ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
【3】影へ近付く-3
「もしかしたら、亜希さん誕生日なの?」

 ユキは、目を丸くして悠奈に向かって声を張り上げた。

「え…わたしが知ってるはずないじゃない。ユキちゃん、聞いてないの?」

 悠奈は、驚いているユキをなだめるように言う。

「あなたたち、亜希の誕生日パーティって知らずに来たの? 亜希とどういう知り合い?」

 突然、ユキの前に座っていた、ピンクのウィッグを着けた、ボンデージスタイルの女性が二人の会話に入ってきた。

「え…あ、わたしたち居酒屋でバイトしてて…。そこに亜希さんが来てたんで…。だから、知り合ったんです」

 ユキは、戸惑いながらも、途切れ途切れに返事を返した。

「…へ〜、めずらしい。じゃあ、普通の学生よね?」

「ええ…。めずらしい?」

「だって、亜希って普通の学生の知り合いなんていないもの。ここに集まってるメンバー見ても分かるでしょ? まあ、亜希のファンみたいなコは学生に山程いるけどね」

 彼女は、小馬鹿にしたように笑うと、シガレットケースから煙草を取り出した。
 悠奈は、彼女の言葉を聞いて、再度この場にいる人達を眺めたが、ウィッグの彼女の言葉は十二分に納得できた。悠奈とユキは普通過ぎて、この場の空気から完全に浮いている。悠奈は、十数名のその輪の中に座っていることに、海外に来たような違和感を覚えた。
 一瞬、周りがどよめいたかと思うと、スタッフの二人が、席までシャンパンと大きなケーキを運んできていた。

「亜希さんのお誕生日祝いなんですが…。いらっしゃらないですね。このシャンパンはオーナーからのプレゼントで、こちらのケーキはスタッフからです」

 そう言って手際よくシャンパンを抜いてグラスに注ぐと、もう一人のスタッフが各席に置いていった。留美は、彼等にありがとうと言い、全員にシャンパンがいきわたるのを確かめると、座ったままグラスを掲げた。

「じゃ、その辺をふらふらしている主人公は放っておいて、もう一度乾杯しましょ。亜希、二十二歳の誕生日、おめでとう」

 彼女の声の後に続いて、おめでとうという声が飛び交う。
 クラッカーを鳴らし、残っていたシャンパンをかけあって盛り上がっている彼等を見ていると、悠奈は何故か居心地が悪くなり、ユキにトイレに行くと言って席から離れた。

 ―巧くんはどこにいるんだろう?

 客が増えてきている通路を抜けてカウンターまで行ったが、彼の姿は見当たらない。携帯電話をロッカーに入れてしまっていた彼女は、人込みの中から巧を探し出さなければならなかった。
 巧は、ダンスからは縁遠いタイプで、フロアの中にいることはまずない。一F席を探し回って巧を見つけられなかった彼女は、二階席への階段を途中まで上った所で、ふと足を止めた。階段を上がってすぐ右側にトイレがある。その横に、巧は壁に凭れて立っていた。彼の横には、まだ十代に見える、流行の服装で固めた女の子が立っている。二人は楽しそうに、お互いの頬をつねってじゃれあっていた。
 悠奈は、数秒の間、二人から目を逸らすことが出来ず釘付けになったが、巧が女の子の頬に唇を近付けた瞬間、跳ねるように階段を降りてカウンターまで早足に歩いていった。

 ―どうして、わたしが逃げなきゃいけないの?

 カウンターでジントニックを注文し、ウェイターがグラスに氷を入れジンとトニックを注ぎライムを絞っている手慣れた様子を見ながら、自分の行動を冷静に思い返して心の中で苦笑いした。
 巧の行動は、全く予想できなかったことではない。過去にも浮気はあったのだし、こういう場所に来れば、普段よりも開放的にもなることくらい分かっていた筈だ。少しでも彼を放っておいた自分が悪いのだと、自分に言い聞かせようとしていた。

「放っておけばいいわ…」

 口に出して呟くと、ウェイターに渡されたジントニックのグラスを一気に飲み干す。
 すぐに、ジンライムを追加注文し、グラスを持ちながらフロアに向かった。身体に入ったアルコールが胃の辺りで熱くなって蒸発しているように感じる。更に一口、グラスに口をつけ、アルコールの力で巧の存在を頭の外に追いやろうとした。
 フロアでは、クラブに着いた頃より倍近くの客が踊っていた。皆、決められたようにDJブースに身体を向けて踊っている。
 陶酔したように踊っている人達、どこか周りを気にしてぎこちなく動いている人達、友達同志で輪になって楽しそうに踊る人達、そんな群集を脇から見ていた悠奈は、ふと、一つの空間で目を止めた。

 ―あの人は…?

 彼女は、フロアの真中あたりで一際目立つ女性の姿に目を奪われた。
 背の高いその女性は、目深にチューリップ帽を被っているので表情は分からなかったが、ふわりとした長いスカートの裾を持って、羽が生えたかのように軽やかに踊っている。

 ―なんて…
  なんて、キラキラしているんだろう…
 
 悠奈は、スポットライトを浴びているような、その姿に惹き付けられ、知らず知らずに目で追い続けていた。

 ―まるで蝶のよう… 

 曲が変わった隙をついて、その女性の周りに5、6人の女の子が群がると、一人が背伸びして悪戯気に女性の帽子を奪い、自分の頭に乗せた。

「…え」

 悠奈は、思わず声を漏らして目を見開く。
 帽子を奪われたその人物は、慌てることなくさらりとした前髪を掻きあげながら微笑むと、変わらず曲に沿って心地よく揺れていた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。