トラブルドラゴン
門番竜ドライム。
「門番竜?」
「死の森と鉄の森の間にある山に巣を構えていますから」
フラウが質問に答えてくれる。
ルーやティア、リア、アン、ラスティたちも色々なことを知っているが、一般常識的なことに関してはフラウが一番だった。
「死の森の魔物が南に降りるのを防いでいるので、昔から門番竜と呼ばれています」
「へぇ。
じゃあ、南以外にも門番がいるのかな?」
門番キマイラとか、門番巨人とか。
「いえ、南だけですね。
他の方角は道が険しく、ここの森に入るには南側からが一般的ですから」
「そうなのか?」
「はい。
まあ、滅多にこの森に入ろうとする人はいませんけどね」
そうなのか。
思った以上にハードな場所と思われているようだ。
ちなみに、東のハウリン村からも森に入れるが、入り口としては認識されていない。
理由は、ハウリン村に辿り付くだけでもかなり厳しいからだそうだ。
まあ、山だしな。
相変わらず、トラブルは突然やってくる。
ドラゴンの襲撃だ。
村の上空を飛んだ後、森の上でホバリングし、こちらを挑発している。
話し合おうかと思ったら、いきなりドラゴンは森に火を放った。
完全に敵だ。
グランマリアたちが一当たりしたが、蹴散らされた。
無茶はしないでほしい。
対抗できそうなラスティは、今は里帰り中だ。
ドラゴンのサイズはかなり大きく、色合いからドライム、ドライムの奥さん、ラスティではないのを確信し、俺は【万能農具】の槍を投げた。
避けられた。
ドライムの奥さんと違い、最初っから避ける気だったのがわかる避け方。
ドラゴンがこちらを見て笑った?
二投目を投げる。
また避けられる。
だが、その位置にさらに三投目。
当たらないなら当たるまで投げる。
【万能農具】の投擲で、俺が疲れることは無い。
また、【万能農具】は俺が願えば手元に戻ってくる。
槍が尽きることも無い。
こうなれば持久戦だと覚悟を決めるが、その前に一手。
俺は投げた槍を、ドラゴンに到達する前に消して手元に戻した。
そして改めて投げる。
簡単なフェイントだ。
引っ掛かるか?
不安に思ったが、上手くいった。
投げた槍がドラゴンの翼を引き千切る。
やった。
喜びで槍の回収が遅れたので、ドラゴンの後ろにあった山にまで槍が届き、ここからでも見える土煙が上がった。
いかんいかん。
俺が再び槍を手にすると、ドラゴンの姿が見えない。
森に降りて隠れたらしい。
逃がさん。
グランマリア、クーデル、コローネは先ほどダメージを受けているので、ルーに俺の身体を持って飛んでもらう。
目線を高くすれば、ドラゴンが降りた場所がわかる。
丸見えだ。
槍を投げる。
ドラゴンが避けようとするが森の木が邪魔で避けきれず、無事だった方の翼に当たって地面に縫い付ける。
俺は止めとばかりに、槍を構える。
縫い付けた槍が消えるが、避け切れないだろう。
その大きな身体目掛けて槍を投げた。
命中する。
俺が確信したと同時に、ドラゴンの姿が小さくなって槍を避けた。
外れた槍が地面に刺さり、大きな震動と共に周囲の木を圧し折る。
幻覚?
いや、あれは見覚えがある。
ドライムやラスティが人間の姿になる時の現象だ。
「降参、降参します。
ごめん、許して」
そして女の人の声が聞こえた。
「えへへ。
ごめんね」
村の入り口で正座しながら軽い感じに謝罪する女性が、先ほどのドラゴン。
ハクレン。
ぽやっとした感じがする胸の大きな女性だ。
ドライムのお姉さんとのことで、紹介されて驚いた。
ハクレンの横にドライム、ドライムの奥さん、ラスティ、あと知らない人(たぶん流れからドラゴン)が七人ほど正座している。
「紹介します。
右から、お爺様にお婆様、お父様の二番目のお姉様、その旦那様、そのお二人の娘、お父様の妹様、お父様の弟様です」
ラスティが頭を下げながら、俺の知らない七人を紹介していく。
ダンディな中年男性、優しそうな中年女性、キツそうな目をした女性、どこかの将軍みたいな強面マッチョ男性、ラスティよりも幼く角と尻尾を生やした女の子、ゴージャスな巻き髪の女性、イケメン青年。
名前も聞いたが、ややこしいので覚え切れなかった。
後でもう一回教えてもらおう。
「つまり……ドライムの父と母、二番目の姉と姉の旦那、姪、妹、弟だな。
ハクレンは一番目の姉ってことでいいのか?」
「はい」
紹介されたドライムたちと七人は、ここで正座する前にハクレンが森に放った火を鎮めている。
敵意が無いのは理解した。
「で、今回の件はなんだ?」
