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時の軌跡 ~アヴァロニア大陸回生記~ 作者:タチバナ ナツメ

第一章 守護騎士篇

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第十五話 決意と逡巡と・4

【扉絵:『剣士フレドリック』デザインイラスト】
挿絵(By みてみん)
「――死なせるわけがないでしょう。この僕がついているんですからね」
 高飛車な台詞を耳にして初めて、ユダはその男の存在を知覚していた。
「ひゃあっ!」
 待ち焦がれた瞬間を飾った第一声は、ひどく間の抜けた悲鳴である。
 激しく狼狽しながらユダは、半ば飛び退くようにサイの懐を離れ、傍らを振り返っていた。
 そこに居たのはやはり、無二の相棒その人であった。
「が、が、が、が――――」
 上顎と下顎の両方が、揃って噛み合いどころを忘れてしまったかのようにガタガタとのたうち、まともに発声することさえ出来ない。
 ――見られてしまったのだろうか。
 未だ思い出すほどに肌が泡立ち、頭の芯から熱がほとばしる、あの密事の現場を。
 今更慌てて口元を覆ってみたところで、ごまかせるはずもない。羞恥と後ろめたさとが嵐のように脳裏を駆け巡るおかげで、もはやユダの意識はくらくらと遠のきかけていた――すべては、後の祭りである。
「ったく……お前はどこほっつき歩いてたんだ? ユダが寂しがってただろうがよ」
 しかし、混乱の最中で耳に届いたサイの声は、苛立ちすらおぼえるほど落ち着き払っていた。
 立ち位置から考えるに、ガラハッドはユダのちょうど死角となる斜め後ろ方向から歩いてきたようだ。一方のサイは終始噴水の外側を向いていたはずだが、相棒の接近には気が付いていなかったのだろうか。
 朦朧とする意識をどうにか気力で繋ぎ止め、まともに目を合わせないようにと意識しながら、ユダはそっと隣席の男を見遣った。すると、あろうことかサイは得意満面に目尻を下げ、ふてぶてしく口端を持ち上げてみせたのである。
 考えるまでもない――只今をもって、彼の悪意にほど近い故意は確定したと分かる。
「くうぅっ……」
 沸々とこみ上げてくる悔しさを噛み殺しつつ、ユダは小さく呻きをあげていた。
「遊んでいた訳ではないので、そういう物言いをされる筋合いはありません。貴方こそ、大事な会議をサボって何をなさってるんですか? レヴィンさんが捜していましたよ」
「そりゃ一大事だ。心に染みる御忠告をどうも」
 殺伐と、いかにも上っ面なやり取りをかわすガラハッドとサイの周囲には、異様なまでに張り詰めた空気が漂っている。耐えがたい肌のヒリつきと格闘しながら、ユダは睨み合う二人の動向をじっと見守っていた。
「せっかくのありがたい忠告だが、ここまで遅れたんじゃ、もうどれだけサボろうが変わりゃしねえよ。それよりも、大事な相棒を放ったらかしてまでやらなきゃなんねえことってのが一体何だったのか、きっちり聞かせてもらいてえな」
 しばし沈黙を続けていた二人だったが、最初に口を開いたのはサイであった。
 すっくと立ち上がったサイは、まくしたてるように饒舌を滑らせ、つかつかとガラハッドの眼前に詰め寄っていた。
「別に、貴方に説明しなければならない理由などないと思いますが」
 対するガラハッドとの温度差は、まさに炎熱と氷点下である。すげなく鼻先を背け、ガラハッドはうんざりしたように息を吐き散らしていた。
