Reineseele(2/26)縦書き表示RDF


Reineseele
作:れいちぇる



第二話 森の中の少女


 森の奥に木々が無く開けた土地が在った。そこにはすこし大きめの洋風の建物が建っていた。それほど古びてはいない。窓ガラスなどにも欠けは無い。花壇はあるがこの季節では花のほとんどは枯れている。庭木は丁寧に手入れされていた。こんなに深い森の中にも関わらず、この洋館には人が住んでいる。そんな雰囲気を十分漂わせていた。

 森の方から人影が近づいてくる。大分暗いが、今は夕方。黒くて厚い雲がなければ、太陽が森の木々の中に吸い込まれきるのも時間の問題、といったころだ。人影が森から出ようとした時、雨が降り始めた。少々激しい。人影が小走りで洋館へと近づく。庭木に挟まれた小道を抜け、正面玄関へと駆け込む。
「ふぅ」
何とかずぶ濡れになる前に帰ってこれたという安堵の声だろうか。それは少し高い澄んだ声だった。声の主が扉を閉めるのとほぼ同時に、一階の奥の部屋から長身で細身の、黒い服を着た男がタオルを片手に出てきた。
「そろそろ帰ってくる頃だろう、と思ってましたよ」
「佐井さん、わかってる〜ぅ」
タオルを受け取り、少し背の低い少女が軽口をきいた。
「替えの服、ある?さっきちょっと汚しちゃったし」
と広く背中の開いた、だぶだぶの白い服のお腹の辺りを指差しながら聞いた。黒い染みがある。佐井と呼ばれた男はうなずき、続けた。
「これからどんどん寒くなります。あまり無茶をしてはいけませんよ」
わかってるって〜、と明るく返事をして二階の部屋へと少女は駆け込んだ。

森が完全に暗くなった。
 ちょっと大き目のテーブルに食事が並べられている。そのテーブルを挟んで向かい合って少女と佐井が座っていた。少女は長い金の髪に緑の瞳で、今は眼鏡をしている。きれいな顔立ちをしていた。ぱくぱくと料理をほおばっていく。とてもおいしそうだ。
「今晩もご飯が美味い!生きててよかった〜ってこのことだ!」
なんとも能天気な様子だ。そしてよくしゃべっている。一方の佐井は少女の相手をしつつ、非常に落ち着いて料理を食べていく。一足先に完食して物足りなさそうだった少女を見、少し呆れた感じで一言。
「わたしの分、少しいかがですか?」
少女は喜んで佐井の分を分けてもらった。



「雨が降ってる夜のお屋敷って、不気味に暗いから怖いんだよね…」
ダイニングから自室に戻るまでの間、少女は佐井の後ろに少し隠れるように、そして窓から離れて歩いていた。雨足が強くなっている。佐井が少し笑うとちょっとムキになった。
「怖いものはしょうがないじゃん!」
と反論したその時、前方に何か見えた。瞬間に完全に佐井を盾にして目をつむっている。
「ほら、坂田さんですよ。」
佐井は使用人を指し、少女をなだめるように優しく言った。坂田と呼ばれた使用人は少女に謝り、ベッドメイキングをしていたと説明をした。怯えて佐井の影からのぞいていた少女は、心からほっとしたような表情を浮かべ、佐井とともに部屋へと入っていった。

佐井に手を引かれ、ベッドの上に座り、もそもそと入っていく。
「この季節、一雨ごとに冷えますからね。いつもみたいに布団をはねてしまったりすると風邪をひきますよ」
佐井に忠告された。事実のため、言い返せない。

「おやすみなさい、来音らいね
「うん、佐井さんもおやすみなさい」
来音と呼ばれたその少女は、雨音を聞きながら程無く静かな寝息を立て始めた。とても穏やかで、佐井はその寝顔に対し微笑んだ。その後、物音を立てないように注意して、少女の部屋を後にした。


佐井の自室。
彼は無言でコンピューターに向かっていた。コンピューターの他にも机の上にはモニターがいくつかある。それらに監視カメラのものと思われる複数の画像が映っていた。モニターを見て電話に手を伸ばし、どこかに連絡を取った。コンピューターのディスプレイには何かたくさんの数値の羅列やグラフが見られたが、それが何の数値かはわからない。最初に番号などがふってあった。

被検体No.0033 性別Female 年齢20years

理解できるのはこれだけだ。





 朝だ。昨日からの雨は上がっていない。が、幾分か勢いは弱まっているようだ。ぱらぱらと小気味の良い音に導かれるようにまどろみから覚めた。
「ん〜…っぱぁ!」
軽く伸びをして少女は目覚めた。しかしここからが長い。ベッドから出るまでにいつも三十分以上かかっている。顔を洗って眼鏡をかけ、ダイニングへと向かう。ダイニングでは既に佐井が席についていた。
「おっはよ〜ございます!」
「おはようございます。今日はいつもより早いですね」
雨音に起こされた、と明るく答え、食卓につく。並べられる食事をやはりパクパクと食べていく。しかし朝食では佐井の分をもらう事はなかった。
「朝はまだ晩御飯分のエネルギーが残ってるもんね!」
だそうだ。
 食後のお茶もいただいた後、佐井が来音に言った。
「今日はいつもの検査以外にも幾つか検査がありますよ。まあすべて今までやったことのあるものばかりですが」
「今日は何?長めの脳波とか?森の奥に行った後の日って必ずするよね…。もういいと思うんだけどなぁ」
「血液検査のほかMRIも受けてもらいます。少しでも異常が出ていないか、心配ですから」

