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愛のモノリス 作者:稲葉孝太郎

第3章

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死んだ宇宙飛行士

 太陽が西の空へと傾き、涼し気な風が海辺から吹き付け始めていた。その風になびく髪を指先で受け止めながら、泰人は目の前に聳え立つ不可思議な建物を見上げる。
 それは、口を開きかけた二枚貝を模したドーム型の建造物。全体を白っぽいコンクリート壁で覆われ、どことなく学術的な雰囲気を醸し出している。
 泰人のそんな第一印象は、入口の前に置かれた大理石の碑文に裏付けられる。

 【海浜宇宙科学博物館 メモリアル・ホール】

 その文字をさっと読み上げた後、泰人はそばに立つ神楽に語りかける。
「ここに月代かぐやさんが……?」
 神楽は泰人の声を背中で受け止めつつ、その視線を建物に据えていた。
 そして、質問を放った泰人にではなく、一番後ろに佇むかぐやへと顔を向けた。
「月代さん、この博物館に何か見覚えは?」
 神楽は、記憶を辿ろうとするかぐやの返事を待った。
 だが、それは徒労に終わる。
「……いえ、何も……ここに来たのは初めてだと思います」
「そっか……」
 神楽は、特に落胆した様子もなく、建物へと向きを変えた。波のように複雑な形をした屋根を一瞥し、それから空を見上げる。時刻は六時。東の空は、既に色褪せ始めていた。
「閉館まで後一時間しかないわ。とりあえず中に入りましょう」
 神楽は後ろを振り返り、西日に目を細めた。彼らを乗せて来た車が、濃い陰影を形作っている。運転席には、健老人の姿が見えた。
「健さん、何かあったら、すぐに応援に来てちょうだい」
「かしこまりました。お気をつけて」
 健老人の言葉を背に受け、三人はガラス張りの自働ドアを潜る。
 中は冷房が効き過ぎているのか、肌寒かった。半袖で来てしまった泰人は、思わず二の腕を摩る。その隣で、神楽はチケット売り場の窓口に顔を覗かせた。
「学生三枚」
 神楽の注文に、売り場の女性は無愛想にチケットの束を取り出し、そこから三枚抜き出すと、神楽たちの服装を盗み見た。
「学生証は?」
 神楽は、財布から学生証を取り出し、それを女に提示した。女はそれを形式的に視界に入れただけで、すぐにチケットを差し出す。泰人とかぐやに身分証の提示を求めないあたりが、ずいぶんと適当な仕事ぶりであった。
「二千四百円になります」
 高いなあと思いつつ、神楽は三人分の料金を支払う。ここまでの交通費も含めてどんどん経費がかさんでいくが、果たしてかぐやから回収できるのかと、神楽は若干不安になり始めていた。
 とはいえ、今はクライアントの記憶を取戻すことが先決である。そうしなければ、代金の回収もおぼつかないのだ。
「歴史に関する展示はどこか、教えてもらえますか?」
「そこの案内図をご覧ください」
 そう言って、係員は奥の壁を指差した。
 客がいないんだから少しは説明してくれてもいいだろうと、神楽は呆れ返る。
 だが、こんなところで時間を喰っている場合ではない。神楽は案内図へと歩み寄り、色分けされた地図を眺めた。
「二階のDブロックね……」
 神楽は泰人たちを手招きし、ホールの中央から伸びる階段に向かう。
 十数段を上り終えると、左右にショーケースの並んだ幅の広い通路が現れ、一組の家族連れが、少し離れたところでその展示物に魅入っていた。
「Dは左」
 神楽はショーケースの横を通り過ぎ、壁に穿たれた分岐路を探す。それは、宇宙から持ち帰られた鉱物の棚を過ぎたところで、ぽつりと口を開けていた。中を覗くと、通路はわずか一メートルほどの長さしかなく、その先には小さな展示室が見えた。
 神楽は早足で通路を通り抜け、展示室の中へと足を踏み入れる。
「誰もいないな……」
 そこは、いくつかの展示パネルと、古びた宇宙服がケースに収められているだけの、殺風景な部屋だった。【宇宙開発の歴史】というプレートが、入口のそばに掲げられている。おそらく、子供たちが最も興味を持たないであろうテーマだ。
 案の定、さきほどの家族も、背後を通り過ぎただけで、どこかへ行ってしまった。後から入って来た泰人とかぐやは、室内をきょろきょろと見回している。
 神楽は、一枚目のパネルに目を通す。
 一九五〇年代。古過ぎる。心の中でそう呟き、神楽は次々とパネルを飛ばしていった。
 そして、ある一枚のパネルの前で、ふと足を止める。
「二〇〇〇年代……これだわ……」
 神楽は、上から年表を追っていく。目当ての記事は、すぐに見つかった。

