第76話 オ・ハ・ナ・シ・しましょうか?
俺の否定の言葉に銅像のように固まってしまった少女を余所に俺は食事に戻る。
「ちょっと待ってください!」
「何か御用でも?」
少し迷惑そうな視線を向けると少女は少し怯んだようだ。
「そのぉ、本当に山並 楽太郎さんじゃないんですか?」
「えぇ、違いますよ?」
そう答えると今度は固まらずに返事を返してきた。
「そうですか、突然お声を掛けてすみませんでした」
・・・素直に謝られるとちょっと罪悪感を感じるが、名乗りもせずに相手の名前だけを確認するのは無礼と言うか怪しい。
オレオレ詐欺やワンクリ詐欺、新興宗教の勧誘とかも名乗らない事が多いしな。
一応名乗り忘れも考慮して穏便な嘘で対応しただけだから問題ない・・・筈。
決して面倒だから嘘吐いたわけじゃないよ?
それに異世界の宗教関係者は|頭がおかしなのしかいない《・・・・・・・・・・・・》。
それが異世界に来て学んだことだ。
※ 出会ったサスティナ教会の人間は皆頭がおかしかった。
「いえいえ、お気になさらずに」
「そう言って頂けると助かります」
お互い社交辞令を述べ、俺は食事に専念してさっさと店を出る事にする。
そうして少し味気なくなった食事を終え、店を出ようと入り口へ向かうと、件の彼女が立っていたので横を通り抜けようと近付くと彼女が突然倒れ込む。
「おい!」
俺が慌てて彼女の体を支えたので倒れる事は無かったが、俺の声が聞こえないのか全く反応がない。そのかわりと言っていいのか、痙攣を起こしたように体が震え、何やら目が逝っちゃってる。
こりゃヤバい。
そう思い俺は適当な布を「無限収納」から取り出すと片手で無造作に床に広げ彼女をその上に寝かせる。
一応吐瀉物等が出ないとも限らないので窒息しない様に横向きにすることも忘れない。
病気か?それともヤバいお薬でも飲んでるのか? 新興宗教ってお薬の力で幻覚見せたり神のお告げとか言ってハイになるんだろ?
そんな事を考えていると、彼女の護衛っぽい武装した女性が走り寄って来た。
「すみません。リディアーヌ様は大丈夫なので離れてもらってもよろしいでしょうか?」
「うん? あぁ、申し訳ない。確かに離れた方が良さそうですね」
俺は彼女の背中を支えて横向きにしつつ、顔を覗き込むような体勢で考え込んでいたから、傍から見るとちょっと不謹慎な事をしそうな体勢に見える。
「窒息しない様に横向きになるよう支えておいた方が良いですよ」
そう言って女性と位置を入れ替わる。
「そうなんですか?」
「痙攣や意識を失うような場合、仰向けだと吐いた物が詰まる事があるんで横向きにした方がリスクが下がるらしいですよ」
「知りませんでした。ひょっとしてあなたは治療師なのですか?」
治療師? 聞いた事ない職業が出て来たな。多分、医者みたいな職業の事だろう。
「いえ、たまたまそう言う知識を知っていただけですよ。
私はしがない冒険者をやっています。
ところで彼女は大丈夫なんですか?」
「えぇ、大丈夫です。突然で驚きましたが、彼女は今、神託を受けているんですよ」
・・・え? マジで?!
それって俺が嘘吐いたのがバレるって事じゃねぇの?
急に嫌な汗が背中を流れるのを感じる。早く逃げなきゃ。
「そ、それじゃぁ、私はこれで失礼させて貰いますね?」
「あ、この布をお返ししないと」
「差し上げますんで失礼します」
「そんな、悪いですよ」
「いえ、良いんですよ」
なんて押し問答してたら寝ていた少女に足首をガシッと掴まれた。
「?!」
「・・・見つけましたよ」
そう言って満面の笑顔で俺の顔を下から覗き込むリディアーヌだっけ? それなりに顔が整ってる所為でちょっと怖い。
「な、何を見付けたんですか?」
「山並 楽太郎様です!