 寝起きのごとく瞼を据わらせ、彼はちらとユダを横目に見遣る。冷ややかなその目遣いに、ユダは胸の腑をごそりと抉られるような思いを味わっていた。
「しかしまあ、刻限が差し迫っていることは確かですから、手っ取り早くここで説明しておくのもいいかもしれませんね」
 ――あれ?
 ところがその後、ガラハッドは拍子抜けするほどあっさりと、冷徹な声音を引っ込めていた。
 それはもう、年上のサイの突っ掛かりが、随分と大人げなく感じられるほどに。
 そして、それまでのサイとユダの顛末に、まるで執着など持ち合わせていないかのように。
 いや。だからって、執着して欲しいと考えるのも、土台おかしな話なんだけど――
 もはや自分で自分の考えがわからなくなっている。悶々とするうちに、ガラハッドは軽い足取りでユダの傍らへ進路を取り、そのまま噴水の縁へ腰掛けていた。
 一方のサイも、涼しげに脇をすり抜けていったガラハッドを、怪訝な眼差しで見つめていた。彼もまた、売り言葉に買い言葉の展開を予想していたのかもしれない。
「ユダ、輝聖石の首飾りを僕に渡して」
 しかし、すっかり置いてけぼりの外野を気にかける様子もなく、ガラハッドはしれっと自前のペースを切り出してくる。ぽかんと口を開けたユダの前に、彼は黒い手袋に覆われた右手を突き出していた。
「ぼやぼやしてないで。もうあまり時間がないんだよ」
「分かった……でも、どうするの?」
 言われるがまま、おずおずと要望の品を差し出すも、相棒からの返答はない。代わって「よく見ていろ」とでも言いたげに、彼は手の平に乗せた瑠璃色の石を、顎で指し示していた。
 静かに瞼を下ろした相棒の全身から、淡い光の(もや)が立ちのぼってゆく。
 漏れ出た光は瞬く間に辺りへ充満し、気が付く頃には、噴水広場の一帯が朝靄に包まれたかのように白んでいた。
「間もなくこの石に仕掛けられた“転移”の魔術が発動する。そうなる前に、試験を有利に進められるよう細工するんだ。君と僕が必ず近くへ転移させられるよう、魔術の構造を組み換える」
「……おい、本気か?」
「そんなことしちゃって、大丈夫なの?」
 この間際で彼は、なんという奇想天外を思いつくのだろうか。
 過去二年の旅暮らしの中で、困難な選択を迫られる局面は幾度となくあった。けれど、結果として彼の判断に狂いがあったことは一度も無いと言い切れる。
 しかしながら、それでも今度ばかりは疑わずにいられなかった。眼前に駆け寄ってきたサイも、ひときわ怪訝げに顔付きを曇らせている。
「平気だよ。もうこの首飾りの仕掛けは全て把握した。僕はさっきまでずっと、この石に込められた魔術の解析をやってたんだ」
 戸惑いを隠せぬまま、ユダは傍らのサイと目配せをかわしていた。しかし相棒は、顔色ひとつ変えずに紫暗の双眸をうっすらと細め、首飾りを見つめ続けている。
「さっきデューイさんが話したルールを聞いてただろ。合格条件は、本人が生存していることの他に、この首飾りを使って定められた場所に向かい、そしてまた同じように戻ってくることだって。あれはつまり、首飾りを使って決まった時間に試験会場とあの広間との往復を行えば、他は何をしようと許されるってことなんだよ。首飾りに込められた魔術の構造を組み替えてはいけないなんて、一言も言われてない」
「それはそうかもしれないけど……」
 そう言われてはみても、後ろめたい思いはしこりのように胸につかえたままだ。殊更気に掛かっていたのは、“細工”という文言に秘められたニュアンスだろうか。