 二〇〇一年九月十五日
 宇宙開発センターでの訓練中、シミュレーション機内で火災が発生。飛行士候補生三名が亡くなった。日本人候補生だった西条かぐやさん(二十六)もこの事故に巻き込まれ、宇宙開発関係者に衝撃を与えた。

「見つかった?」
 泰人が、肩越しにパネルを覗き込んだ。
「ええ……」
 神楽は、フブキからの電話を思い出す。

《月代かぐや、一九七五年、ワシントン生まれ。両親はともに日系人よ。アメリカの大学で博士号を取得した後、二〇〇〇年に日本の宇宙開発事業スタッフとして来日。その数ヶ月前に、大学院の先輩だった西条静という男と結婚、西条姓に変わっているわ。ネットでは西条かぐやという名前の方が一般的で、だから検索しても引っかからなかったのよ。二〇〇一年に、訓練中の火災で死亡。この事件は、当時かなり騒がれたみたい。彼女の死を悼んだ夫の西条は、その後研究職を辞めて実業界へ転身、コンピューターによる株式売買のシステムを開発して大儲けしたそうよ……ねえ、聞いてる?》

 そこで、フブキの声が途切れた。神楽の視界に、パネルの文字列が浮かび上がる。
「その儲けた金の一部で、この博物館を建てたってわけね……妻の思い出として……」
 月代かぐやの墓標。現代のピラミッド。
 神楽は、妻に対する西条の愛を感じながら、かぐやに向き直った。
「月代さん……まあ、今となってはこの名前もおかしいんだけど……何か思い出した?」
 かぐやは、神楽が目を通していた記事に、じっと見入っている。けれどもその表情は、難解なパズルを前にしたように険しく、彼女が何かを思い出した気配はない。
「ダメです……何も……」
「なあ、これは俺の予想なんだけど……」
 泰人が、突然口を開いた。何か言い難そうな顔をしている。
「どうしたの? アイデアがあるんなら言ってちょうだい」
「うん……思うんだけど、かぐやちゃんって、西条かぐやさんの子供なんじゃ……」
 その可能性については、神楽も既に考えていた。
 しかし、それには反証がある。
「だけど、フブキの情報では、西条かぐやに子供はいなかったそうよ」
「それは戸籍に載ってないってだけだよね? 隠し子だとしたら?」
 なるほど、それで言い難そうにしていたのかと、神楽は合点がいった。
「それもおかしいと思う」
「なんで? フブキちゃんだって、世の中の情報を全部調べられるわけじゃないっしょ?」
 神楽は、不安そうにしているかぐやを横目で盗み見た後、自説を披露する。
「月代かぐやは死んだけど、夫の西条静は生きてるのよ。隠し子がいたら、西条が引き取っていないと、おかしいでしょう?」
「それが西条静の子供じゃないとしても?」
 泰人はそう言い放った後で、ハッと口元を押さえた。興奮し過ぎて深入りしてしまった推理を撤回しようと、泰人はあれこれ思考を巡らせている。
 一方、かぐや自身は、泰人の発言に機嫌を損ねることはなかったらしい。むしろ、その可能性に興味を持ったようだ。パネルから視線を外し、泰人の顔を覗き込む。
「凄いですね、泰人さん。それは何だか整合的な気がします」
「せ、整合的?」
 戸惑う泰人に、かぐやは先を続ける。
「はい、どうして私がどこか病院のようなところに閉じ込められていたのか、泰人さんの仮説で説明がつくんじゃないでしょうか。例えば、私が西条かぐやの隠し子で、存在がバレないようにどこかの施設に預けられていたとか」
 なぜ自分の血縁関係にそこまであっけらかんとできるのか、泰人はもちろんのこと神楽も理解に苦しんだ。
「かぐやちゃん、これはかぐやちゃんのお父さんとお母さんに関わることなんだから、そんなに簡単に決めちゃダメよ?」
 神楽はそう言い終えると、固く口元を結んだ。他人事ではあるものの、少々怒っているようだ。