やっぱりあなたがそうだったんじゃないですか!」
「「え?」」
俺と護衛の女性の声が見事にハモる。
「い、いえ、違いますよ?」
そう答えるがリディアーヌは確信めいた表情を崩さず断言する。
「キュルケ様から神託がたった今あったんです。
『あなたの目の前の男性が山並 楽太郎様です』との神託が!」
『神託って、ダイレクトで?! しかもこっちの様子まる見えかい!』
そう突っ込みたい衝動を必死に抑え、俺は状況を打破しようと店の中を見回すと数人の男性が食事をしていた。
「あちらの方々ではないですか?」
「いえ、あなたです。キュルケ様は私の目の前の男性と仰いました!」
ふむ、目の前の男性か。
「すみません。私、あなたが神託を受けている最中はあなたの後ろ側にいたので目の前には居ませんでしたよ?」
「えぇ?!」
そう言って護衛の女性の方を振り向くが、彼女も俺の言葉に嘘が無いと首肯する。
「そんな・・・」
そう言葉が漏れた時、護衛の女性から声が発せられる。
「確かにこの方は後ろ側にいらっしゃいましたが、リディアーヌ様の顔を覗き込んでおられたので目の前の男性と言う表現であれば彼で問題ないと思われます」
「「?!」」
ミスリード失敗か・・・。
俺は仕方ないと肩を竦めながら答える。
「百歩譲って私が山並 楽太郎さんだったとしましょう。その場合、自ら名乗らず急に名指ししてきた怪しい人物と話をする気になんてなりますかね?」
正直、世間話程度なら名乗らなくても会話する位はありだと思う。
だが、今回のように名指しで用件がある人物に名乗らないと言うのは頂けない。
俺はそれを指摘すると、非礼を詫びる様に少女が答える。
「すみませんでした。私は山の女神キュルケ様に使える神官をしております。リディアーヌと申します。
そして彼女はルイン。私の護衛をして頂いてます。
本日はキュルケ様より神託を頂き、あなた様を探しておりました」
彼女に紹介されたルインの方を向くと、こちらに向けた視線は切らずに一礼してきた。
ふむ、宗教関係者か・・・やっぱり関わりたくないな。
「初めまして、私は山並 楽太郎と申します。
私の様な俗人としては神様と係わるのは恐れ多いので遠慮させてください」
そう言って立ち去ろうとするが、リディアーヌに止められる。
「お待ちください。キュルケ様よりあなた様とお話がしたいとの言伝を預かっています」
山の女神キュルケ・・・悪魔のダンジョンの件か?
「私からは用はありませんよ?」
「ここでは何ですので是非とも私達の神殿にお越し頂けないでしょうか?」
言葉使いは丁寧だが、自分たちの本拠地に連れて行こうとするなんて、恐ろしい人達だ。
「すみませんが、私はあなた達を信用しておりません。そんな方達の巣窟に足を踏み入れる勇気を私は持ち合わせていないので遠慮させてください」
慇懃無礼に返答すると護衛の女性が顔を顰めるが、少女の方は気にしていないようだ。
「そうですか、わかりました。
ではここで我が神より賜りし神託を告げさせて頂きます」
「は?」
思わず間抜けな声が出てしまったが、少女は構わず言葉を続ける。
「えーっと、『私は山の女神キュルケと申します。突然の事で大変驚かれたとは思いますが、どうか私とウェイガンとの対話に応じて頂けないでしょうか? あなた様に危害を加える様な恐れ多い事は一切ございません。どうか、どうかお話をさせて頂けないでしょうか? よろしくお願い致します』との事です」
・・・
「え? どういう事?!」
少女の言葉に俺だけではなく護衛の女性も驚いた表情で固まっている。
「ですから、キュルケ様はあなた様との対話を望まれているだけなのです」
至極まともな内容に驚く。
と言うより、本当にキュルケと言う女神がこれ程遜って神託を告げるって、どういうことだ?
てっきり何かを命令して来るのかと思ったんだが、そうではなさそうだ。
「そのぉ、突然対話をと言われましても、神様と連絡を取る手段なんて持っていると思います?」
せめてもの抵抗として聞いてみると、あっけらかんとした口調で答えてきた。
「キュルケ様は呼び出しを行っているそうなので、あなた様がそれに応じて頂ければ良いそうですよ?」
・・・ずっと着拒してるのに掛け続けてるのか?
ある意味恐ろしいまでの女神の執念を見た気がした。