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恋した人々
作:皿尾 りお





 夢はあった。一度も試してみたことはないが・・・・。
異様に白い天井を眺めながら、幸雄は思った。
いつからだろう・・・それを夢だと思い始めたのは・・・。
薬の抜けきらない頭で考えてみても、それは、もはや幸雄にとってどうでもいいことに思えた。いつもそうだった。遅すぎるのだ。気づいたころには、いつも遅い。そして、その積み重ねとして目の前には、病院の不自然なほど白い天井があった・・・・

            
 
 朝の山手線は満員にもかかわらず、いつもの時間にいつもの場所に寸分たがわず(幸雄にとってだが)停車した。いつもと同じ朝。幸雄はいつもの吊り革の位置につかまり、流れる外の景色を眺めた。外には初夏の日差しが広がり、いつもは毒々しく見える雑多な広告看板も、色鮮やかに映える。いつもより少しだけ、心の温度が上昇するような朝。色鮮やかな色彩が、心のテンポを軽快なリズムに変える。幸雄はしばらくそのリズムを楽しむことにした。
 しかし、軽快なリズムも長くは続かなかった。一枚の看板が、幸雄のリズムを狂わせる。
 ―どうして生きているの?―
 どうして生きているの?・・幸雄は胸の中でぼんやりと繰り返した。繰り返すと同時に、昔を思い出した。もはや、心のテンポなど存在しなかった。タバコの広告看板であるそれは、幸雄がまだ大学生の頃の記憶を甦らせた。
 美由紀だ。当時、付き合っていた彼女の言葉だ。彼女はいつも唐突だった。
その日は、二人で銀座に繰り出していた。ショーウインドウに映る二人は、確かにお似合いであり、そのことを美由紀も誇らしげに感じているように思えた。
そのときだ。突然、美由紀が空を見上げ、切り出した。どうして生きているの?と。
「??」
幸雄には最初意味がわからなかったが、いつものことだと思い、美由紀を見ると、彼女は空を見上げながら、一枚の広告看板を指差した。そこには、たしかに英語で、
―why do you live?―
とかかれた文字があった。タバコの広告にしては、やけに挑戦的だとそのときは思ったが、そんな幸雄に関係なく、彼女は珍しくまじめな顔で、
「私は、幸雄がいるからだよ。」
と答えた。
 彼女との付き合いは大学1年の春から卒業まで続いた。
「もちろん生きているんだろうな・・・」
 少なくとも、今の彼女の隣には幸雄はいないわけなのだが・・・
 そんなことを考えているうちに、電車は、速度を落とし、いつもの降車駅に滑り込む。
いつもと変わらない朝だった。












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