常識人達の苦悩。
オレが桜祭の実行委員になってから、数日が経った。
今日の部活は休みだったので、放課後は生徒会室で執行部の手伝いをしなければならない。
学年委員会の顧問に呼び出されたという竹下と教室前で別れて、オレは溜め息を呑みこみながら生徒会室へ向かう。これ以上、幸運を逃がしてたまるもんか。
ガラっと扉を開くと、書記長の鳴沢先輩がオレを笑顔で迎えてくれた。
「よっ、緒方」
「ちわーっす」
思わず部活のときと同じノリで挨拶をしてしまう。
でも、鳴沢先輩も体育会系出身なので特に違和感を感じなかったらしく、ただ少し懐かしげな顔で目を細めていた。
…そっか、最近は忙しくて、あんまり部活の方に顔出せないんだもんな。
カバンを下ろしたオレは、ふと気がついて目を瞬いた。
「あれ? 今日はなんだか少ないですね」
中を見渡すと、オレを含めて4人しかいない。
渡瀬会長と桐谷副会長の姿が見えなかった。(ちょっとホッとする)
「2人とも、職員室に呼ばれてるんだ。いろいろと打ち合わせもあるからな」
「そうなんですか……ん?」
ふと目をやった先に、なんだか不思議な物を見た。
鳴沢先輩の隣のデスクで、双子の片割れ(たぶん五月先輩)が電卓を片手に何やら計算をし、もう1人(皐月先輩)がその背中に負ぶさるような形で手元をのぞきこんでいる。まるで抱き人形だ。
ここは突っ込むべきか否か。
少し迷った後、オレはおそるおそる声をかけた。
「あの…」
「「何」」
間髪入れずに、ぶっきらぼうな返答。
めげずにオレは言葉を継いだ。
「ちょっと聞きたいんですけど…先輩、一体なにやってるんですか?」
「見て分かんないの。桜祭経費の計算だよ」
「いえ、五月先輩のことではなくて。…皐月先輩、なにやってるんですか? そんなに引っ付いてたら、五月先輩の邪魔になるんじゃ…」
「余計なお世話だよ、緒方遼平。俺と五月は一心同体なんだから大丈夫だよ」
「…そうですか」
何が大丈夫なのかは知らないが、五月先輩が何も言わないところを見ると、本当に大丈夫なのだろう。きっと。
すごすごと戻ってきたオレを見て、鳴沢先輩が笑った。
「あの2人がああして引っ付いてるのは、いつものことなんだよ。ホント異常なくらい仲が良いんだよなー、あいつら」
「い、いつものこと…ですか」
「うん、いつもあんな感じ。まっ、最初のうちは気になるだろうけど、慣れればどうってことないからさ」
「はぁ…そうですか」
長身の男子高校生が、同じく長身の男子高校生(しかも顔まで全く同じ)に甘えている姿は、オレから見ればものすごく異常な光景に思えるのだけど、鳴沢先輩はそうでもないらしい。
――――…慣れってすげぇ。
「ところで緒方、これ。1年B組の模擬店の場所が決まったから、またクラスに知らせといてくれ。それとこっちが、今日の分の仕事な。もし誤字脱字があったら、こっちのシールで修正を頼む」
「あ、はい。わかりました」
とりあえず、仕事を終えなきゃ帰れない。
(いや、鳴沢先輩は帰してくれるだろうけど、きちんとやらないと後で桐谷先輩が恐い)
オレは鳴沢先輩から必要な書類を受け取ると、さっそく仕事に取りかかった。
数十分後。
書類と睨めっこしていると、どうしても集中力が途切れがちになってくる。
(渡瀬会長たち、まだ帰ってこねーのかな…)
そんなことを考えながら、無意識のうちにフッと扉の方へ見やった次の瞬間、オレはハッと慌てて目を伏せた。
(バカ! なに考えてんだオレ! あんな変態野郎なんか帰ってこない方がいいに決まってんじゃん!)