「何がそんなに気になるっていうんだい。首飾りに手を加えることも、他の参加者と協力して課題を乗り越えようとすることも、他人の手を借りるという点では同じことだよ。どちらもルールとして禁じられていないことなんだからね」
「それは――」
 ぐうの音も出なかった。
 ルールの隙を突く形であったとしても、彼の意見はおそらく正論なのだろうと思う。いくらユダが憂いを込めて見つめても、彼の確たる態度が揺らぐことはなかった。
 どのように生き延びるのが最善か。
 この度の試練において、何よりも重要と考えられるその問題に直面したとき、ユダが想定したのは、専ら“現地到着後の危機回避の方法”だけだった。(はな)からルールに(のっと)って動くことだけを想定していた自分に対し、彼は如何にして、ルールの裏をかけるかだけを思案していたのだ。
 あの文言を聞いた後で、果たしてこんなことを思いつく人間がどれだけいるのだろう。
 とはいえ、知恵者デューイの発案ともなれば、そこを見抜く人間がいることも想定済であったのかもしれないが――
 やがて光の靄が拡散し、消え失せる。早々に“魔術の組み換え”とやらを終えたらしいガラハッドは、大きく一度息をつくと、傍目(はため)にはどこも変わった様子のない首飾りを、再びユダの前に差し出していた。
「この首飾りに魔力を込めたのが誰なのかは知らないけど――僕のやり方に文句をつけたいのなら、まずは術者の未熟さを指摘すべきだと思うね。簡単に見破られるような仕掛けを作った側に問題があるんだ」
 突拍子もない彼の意見ごと、それを受け取るべきか否か。しばし逡巡する。
 当のガラハッドに、少しも悪びれた様子はない。それどころか、迷うことなど許さないとでも言いたげに、彼はユダの手の中へ、無理やり首飾りを滑り込ませてきた。
 その時のことである。
 唐突に俯いたサイが、小刻みに肩を震わせているのが見えた。
「サイさん……?」
 相棒の強引すぎるやり口に、とうとう彼は怒りを爆発させてしまった――そんな所見が脳裏を掠めた瞬間、ユダの背すじには薄ら寒いものが走り抜けていた。
「面白え――やっぱお前はお前だな、ガラハッド!」
 ところが、怒るどころか彼は大笑いしていた。自らの見当違いに気が付いたのは、ひとしきりサイの哄笑を聞いた後のことである。半ば呆然としながら、ユダは腹を抱えて笑うサイを見つめていた。
「とんだペテン野郎もいたもんだぜ。候補者の中でこんなスレスレの作戦を思いつくのは、間違いなくお前だけだろうよ。だが、これで俺も安心してユダを見送れるってもんだ。お前ならきっと、この先何が起きようとしぶとく生き残っていられるだろうからな」
「別に……端から貴方のために何かしようとしていた覚えはないんですがね」
 飽くまでサイはガラハッドを賞賛しているはずだが、言われた本人は喜ばしさの欠片さえ覗かせてはいない。
「何とでも言えよ。お前が立派に役目を果たした後は、この俺が責任持ってユダのことを引き受けてやるからさ」
 これ以上ないくらいに冷ややかな反応を寄越されても、もはやサイには少しもめげる様子がない。「ですから」と向きになりかけて、すぐさま大儀そうに目元を曇らせたガラハッドは、あっさりと反論を諦めてしまった。
「頑張ってこいよ、お前ら。たんと祝杯用意して待っててやるからよ」
 目元に浮いた涙を拭って、サイは満面の笑みとともに候補者二人の肩を抱き寄せていた。