 それに対して、かぐやは訳が分からないという顔をしている。
 そして、信じられないことを口走り始めた。
「なぜですか? 両親と他人との違いは、私の遺伝子が両親のそれから成り立っているということに過ぎないんですよ? しかも、遺伝的組み換えが起こるので、どちらかの完全なコピーというわけでもありません」
「そんな難しい話じゃなくて、血の繋がった家族でしょ?」
 神楽が食い下がる。
「血が繋がっているというのは、遺伝関係が分からない時代に考えられた比喩です」
 神楽は事を荒立てぬように、声を落として話題を転じた。
「月代さん、ちょっと聞きたいんだけど……」
「はい、何でしょうか?」
「月代さんは、家族に関する記憶が全くないの……? もちろん、両親とか兄弟の名前を覚えてはいないんでしょうけど……。だったら、住所も分かるはずだものね……。ただ、その面影すらないって言うの?」
「家族……ですか……」
 かぐやはその言葉を、小声で繰り返す。彼女の口調には、何の感情も籠っていなかった。まるで、道ばたに落ちている小石について議論しているような、そんな素振りだ。
 隣で顔を曇らせる泰人とは対照的に、神楽はそこにひとつの光明を見出した。
「これは私の推測なんだけど……」
 神楽が口を開き、かぐやと一緒に泰人も彼女の方へ顔を上げる。
「月代さんの記憶から、家族の思い出が完全に消されてるのかもしれない……。忘れ屋たちが躍起になって隠そうとしてるのも、その辺りの情報なんじゃ……」
「ど、どいうこと?」
 泰人は、神楽の推論をうまく追えなかったらしい。目を白黒させている。
 とはいえ、神楽自身も、手持ちのパズルを完璧に仕上げているわけではなかった。ひとつひとつステップを踏みながら、順番に筋道を辿っていく。
「忘れ屋たちは、月代さんの記憶を改竄しているわ。そもそも、月代かぐやという名前自体が、彼らの捏造だと考えていいんじゃないかしら。だって、本物の月代かぐや、つまり西条かぐやは、とっくの昔に死んでるんですもの」
 それが大前提だと、神楽はそう考えた。
 そして、そこから残りの部分を導き出していく。
「二回目の記憶域でも、連中は改竄を目論んでいた。となると、その反対に、抹消したい記憶も存在するはずなのよ。でないと、矛盾が生じてしまうわ。そしてそのひとつが……」
「私の家族ということですか?」
 先に神楽の思考に追いついたのは、かぐやだった。
 その直後に、泰人が反論を提示する。
「で、でも、家族の記憶を全部抹消するなんて、無理じゃないっすか?」
「そこなのよね……」
 神楽は顎に手を当て、しばらく物思いに耽った。泰人の言う通り、肉親に関する記憶を全て抹消することは、非常な困難を伴う。なぜなら、それは記憶のあらゆる階層において行われなければならないからだ。毎日会っている人々の思い出は、そう簡単に消せるものではない。そのことは、神楽も十分に承知していた。
 けれども、忘れ屋たちの手で記憶が消されていないとすれば、かぐやは天涯孤独の身だったことになる。それもまたおかしな話だった。神楽が乗り込んだ記憶域には、確かに生活の跡があったのだ。しかも、成長の度に部屋を変えるという世話の焼きようだ。孤児院や養護施設がそんなことをするとは思えない。
「やっぱり、三回目の潜入が必要ね……」
 神楽の呟きに、かぐやと泰人は顔を見合わせた。
 かぐやは若干の怯えを、泰人は柔らかな同情をその顔に浮かべている。
「ここで……ですか?」
 かぐやが小声で尋ねた。
「いえ、ここはまずいわ。どこに忘れ屋の連中が隠れてるか分からないから。それに、どうやら今回の相手は、遠隔同調ができるプロみたい。ここは健さんに頼んで、安全な場所を確保しないと……」
 そう言いかけたとき、天井から軽快なチャイムが鳴った。