なんだか自己嫌悪。
いつのまにか手が止まってしまって、そんなオレを見た鳴沢先輩が「ちょっと休憩しようか」と言ってくれた。
「なんか飲む?」
「あ、い、いいえっ。お構いなく…」
「遠慮するなよ〜次期生徒会長」
「そーそー。こういうときは素直に甘えとくもんだよ〜次期生徒会長」
「ちょっ、五月先輩っ皐月先輩っ! 重いです!」
いつのまにか背後に来ていた双子が、ずしっとオレに乗っかってくる。
べしゃっと机の上に押しつぶされながら、オレは横目でめいっぱい2人を睨んだ。
「それに、その“次期生徒会長”っての、やめてください。オレはまだ選挙に出るとかそういうこと考えてないし…」
言いかけて、ふと思い出す。
「「何?」」
急に抵抗をやめたオレを見て、双子が怪訝そうな顔をする。
オレは、いや、と軽く首をひねりながら呟いた。
「そういえば…どうして“オレ”なんだろう」
その呟きを聞き取った双子が、あからさまに「はぁ〜?」って顔をする。(オレからのアングルじゃよく見えないけど)
「緒方、まだそんなこと言ってんのー?」
「言ったじゃん。後継者が必要だから、執行部会議で決めたことだ、って。ねー」
「ねー」
「いえ、ですから、そうじゃなくて」
とにかく退いてください、と肘で2人を押し返してから、オレは小さく息をついた。
「後継者が必要なのは分かりました。でも、なんでいきなりオレが“次期生徒会長”なんです?」
「「?」」
「別にオレじゃなくても、天宮先輩たちがやればいいじゃないですか。まだ2年生だから、来年度もあるんだし」
「「あー…」」
「新参者のオレが選挙に出るよか、ベテランの五月先輩や皐月先輩が次期生徒会長になる方が、よっぽど自然だと思いますけど?」
それは素朴な疑問だった。
ずっと考えてはいたんだけど、実際に尋ねてみたのはこれが初めてだ。
何も、オレが生徒会長にならなくったって、来年度は双子のどちらかが会長をやればいいんじゃないか、と。
いくら後継者不足だからって、2年生を差し置いていきなり1年坊主をトップに立たせようだなんて、ちょっと納得がいかない。
そう言ってふと視線をはずしたら、なんともいえない微妙な表情で微笑(…いや、苦笑か?)している鳴沢先輩と目が合った。なんなんだ、一体。
「鳴沢先輩…?」
「…あー…そのことなんだけどな、緒方。俺達も、それを全く考えなかったわけじゃないんだ」
「え?」
「とりあえず、緒方を書記か会計として執行部に入れておいて、来年度の生徒会長と副会長は双子に任せよう、って案もあったんだよ。最初はな」
「じゃあ、なんで」
「…本人が嫌だって言い出したんだ」
「はいッ!?」
バッと振り返って天宮兄弟を見た。
五月先輩が、けろっとした顔で口を開く。
「だって、なんか面倒くさいじゃん、会長とか」
「め、面倒くさいってアンタ…」
じゃあどうして会計長なんかやってるんですか、という至極当然なオレの問いかけに、五月先輩は眉ひとつ動かさずにスッとそっぽを向き、相変わらず彫り人形のような無表情でこう言った。
「俺、昔から数学だけは得意でさ。計算とかするの、けっこう好きなんだ。だから会計」
「はぁ?」
「執行部には、当時の生徒会長に誘われたから入っただけだもーん」
「じゃあ皐月先輩は」
「俺は、五月が入るって言ったから入っただけだもーん」
「…さいですか」
がっくりと肩を落とすオレを慰めるように、ポンポン、と頭の上に手を置いて鳴沢先輩が苦笑した。
「な? こんな奴らに生徒会を任せるよりは、緒方みたいな真面目な人間が会長をやった方がいいだろう?」
「別に…オレは真面目でもなんでもありませんけど…」
ただ、双子が不真面目すぎるだけだと思います。
そう呟いたオレの言葉を、鳴沢先輩は否定できずに目をそらした。
「あー、ひっどいなぁ緒方ー。まるで俺達が悪いみたいな言い方ー」
皐月先輩が、五月先輩の肩に腕を回しながらダラダラした口調で言った。
五月先輩も「そーだそーだ」と同調している。相変わらず2人ともロボットみたいな喋り方だ。
「 ・ ・ ・ 」
オレはそれを横目で数秒間見つめた後、溜め息を吐きながら鳴沢先輩と顔を見合わせた。
「…苦労しますね」
「…お互いに、な」
慰め合うように、2人で弱々しい微笑みを交わす。
横で双子がぶーぶーと文句を言っているが気にするもんか。勝手に言ってろこんにゃろめ。
つまり、あれだ。オレが今、次期生徒会長になるだのならないだのという面倒くさいことに巻き込まれている直接的な原因を作ったのは、双子たちなわけで。でも、一番最初にオレを後継者にしたいと言い出したのは渡瀬会長で。それに賛成して計画を無理やり押し進めたのは桐谷先輩で。だけど、裏で糸を引いていたのは渡瀬会長だし、桐谷先輩も双子もその意思に従ったわけだから…―――…あー、こんがらがってきた。
まったくもう。一体、誰を恨めばいいのやら。
―――ガラッ。
「ただいまー…あっ、遼平がいるー! りょーうーへーいー♪」
「こら透! まだ今日のノルマ終わってないぞ。オモチャで遊ぶのは後にしろ」
暫くして帰ってきた変態生徒会長と腹黒副会長を見て、オレと鳴沢先輩はもう一度目を合わせて苦笑した。
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