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【7】桜の因-1
 悠奈がユキと別れたのは午後7時を過ぎていた。駅前でケーキを買った悠奈は、マンションに戻ると自分の部屋ではなく、そのまま宏樹の部屋に向かう。3階の彼の部屋の前に着くと、門を開けて中に入り、玄関のインターフォンを鳴らした。

「はい〜?」

 インターフォンから、いつもの明るい宏樹の声が聞こえる。

「悠奈です。ちょっと、聞きたいことがあって…」

 彼女がそう言って十秒も経たない間にドアが開き、にこにこ笑っている宏樹が顔を覗かせる。

「いらっしゃい」

 ケーキを持っていた悠奈の逆の手を掴んだ宏樹は、

「入って入って」

と言いながら彼女を部屋の中に入れた。
 彼の部屋は、悠奈の部屋と同じ間取りだったが、通されたリビングは一回り狭く見える。一人掛け用の真っ赤なソファが2対に丸テーブル、TVと本棚が置かれているだけだったが、本棚が壁一面を覆ってしまう程大きかった。

「本だらけって思ってる?」

 冷蔵庫から出してきた缶コーヒーをテーブルの上に置いた宏樹は、ソファに座って本棚を眺めていた悠奈に訊いた。

「うん…意外だな〜って」

 棚に並んでいる本は、法律関係のものから宗教的なものまで、色々なジャンルのものが並んでいた。

「意外って失礼だな〜。ま、そりゃそうだ、そこの本、俺のじゃなくって、亜希のものだから」

 彼は、そう言ってソファに座ると、缶コーヒーを開けて悠奈の前に置く。

「亜希さんのもの? どうしてここに?」

「なんでも、部屋にモノがあると落ち着かないらしくて。だから、リビング見ても分かっただろうけど、ヤツの部屋は何もないよ。俺は亜希の倉庫代わりの部屋をタダで貸してもらってるんだ。みんなで集まる時もいつも俺の部屋。ヤツの部屋には特別な時以外は、俺か留美くらいしか入ったことないんじゃないかな」

「…そうなんだ」

 悠奈は、亜希のリビングを思い出していた。何もない白い空間。ただ、唯一色のあるものは壁にかけられた桜の絵だけだった。自分のごく近くには人も物も寄せつけない。そんな亜希の本質が出ている気がしていた。
 本棚から視線を宏樹に移した彼女は、一息つくと口を開く。

「あのね、宏樹さんて、亜希さんと一緒にいる時、何かおかしなことが起こったこととかない?」

 缶コーヒーに口をつけながら目を丸くした彼は、ごくりと喉を鳴らすと、

「おかしなこと?」

 と、奇妙そうな顔をして悠奈に聞き返した。

「そう。ない? たとえば、彼のまわりで、普段とは違う変な行動をした人がいたとか。何か事件みたいなことがあったとか…」

 悠奈の言葉に、宏樹は一段と訳が分からないといったような顔をしたが、彼女の真剣な表情から冗談で言っていることではないことを察すると、考え込むように斜に視線を落とす。

「…う〜ん〜、変な行動って、俺らの周りは変なヤツばっかだからよく分からないんだけど…」

「そう…。そうよね。ごめんね。変な質問して」

「いや、いいんだけどね…。亜希の周りは変なヤツしかいないしね…。事件的なことって言えばドラッグで捕まったヤツがいるとか、そんな感じかなあ…。そんなの日常茶飯事だしなあ…」

 宏樹は眉間に皺を寄せて腕を組むと、更に考え込むように天を仰いだ。

「そういえば…。事件じゃないけど、亜希の家族や親戚には事故や自殺が多いみたいだな」

「事故?」

「ああ、琴美ちゃん…あ、ヤツの双児の妹ね。も、事故ってるな。車に飛び込んでって脳死状態になっちゃってね。今だに入院中だよ。回復する見込みはないだろうけどね。」

「亜希さんて、妹さんがいたんだ…」

 初めて、亜希に妹がいたことを知った悠奈は、彼のことを何も知らない自分を再認識する。

「そう。その事故を、亜希は自分のせいだって思ってるとこあってね。詳しくは知らないんだけど、あの時、ヤツの伯父の自殺も重なって。亜希はひどく落ち込んで学校にも来なかったな…」

 遠い過去を思い出すかのように、宏樹は目を細める。
 悠奈は、宏樹の情報の中に、自分の周りで起こっているような事実を見つけられなかったが、亜希の身近な人の不幸が彼の力と関係しているのかもしれないと考えた。

「あ、ケーキ、食べてね」

 悠奈は、沈んでしまった場の空気を変えるように、ケーキの箱を差し出して立ち上がる。

「お皿、勝手に持ってきちゃっていいよね?」

 そう言いながら、足早にキッチンに向かった。

「ねえ、悠奈ちゃんてさ、さっきから亜希のこと聞いてるけど、何かあったのか?」

キッチンに届くように声を張り上げる宏樹。皿とフォークを持ってリビングに戻った悠奈は、ソファに座るとテーブルの上の箱を開けてケーキを取り出しながら口を開いた。

「ごめんね。宏樹さんには気分いい話じゃないよね。亜希さんのこと詮索するようなこと聞いて。でも、どうしても知りたい気がかりなことがあったから」

 皿の上にケーキを乗せると、宏樹の前に差し出した。

「俺は別に何もなければかまわないんけどさあ」

 宏樹は、フォークを持ってケーキを一口食べ、

「ん、うまい」
 
 と、にこにこっと子供のように幸せそうな表情をした。


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