《本日はご来館、誠にありがとうございました。間もなく、閉館の時間です。館内にいらっしゃるお客様は、正面玄関から外へお戻りください。繰り返します。本日は……》
「参ったわね……時間切れよ……」
 神楽は前髪を掻きあげ、それから他のふたりに視線を送った。
 こうなっては仕方がないと、神楽は展示ルームを後にする。
「神楽先輩、これからどうするんですか?」
「さっきも言った通り、三回目の回想よ。ただ、もうひとつ確認したいことが……」
 そのとき、ふいにかぐやが最後尾で口を挟んだ。
「すみません」
 神楽は歩を止める。少し通り過ぎたところで、泰人もくるりと体の向きを変えた。
「何かしら?」
「回想で思い出したんですけど……モノリス・プロジェクトって何ですか?」
 しまったと、神楽は自分の軽率さを呪った。
「ごめん……すっかり忘れてたわ……」
「モノリス・プロジェクト?」
 泰人が、不思議そうに首を傾げる。二度目の回想に参加していないのだ。
 そこで見つけた論文のタイトルなど、泰人は知る由もない。
「実は、二回目の回想で……」
「そこの君たち」
 突然の呼びかけに、三人は一斉にもと来た廊下を振り返った。
 見れば、白衣を着た老人が一人、背筋を曲げて三人を眼鏡越しに覗き込んでいる。
「す、すみません、もうすぐ出ますから……」
 神楽が代表して弁解する。
 老人はそれを無視して数歩近寄ると、かぐやの前でその足を止めた。
 そして、彼女の顔をじろじろと眺め回す。変質者か。神楽が一歩前に出たところで、老人はかぐやの観察を中断し、神楽の方へ首を曲げた。
「あの……何か……?」
「君たちは、西条さんの親戚か何かね?」
「はい?」
 裏返りそうになった声を抑えて、神楽は老人の言葉を吟味する。
 西条。間違いなく西条静か西条かぐやのことだ。
 神楽は、少しカマを掛けてみることにした。
「はい、遠い親戚です」
「そうか、やはりな……」
 神楽の嘘は、あっさりと通ってしまった。老人がどうしてこれほどまで簡単に納得してしまうのか、神楽には理由が見えてこない。
 一方、すっかり騙されてしまった老人は、再びかぐやの顔をじろじろと眺め始めた。
 訳が分からぬかぐやは、気まずそうに視線を逸らす。
「道理でそっくりなわけだ……まるで生き写しだな……」
 聞き捨てならない台詞。神楽は、重要参考人と出会ったときの緊張感を覚える。
「誰にそっくりなんですか?」
 老人は眼鏡フレームに指を添え、神楽を睨むように見返した。
 少し怪しまれてしまったかもしれない。神楽は、とりあえずそこで口を噤んだ。
「そりゃ君……西条かぐやさんに決まっとるだろう?」
 神楽はなるべく驚きを表さないように、かぐやへと視線を向けた。
 その横で、泰人はびっくりしたような顔をしている。
 老人が泰人の表情に気付かないよう、神楽は話題を変えることにした。
「ところで、あなたは?」
「ん? ワシかね? ワシはここの館長だよ。っと言っても、大学を退官してから西条くんに紹介してもらった閑職だがね」
「西条……静さんのことですね?」
 老人は、当然のように頷き返す。
「西条……いや、月代かぐやさんとは、どういうご関係で?」
「ああ、彼女が来日したときの上司が、ワシだったのだよ。まあ、アメリカでも一度会ったことがあってな……ずいぶんと頭のよい子じゃった……少し抜けたところもあったが……」
「では、西条静さんの方は?」
 神楽の矢継ぎ早の質問に、老人は少し警戒感を抱いたようだ。けれども、ここで遠慮するわけにはいかない。神楽は、さらに嘘を重ねた。
「実は、西条静さんともお会いしたことがあるんですよ。月代かぐやさんの旦那さんだった方ですからね。ですから、あなたともぜひお近づきに……お名前は……」