「もう時間が無い。詳しい話は後にしよう」
 その直後、珍しくやや焦った様子で、ガラハッドがユダの手から首飾りを取り上げていた。そのまま彼は、荒々しい手付きでそれをユダの頭にくぐらせる。
 それから幾許もしないうちに、首飾りからは洪水のごとく光が湧き出していた。
「ガラハッド――首飾りが!」
 目の前の景色が、まるで水中へ没してしまったかのようにゆらゆらとぼやけている。おそらく既に、転移が始まっているのだ。
 やがて、四囲のあらゆるものから輪郭が溶けてなくなり、地が自らの重みを支える感覚までもが徐々に失われていった。
「気を抜かないで、ユダ。向こうへ着いたら、何よりも先に僕のことを捜すんだ。必ず近くに居るから」
 それでも、ユダの左手を包む相棒の右手の温もりは、いつまでもはっきりと残ったままだった。
 ほどなくして視界が暗転する。闇夜に浮かぶ星河のような眩しい空間を漂いながら、ユダはまだ見ぬ新天地へと想いを馳せていた――――

*****

「覗きの成果はどうだよ、兄弟?」
 静寂に包まれた中庭にぼんやりと佇んでいたサイは、広場の脇のイチイの樹を見上げ、つとめて明るく呼びかけていた。
「酷えなあ。元はと言やあ貴方の差し金でしょうが」
 返ってきたのは、気だるげないつもの声だけだ。どうやら“彼”は、そこから重い腰をあげる気はないらしい。
「とうとう行っちまいましたね。良かったんですか? 貴方もあいつと同じ抜け道の算段を立ててたんでしょう。首飾りの仕掛けを組み替えるってやつ」
 ゆっくりと息を吐ききる音に続き、細い紫煙の筋が降りてくる。王女自らが手塩にかけて育んだ尊い緑の傍らと知りながら、堂々とそこで一服吹かそうなどとはいい度胸である。けれど、当人にそれほど大袈裟な胆力など備わっていないことは知っている。単純に彼は“やめられない性分”なだけなのだ。
「あと少しのとこで先を越されちまったんでな。だせえ後出しはしない主義だ」
 嫌味くさい言い回しの腹いせだ。今夜中にもあいつの横暴を、王女の小うるさい側近に告げ口してやろう――奸策をめぐらせながら、サイは自嘲をこぼしていた。
「なあ、お前はどう思う? もう少しばかり強く出てりゃ、俺はあいつを止められていたと思うかよ?」
「俺に聞くんすか、それ。らしくないですよ、サイさん」
 相変わらず、彼の答えは明け透けなほどの生返事だ。こちらを気遣っているつもりなのか、単に話すのが面倒なだけなのかは分からない。
 らしくない――そう言えば、あいつにもそんなこと言われたっけな。
「それもそうだ」と再び自らを嘲って、サイは少女の居た噴水前へそそと腰掛けていた。
「サイさんのお眼鏡に叶う女ってのは、どいつもこいつもみんな同じっすねえ。俺にゃあ無理だ。いつでも待っててくれるお姉さんの方がずっといいって思えちまって」
「お前の言ういい女ってのは、出すもん出さなきゃ相手にもしてくれねえ女のことだろ? そんなのとあいつを一緒くたにしてくれんなっての」
 皮肉たっぷりに言いながら、傍らの止まり木をトンと小突いてやる。すると、とうとう樹上からの応答は、長嘆息とともに吐き出された細い煙の筋だけとなってしまった。露骨に機嫌を損ねた様子だが、知ったことかと開き直る。
「――帰ってきますかね、あの子」
 しばし目を伏せ、瑞々しい青葉の香りを孕む風の音をぼんやりと聞いていた。
 樹上の弟は、気兼ねする様子さえもなく、ぬけぬけとそんな質問をぶつけてくる。良くも悪くも、いつも通りだ。
「大丈夫さ、俺の見込んだ“保護者”もついてることだしな」
「善きライバルってやつですか? さっきまで“一緒に連れてくるんじゃなかった”とかボヤいてたくせに」
「まあな。あいつ、思ってたよりずっと姑息な野郎だったんだよ。お前といい勝負だと思うぜ」
「そりゃ、あんまり素直に喜べませんねえ……」

 こいつの揚げ足取りが心地よく感じられるなんて、よほどどうかしている。
 かつてないほど弱りきった心持ちで過ごす、これからの一日と半日は、短いようできっと、途轍もなく長い時間となるだろう。
 会議をすっぽかした自分を捜していたというレヴィンのもとへ、そろそろ足を運んでやるとしようか。きっと今頃あの男も、辛気臭い面構えで憂いを持て余しているはずだから。
 苦々と笑顔を繕って、サイは茜に色づいた空を見上げていた。
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