 その洋館は二階建てだった。地上の部分だけでも十分な広さを持っているが、さらに地下が広い。というよりも地下施設がメインともいえるような構造だった。地上部は完全に居住用、地下はどこかの医学部付属病院顔負けの設備を備えて、あらゆる検査、研究のニーズに答えられるような施設となっていた。
 午前中、来音はたいていこの地下施設の中に居る。身長、体重、基礎体力測定などの日常検査以外の項目には検査結果が出るのに時間のかかるものもあるため、検査後よく施設の中をふらふらしていた。今日も例外ではない。来音は入ったばかりの研究員でも彼女の顔を知らないものはいないといってもいいくらい、いたるところに出没していた。

今では使われていない、カプセルのたくさん並んでいる部屋。
何か動物がいたのだろうと思われるようなケージ。
様々な動物実験を行っていた部屋。

 そのどれもが特に隔離されることもなく開放されており、来音にとっては子供の頃から遊び場であった。彼女は研究員が検査している様子を観ているのも好きだった。ただ一部屋だけ、どうしても入れない場所があった。そこはお墓だと聞かされている。実験に供された動物たちのための。その部屋は暗い通路の奥にあり、彼女はお参りしようとしても一人ではどうしてもできないでいた。

 彼女は追加検診が嫌いだ。日常検査は午前中で終わるのだが、追加検診はその後すぐ行われ、また検査自体に時間がかかるために昼食を取るのが遅れる、または昼食抜きとなることが多々あるためだ。今日は幸いなことに昼食抜きにはならなかった。少し遅れはしたが。
 午後は基本的に何もすることはない。自由に洋館内を行動している。庭木や花壇は彼女が手入れしていた。あまりにも暇でやることを探していた時に使用人を捕まえ、やり方を教えてもらったのだ。明るく活発で屈託のない来音は、屋敷中でも人気者だ。しかしどこかで、彼らの間で引かれた線を感じている。
…知っているのだ。自分は研究対象であることを。皆がその自分に対し、不安をわずかながらも覚え、無意識ながらも不気味さを感じているということも。彼女はそれが嫌だった。

 だが、佐井は違った。来音の研究主任は佐井であるのだが、彼は彼女に対しあからさまな研究対象としての見方や、不安と言った感情の一切を見せたことはなかった。来音にとってただ一人、本当に信頼できる人間だった。


 そろそろ夕方が近い。陽は見えないが、雲の切れ間から見える空の色が教えてくれる。
「昨日の最後…やっと…。いやいや、まだまだダメ…うん、完全にコントロールできないと…きっと…」
来音は庭を散歩しながら考え事をしていた。昨晩、今朝のような明るい彼女のようではない。近くに佐井はいない。独り言は続く。
「うまく行くかなぁ…」
少し無言が続いた後すぐこう言った。
「わっかるわけないよね!まずはやってみないとね!」
それは自分に言い聞かせるためわざと大き目の声で言ったようでもあった。その後少し考えこんでいた。
「できるようになったら…言おう。絶対!」
何かを吹っ切ったように声を張った。
 今日の服装は昨日と異なり背中は開いていない。雨が上がり気温が下がったため、一枚上着を羽織っていた。枯れてしまっている花壇の花々を見て少し悲しそうな顔をしていたところに、佐井があらわれた。少し難しい顔をしている。
 その顔を見て不安そうにしている来音に対し、佐井は申し訳なさそうに言った。
「また、お願いできますか」
 彼女は特に表情を変えることもなく、むしろそれをチャンスとも捉えたように頷いた。ところが次の瞬間。
「あっ で、でも!」
佐井は何か都合が悪いことがあるのかと心配したが、彼女はすっとんきょうなことを言った。
「服…替えてこないと!」
佐井の横を抜け、洋館に向かって走っていった。


 背中の開いた服を着て、眼鏡を外した来音が洋館と森の狭間にやってきた。下はカーゴタイプのパンツ。昨日とあまりかわらない。眼鏡を外したためか、目を少し細めて駆けてきた。慌ててきたため相当着乱れている。照れくさそうに直しながら佐井の方を見た。

「じゃあ、行っきますよ〜!」
目を閉じ深呼吸を2度すると、彼女に変化が現れた。
髪が黒くなっていく。それとともに髪が短くなった。少年のようにも見える。
完全に黒くなった後両目を見開くと、グリーンだった瞳が赤色を帯び、茶色となっていた。
「あああああああっ!」
少し力むような声をあげ背中を丸めると、その小さな背中の中央よりやや左、肩甲骨の下あたりから何かが現れた。それは彼女の背丈よりも長い、節足動物の脚のような物だった。先端は非常に鋭い。その後、右側の首の付け根から肩にかけてが隆起し、形を変えていく。それは作業用ロボットアームのようだった。かなり長く、しなやかに動いている。先端は三又に分かれていた。
「ふぅ」
相当疲れるらしく額に汗が浮かぶ。最後に左腕を曲げ、おどけて力コブを作るような仕草をすると、突然左肩から下が膨張し、姿を変えた。あまりに巨大な掌にある指先は尖っている。

 彼女がそれだった。

 佐井に微笑んだ後、出発の挨拶をした。まだ声は少し高くて澄んだ彼女のものだった。森に向かって駆け出し跳躍すると、右肩の腕で高い枝を掴み木に登り、森の奥へと消えていった。あれほど巨大なものを三つその身につけていると感じさせることが無いほど、軽やかだった。







ネット小説ランキング>SF部門>「Reineseele」に投票





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう