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体育祭終了後、校内に残った三杉と五月の話です。
三杉さんの内面と、戦いを終えた五月の心情を―――…書こうと思って見事に失敗。(爆)
私立桜木坂大学附属高校
作:木立久美子



体育祭の後に。


 日が沈み、真っ暗になった外の景色とは対照的に、蛍光灯に照らされた室内は煌々と明るい。
 細長く設置されたテーブルに腰を下ろしているのは自分だけで、先ほどまで満席だったことを思えば少し寂しいような気がする。
 なぜ自分だけがこの人と共に残されたのか、見慣れた生徒会室の天井を見つめながら、五月はぼんやりと考えていた。「話がある」と言って自分を呼び止めた張本人はと言えば、先ほどから窓にかじりつくようにして外を眺めていて、五月の方を見向きもしない。
(三杉さんのこと、ときどき、わからなくなる)
 暇つぶしにカチカチと携帯電話をいじりながら、五月は小さくふぅと息を吐いた。
 てっきり皐月のことで相談に乗ってくれるのかと思っていたのに、相手はその話を切り出す素振りを全く見せない。当てが外れた五月は、じゃあそれならどうして自分はここにいるのだろうと、先ほどから何回も繰り返している疑問をまた自分自身に向けることになった。そんなことをするより本人に呼び止めた理由を問うた方が早いのは解っていたけれど、無言で外を眺める三杉の背中を見ていたら、なんだかそれがどうでもいいことのように思えてくる。
(ああ、もう、わかんないや)
 いいかげん考えることにも飽きた五月は、その華奢な背中に、ねぇ、と気怠げな声をかけた。
「何が見えるの」
「うん?」
 三杉が小さく身じろぎする。しかし振り向くことはせず、目は窓の外に向けたまま五月の言葉に反応した。どうやらよく聞こえなかったらしく、もう一度言ってくれと促すように、五月の続きを待っている。
 そのことに何だか無気力感を覚えつつ、五月はゆっくりと「窓の向こうにだよ」と答えてやった。頬杖をついているから少し喋りにくい。
「外、真っ暗じゃん。何も見えないでしょ。何を見てるの」
「あー、うん」
 答えにならない応えを返して、ようやく三杉は振り向いた。表情は特に変化が無く、いつもどおりの、ほわほわした穏やかな微笑みが浮かんでいる。
「ごめん。ちょっと、思い出してたんだ」
「…昔のことを?」
「昔っつーか、去年のこと」
「へぇ」
「さっき、花瀬が校門のところに立ってたよ。ここ、遠くまでよく見えるよな」
「え…花瀬さん、来てたの」
「うん」
 三杉の笑みが深くなる。
 ケータイ閉じろよ、と言われて、五月は素直にパタンと携帯電話を折りたたんだ。それをポケットに仕舞い込みながら、横目で相手の表情を探るように見つめる。
 穏やかで、やわらかくて、その実ちっとも本心を悟らせてはくれない。外面的な優しさでコーティングされた心は、その奥で一体どんなことを思っているのか、何一つ相手に教えてはくれないのだ。
「三杉さん、変わったね」
「そうか?」
「昔はもうちょっと可愛げがあったよ」
「そのセリフそのままお前と皐月に返してもいいかな」
「皐月は今でも可愛いけど」
「のろけんな」
 初めて三杉の笑顔が崩れた。
 眉を寄せながら、やれやれ、と呆れたように肩をすくめる。
「しかも何それ、遠回しに自分のことも褒めてないか? お前らほとんど同じ顔だろう」
「皐月の方が微妙に目おっきいよ?」
「いや多分それ見分けられる人間そんなにいないから」
「そーかなー」
「そーなの!」
 溜め息を吐きながらガタンと椅子をひいて、三杉は五月の隣に腰を下ろした。
 気の置けない仲だからか、それとも単に面倒くさいからなのか、先輩が横に座っていても、五月は全く姿勢を正そうとしない。頬杖を崩し、だらーんと机に寄りかかって、もうほとんど突っ伏しているような状態だ。
 だが三杉はそれを大して気にせず、むしろ怠そうにしている後輩を気遣うように、その頭をそっと撫でてやった。もうほとんど条件反射、幼い頃からの癖みたいなものだ。
 その感触に目を細めながら、五月は少しだけクスッと笑った。
「三杉さん、慰めてくれるの」
「ばかなこと言うなよ。また皐月に嫉妬されるぞ」
「もうされてるよ。三杉さんが、わざわざ俺と2人きりになろうとするから」
「2人じゃないと話が出来ないだろう」
「どんな話? そんなに他人には訊かれたくないの?」
「あのなぁ…」
 語尾を濁し、三杉がこめかみを押さえる。
「…違う。こんなアホらしい会話をするために、お前を残したんじゃないんだよ」
「わかってるよ」
 表情を変えずに答えて、五月は相手を見つめた。
「お説教?」
 短く問いかけると、三杉はちらりとこちらを見やって、そのあと小さく息をついた。
 2人が黙ると、室内は途端に静かになる。遠くでする居残り教師たちの微かな話し声が、よけいに沈黙を際だたせた。先ほどまでは気にならなかった時計の音まで、やけに明瞭にチクタクチクタクと響きはじめる。
 しかし重くはない。面倒くさいとも思わない。
 相手の言葉を待つのは苦痛ではなかった。
 多分それは相手が三杉だからなのだろうと、五月はその小さな横顔をじっと見つめて思った。
「なぁ五月」
「うん」
「お前さ、本当は迷ってたんだろう?」
「え」
 思わず目を瞬き、五月は体を起こした。
 相手の言葉を理解するのに通常よりも時間が掛かる。
「…何を」
「俺のために負けること」
 にっこりと笑って答えた三杉は、ようやく言いたいことがまとまったと、何だか晴れやかな顔をしていた。
 混乱している五月のことなどお構いなしに。
「無自覚なのか、それとも知ってるうえで気づかないふりしてたのか、そのへんはよく解らないけど。でもお前、心のどこかで迷ってただろう。予定通り俺の指示に従うのか、それとも皐月との約束を守るのか」
「何…言ってるの」
 五月は眉をひそめて、目の前の先輩をじっと見つめた。
 この人の言うことはいつも唐突だ。のんびりと日和見で、他人の弱点なんか興味ありません俺は平和主義ですって顔をしながら、そのくせ時折妙に鋭い。
 学年主席は伊達じゃなかったのだと、今更ながらに五月は痛感した。
「馬鹿なこと言わないで、三杉さん。俺は迷ってなかった。あんたに借りを返したんだよ。指示には逆らわなかったし、最後はちゃんと紅組を勝たせた」
「そうだな。お前の意思はどうあれ、結果的にな」
 クスクスと三杉が笑う。彼の高校在学時、双子はよく3年生達にからかわれ遊ばれた。今の三杉の表情は、記憶にあるそのときの顔と酷似して…いや、ほとんど重なって見えた。
 人の良さそうな顔をして、三杉が言う。
「リレーの最後、お前、本気で走ってただろう? 緒方君を抜きそうな勢いだったよ」
「それは」
「俺を裏切るかどうかは別にして、勝ちたい、とか思わなかった?」
「…思ってない」
 珍しく不機嫌そうに呟いて、五月は相手から目をそらした。
 ここ最近、誰かをからかうことはあっても、誰かにからかわれることなんて滅多になかったから、うまくかわすことが出来なかった。
「俺はね、正直すごく意外だったよ。五月が皐月を騙し通すなんて」
「は?」
「てっきり、途中で寝返るか、皐月を自分の方へ引き込むかと思っていたのにな」
「…三杉さん」
 無邪気に微笑む三杉に、真っ黒な羽と尖った尻尾がはえたように見える。
 五月は顔を歪め、大きな溜め息を吐きながら手のひらに顔を埋めた。
「ひどいや…俺のことも捨て駒だったんだ」
「いや、そんなことないよ」
「それ以外の何だっていうの。つまり、俺が寝返っても別に構わなかったってことでしょ」
「うんまぁそれはそうなんだけど」
「イコール捨て駒じゃん」
「あっはっは」
「笑って誤魔化さないで」
 手の隙間から横目でちらりと三杉を見やり、五月はなおも恨めしげに続ける。
「…俺の抜けた後は、誰に穴埋めをやらせるつもりだったの」
「渡瀬」
「はぁ?」
「紅組勝たせてやるんだから、あいつも利用できないことはないかな、と」
「…馬鹿でしょ。いくら渡瀬会長でも、桐谷先輩相手にそんな不誠実なこと出来るわけ無い」
「そうかな」
「そうだよ」
 顔を上げた五月は、仏頂面でなおも三杉を睨み続けた。
 涼しい顔で五月に同調するような受け答えをしながら、きっと内心ではやってみなくちゃわからないだろうとか思っているに違いない。いや、絶対にそうだ。そう考えた五月は、なんだか両肩にものすごい重みを感じた。いつも渡瀬会長に振り回されている鳴沢の気持ちが、今更ながらに理解できる。こんなときに理解したくないとは思ったが。
 五月は溜め息を吐いた。
 この人はひどい。ひどい人だ。いやもちろん長い付き合いだしそれくらいのことはとうの昔に承知していたけれど。
 でもやっぱり、今回のは本当に酷い。
「――…どうしてくれるの。俺、皐月との約束やぶっちゃったんだよ」
「お前が決めたことだろう?」
「そうだけど。でも、」
「言っておくけどな、五月。皐月が怒ってるのは、お前が隠し事してたからとか、約束やぶったからとか、そう言うことだけじゃないと思うぞ」
「…え」
 目を瞬いた。わけがわからない。
 五月は首をひねり、身を乗り出すようにして三杉の顔を覗き込もうとした。
「それ以外の何があるの」
「わかんないのか?」
「だから訊いてるんじゃん」
「片割れのことなのに解らないのか。意外と鈍いのな、お前」
「うるさいな」
 気分を害して眉をひそめ、五月は椅子に座り直す。憮然としながら三杉を見やり、先の言葉を促した。 
「じゃあ教えてよ。三杉さんは解るの?」
「簡単なことだろ」
 三杉がフッと笑う。人前では滅多に見せない表情だ。
 がしっと五月の頭を掴んで引き寄せると(けっこう痛い)、彼は笑みをたたえたままこう言った。