「片桐」
 老人は、無愛想にそう答えた。
 神楽は、さらに質問を続ける。
「片桐さんは、西条静さんとはどういうご関係で? ポストを紹介してもらったということは、やはり研究所の上司だったとか?」
 老人は曖昧に頷きながら、夕方になって伸びたあご髭を撫でた。
「いや、直接の上司ではない。ただ、ある合同プロジェクトで知り合ってな、そのとき懇意にさせてもらったんじゃよ」
 合同プロジェクトという言葉に、神楽のアンテナが引っ掛かった。
「もしかして、モノリス・プロジェクトのことですか?」
 老人は、驚いたように少女の瞳を眼差した。
「ほお、さっきは聞き間違いかと思ったが、本当に知っておったか」
「名前だけは……中身は知りませんが……」
 神楽の自白に、老人はハハッと笑ってみせる。
「なあに、文科省からあれこれ理由をつけて予算をぶんどった企画じゃよ。二千年問題を覚えておるか?」
「二千年問題? 暦のエラーで、世界中のコンピューターが狂うと噂されたアレですか?」
「そうじゃ。あれを口実にしてな、『テクノロジーの世界同時危機における生物多様性の保存に関する計画』というのを、複数の研究機関が立ててな……ん、何だその顔は? ああ、研究の趣旨が分からんということか。要するにな、世界が危なくなったとき、地球上の生き物を何とかして後世に残す計画じゃよ。ま、それは名目だけで、チーム毎にそれぞれ好き勝手な研究を行い、それっぽくまとめただけなのじゃが……と、何の話じゃったかな?」
 老人は西条静に話を戻そうとしたが、神楽がそれを制止する。
「それが、モノリス・プロジェクトなんですね?」
「ん? 何だ、科学に関心があるのか。結構、結構。そうじゃよ、その計画が、モノリス・プロジェクトと呼ばれるものでな、『二〇〇一年宇宙の旅』というSFを知っとるか? その中に出てくる、生物を進化させる不思議な石の名前から取っておる。命名者が、実は西条静くんなんじゃよ」
「分かったわ。それであの論文が……」
 神楽の独り言に、老人が耳に手を当てた。
「何か言ったか?」
「いえ、何も……。そのプロジェクトで、西条静さんと月代かぐやさんは、それぞれどういう役割を果たしていたんですか?」
 昔話をされてすっかり上機嫌になった片桐老人は、ますます饒舌になっていく。
「月代くんとワシは、遺伝子を宇宙空間で保存する技術の開発に携わっておった。つまり、地球上で核戦争が起こった後、何万年かして生物をクローン再生させる技術じゃな。完成とまではいかなかったが、サンプルの収集などはうまくできたと自負しておる。一方、西条静くんが研究しておったのは、人間の記憶を保存する技術じゃったな」
「記憶を保存する……?」
「そうじゃ。人間の記憶をコンピューター上に記録し、そこから別の人間に移植したり、あるいは……」
 そのとき、天井から再びチャイムが鳴った。
 老人は首を上げ、うるさそうにスピーカーの網を睨みつける。
《本日はご来館、誠にありがとうございました。閉館の時間です。館内にいらっしゃるお客様は、速やかに正面玄関から外へお戻りください。繰り返します。本日は……》
 同じ放送が二度繰り返された後で、館内は静まり返った。
 片桐老人は顎をすくめ、首を左右に振ってみせる。
「ハァ……もう誰もおらんじゃろうに……」
 片桐老人はそう溜め息を吐くと、神楽たちをもう一度見回した。
「すまんが、規則は規則でな。もしよければ、また今度来るといい。ワシの部屋で、お茶でも呑みながらじっくり話してやろう。じゃあ、気をつけてな」
 そう言って、老人は廊下の奥へと引っ込んで行った。
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