一息吐き、神楽は地面を見やる。
 そこには、普通のコンクリートの床があるだけだった。
「……違ったようですね」
「そうみたい……」
 神楽は嘆息すると、もう一度最初から推論をやり直す。
 しばらく考え込んだ後、ふと機銃を見上げた。
「ん、待ってよ……」
 神楽は、機銃のそばへと足を向ける。
 そして、その角度と射程を念入りに目測した。
 左右九十度、上下四十五度くらいか。神楽はそう読んだ。
「どうしました?」
 隣に立ったルナが、無機質な声でそう尋ねた。
「この機銃、今は反応してないけど……。もし反応するとしたら、ルナさん、あなたはどこに隠れる?」
 神楽の質問に、ルナは数秒考えを巡らせる。
「……真下です」
「……そうよね」
 神楽は、機銃が設置されている柱の床を観察した。
 心理的には銃の反対方向へ逃げたくなるのだが、射程を考慮すれば、下へ潜り込むのが一番安全なはずである。だとすれば、入口のカモフラージュも、同じような心理的隠蔽が行われているのではないだろうか。
 そう考えた神楽だったが、現実はそう簡単にはいってくれない。
「しかし、床には何もありませんね」
 ルナの冷静な一言。
 彼女の指摘通り、床の上には曲がった釘やボルトが散乱しているだけで、マンホールのようなものは全く見当たらない。
「神楽さん、他を探しましょう」
「そうね……ん?」
 神楽の目が、僅かな光を帯びる。
 その場を離れようとしていたルナも、にわかに歩を止めた。
「何か見つけましたか?」
「あそこの床……何だか変じゃない……?」
 神楽が指差したのは、ベルトコンベアのちょうど終着点だった。そこには、上方から木漏れ日のように日差しが落ち、神秘的な空間を形作っている。
 ルナはそれを一瞥した後、ゆっくりと神楽に尋ね返す。
「あの床が何か?」
「ちょっと奇麗過ぎない?」
 ルナは、もう一度その床を眼差した。
 釘ひとつ落ちていないそれは、確かに周りから浮いている。
「……そうですね。少し調べてみましょう」
 ルナが先を行き、神楽も後に続いた。
 ふたりはベルトコンベアの周辺を念入りに調べたが、何も見当たらない。
「おかしいわね……絶対何かありそうなんだけど……」
「しかし、何もありません」
「でも、まるでここだけ人が出入りしているような……!」
 神楽は、反射的に天井を見上げる。
「そうか! 逆なんだわ!」
 神楽の叫び声に、ルナも視線を上に向けた。
 床に射す光は、天井に空いた大きな穴から注ぎ込んでいた。穴は、壁から数センチほど離れたところにできている。
「……あれが迷宮への入口だと仰るのですか?」
 ルナの問い掛けに、神楽は頷き返す。
「しかし、あれは空に見えますが……」
 そこで、ルナは口を噤んだ。目を細め、手を光にかざす。
 太陽の熱を感じない。
「なるほど、ホログラムでしたか……」
 そう呟いたルナの横で、神楽は再び深刻そうな顔をした。
「でも、どうやってあそこへ……?」
 神楽は天井を見上げる。十メートル近くはありそうだ。
 すると、ルナが言葉を継いだ。
「少し時間をください」
 そう言って、ルナは両手を前に出し、目を閉じた。
 その動作の意味を、神楽はすぐに察する。
 夢現化だ。
 神楽は彼女の集中力を乱さないよう、一歩脇に避けた。
「……」
 ルナは、柔道で相手の襟を掴むような格好をしている。
 何を取り出そうとしているのだろうか。
 だんだんと影を作り始めたそれに、神楽は目を見張った。
 アルミ板が交互に組み合わさったそれは、瞬く間に実体化を終える。
「ふぅ……さすがに、この高さの梯子は疲れますね」
 事も無げにそう言ったルナは、折りたたみ式のそれを壁に立てかけた。
「どうぞ」
 ルナは、左手で梯子を指し示す。
「いえ、ルナさんが先に……」
「先に神楽さんが入らないと、トラップの解除されない虞があります」
 なんだそういうことかと、神楽はルナの計算高さに舌を巻いた。
 天井の穴まで伸びた階段に、神楽は手足をかける。
 カツンカツンという乾いた金属音を鳴らし、少女は空の前に佇んだ。
 奥行きがない。確かにホログラムだ。
 神楽は、そっと手を伸ばす。
「……ビンゴ!」
 空は、神楽の手をあっさりと飲み込んだ。
 いったいこの先に何があるのだろうか。神楽は、慎重に首を差し入れた。
「……え?」
 神楽の喫驚に、下の段で待機していたルナが言葉をかける。
「どうしました?」
 神楽は、空に頭を沈めたまま、震える声でこう答えた。
「ここは……かぐやさんの家⁉」
+注意+
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