「お前が本気になったからだよ」

「…は?」
 一瞬、意味が解らず目をぱちくりさせる。
 五月は暫く黙り込んで、ようやく相手の言った意味を理解すると、眉間にわずかな皺を寄せた。
 それを見た三杉は口元の笑みを消し、ぱっと五月の頭を放したかと思うと、視線をまた窓の方へ向ける。
「緒方…遼平くんだっけ。お前、あの子のこと気に入ってんの?」
「何、それ」
 五月の声が険を帯びる。ふざけたことを言うな、と言外に含めているのが分かった。
 が、わかったところで、それを気にする三杉ではない。再度にっこりと微笑んで、不機嫌な後輩の頭をわしゃわしゃと撫でくり回した。
「そう怒るな。良い傾向だよ。お前が皐月以外の人間を気にするなんて、滅多にあることじゃないからな」
「…別に俺、あんな生意気なヤツ、気にしてなんか…」
「そうか? してるように見えたぞ。だから皐月も怒ったんだろう」
「…」
 否定したい。
 否定したいのに、否定する理由と根拠が見あたらない。
 五月は無言で相手の手を払いのけると、そのまま拗ねたように目をそらした。相手の言葉の正当性を、自分自身の負けを認めたも同然だった。
 三杉はそれを見て、愉快そうにケラケラと笑う。

「まぁまぁ、そんなに気を落とすなよ。単純な皐月あいつのことだ。お前がキスの1つでもしてやれば、すぐ機嫌直すに決まってるって」

「――…三杉さん、ホント性格変わったよね」

「そうか?」

 三杉がきょとんと首を傾げたそのとき、ガラリと扉が開く音。
 戸締まりにやって来た教師が2人を見つけ、「早く下校しなさい」と帰宅を促した。



三杉さんが何を考えているのか、本格的に解らなくなってきました。
単なる作者の力量不足なのか、それとも三杉さんが暴走しすぎなだけなのか……もしかしたら両方かな。













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