俺の質問に、全員が顔を横に向けた。
ラスティより幼い女の子もだ。
ドラゴンだから、こんな見た目でも俺より年上なのかもしれない。
誰も自分から言おうとしないので、一番崩せそうな相手から崩すことにした。
「ドライムの奥さん。
説明をお願いします」
俺が見たところ、ドライムが姉に逆らう真似はしないだろう。
前の世界でも見たことがある、姉に逆らえない弟だ。
同様に、二番目のお姉様と紹介された女性も駄目。
一番目の姉がハクレンなのだろう。
次女は姉に従うタイプか、逆らうタイプかのどちらか。(俺の主観)
逆らうタイプなら、最初の俺の質問でペラペラ喋る。
喋ってないから従うタイプだ。
その旦那は強面マッチョだが、先ほどから空気になろうと頑張っているのを感じられる。
なぜか共感を覚えるので、候補から外す。
その娘は巻き込めない。
ドライムの妹は多分、末娘なのだろう。
末娘は、世渡り上手。(俺の主観)
自分から喋って姉に睨まれるようなことはしない。
促せば喋りそうだが、まだ性格を掴んでいないので危険なことはしない。
ここで姉妹喧嘩なんかされたら村に被害が出る。
ドライムの弟は……イケメン青年だが、ドライムと同じ姉に逆らえない弟の匂いがする。
まあ、仕方が無いだろう。
姉に逆らう弟など存在しないし、存在できない。(俺の主観)
消去法で残るのはドライムの両親、奥さん、ラスティ。
両親が娘のことを告発するなら、とっくにしているだろう。
また、娘のことを庇う可能性が高い。
残った奥さん、ラスティの二人を比べれば、喋りやすいのは奥さんだと判断した。
ドライムの奥さんからハクレンを見れば小姑だが……奥さんのドライムに対する態度から、大丈夫。
小姑に注意できるタイプとみた。
「事の経緯を説明しますと」
俺の推測は正しく、ドライムの奥さんが説明してくれた。
事の発端はラスティの里帰り。
俺はドライムの巣に戻るのかと思っていたが、北の山にいるドライムの両親のもとに行っていた。
そこには今のメンバーが揃っており、近況報告がなされた。
ここで少し脱線するが、俺の最近の夜の生活に関して話そう。
ルーが出産、ティアが妊娠したことにより、村の妊娠欲(?)が高まっていた。
お陰で俺は夜に一人で居ることは無い。
一人で居たいと言っても無駄だ。
希望者だけだと俺が主張しても増え続ける。
気付けばベッドに潜り込んでくるのだ。
抵抗しようがない。
気付けば、ハイエルフ全員、鬼人族も全員、グランマリア、クーデル、コローネ、フローラと仲良くなっていた。
獣人族は、セナだけだ。
他の獣人族の女性は、身体が小さいことを理由に拒絶。
獣人族の男の子が居るワケだし、焦らないように指導した結果だ。
ともかく、ドワーフ、リザードマンとの会話で、俺の心が安らいだりする状態にまでなった村だが……
そんな村でラスティ、フラウは頑張った。
頑張ったが……
流された。
空気に流された。
周囲も協力して、俺との関係を持つようになった。
最後の砦は、ラスティの使用人ブルガとスティファノの二人。
頑張れ。
時々、妖しい目で俺を見ているが、頑張るんだ。
脱線終わり。
「つまり、姪っ子が先にお相手を見つけたことにキレてこの村を襲撃したと」
「違いますー。
姪っ子の相手の力を確かめようとしただけですー」
ハクレンが頬を膨らませて抗議する。
俺はあまりの下らない理由に脱力する。
同時に、他の者たちが口を噤むのも納得。
娘が孫に嫉妬したとか、姉が姪に嫉妬したとか言えないわな。
「あー……もう暴れないなら、解散しましょう」
「いいのか?」
「ええ、正座も大変でしょう。
席を用意します。
食べて行ってください」
一応、ラスティの親族だし、ドラゴンだ。
それに、ラスティとのことを考えれば、このまま帰れと言うワケにはいかないだろう。
「わーい。
お酒が美味しいのよね」
ハクレンが真っ先に立ち上がり、村に向かおうとしたのでその顔を掴む。
「え?」
だが、ハクレン。
貴様は別だ。
「翼の具合は大丈夫か?」
「え、あ、うん、しばらくは飛べないけど……あの、どうして顔を掴んでいるの?」
「気にするな。
遊んだら、片付けるべきだよな」
「い、痛いんだけど……」
燃えた森や、俺が投げたことで抉れた森をなんとかしなければいけない。
基本、俺が【万能農具】で耕せばいいのだが、その間にハクレンが宴会に参加するのは俺の心が納得しない。
「頑張って片付けような」
ハクレンが宴会に参加できたのは、三日後だった。