ビーゼルの娘とスライム
ビーゼルの娘が村に住むことになった。
村に対する見張りとかではなく、普通に移住と考えてほしいらしい。
移住なら娘よりも息子さんが欲しいのだが……
ともかく娘さんか。
魔族らしいが、見た感じは人間とほぼ同じ。
魔力の保有量とかが人間とはかけ離れているだけだそうだ。
最初っから下手に関わって嫌われても困る。
まずは同世代っぽいラスティに任せてみた。
さすがに任せっぱなしは悪いと思ったので夜に挨拶に行ったら、ラスティと良い感じに仲良くなっているみたいだ。
一安心。
スライムの話をしよう。
スライムはティアが連れてきてくれた十七匹がスタートだ。
トイレや下水などの浄化を頑張ってくれた。
いつの間にか数が増え、村の中を自由に移動している。
入ってはいけない場所にはクロたちが見張っているので近付かないし、近付いても咥えられて強制移動させられている。
基本、汚れている水のある場所に勝手に移動するだけだし、大きな問題は起きていないので放置されている。
現状、スライムの正確な数は不明。
簡単に数えて百を超えているのは判明している。
さて、このスライムだが……
最初に連れてきたのは青色のブルースライム。
何があったのか色々な種類に変化している。
緑色のグリーンスライム。
黄色のイエロースライム。
赤色のレッドスライム。
ただの色違いではなく、使う魔法が違うらしい。
なるほど。
数は少ないが、真っ黒なブラックスライム、真っ白なホーリースライムなども居る。
非常にレアらしく、リザードマンたちが可愛がっている。
まあ、この辺りの変化では何も問題は無い。
実害は無いから。
そう思っていた。
問題が出た。
保存用の酒樽の中に潜り込んだスライムが、中のワインを全て飲み干し、紫色のスライムに変化していた。
酒スライムと呼べば良いのだろうか。
特徴、酒臭い。
特技、酒の息。
放置しておきたいスライムだが、放置できない。
なぜなら、酒を飲む村人のほとんどが激怒しているからだ。
村で初めての裁判が行われた。
有罪。
即決だった。
まあ、酒を盗み飲みしたようなものだから俺も庇えない。
後はどんな罰を与えるかなのだが……
過激な罰で、死刑。
食べてみれば酒の味がして良いかもしれないとの意見が出て、一部の村人が期待の目を輝かせた。
俺は遠慮したい。
あのスライムが排泄物を浄化している場合もあるのだ。
できれば食用にはしたくない。
素直に日干しで良いのではないだろうか?
軽い罰で、監禁。
壷か何かに閉じ込めるのはどうかとなった。
激しく意見が交された後、ビーゼルの娘のフラウレムの一言で収まった。
罰を与えたとして、スライムがそれを理解するのだろうかと。
……
スライムのやったことに、真剣に罰を考えることは正常なのだろうか?
……
裁判に参加した者たちは赤面し、裁判は解散となった。
酒を管理する倉の扉を厳重にすることにしよう。
その後、酒スライムは酒スライムのままだった。
他のスライムのように浄化作業に参加せず、村の中をのんびり徘徊。
宴会などで酒が出た時にご相伴に与りに来る。
まあ、そんなスライムが一匹ぐらい居てもいいだろう。
これ以上、増えたら困るけど。
ビーゼルの娘フラウレム。
最初はドレスっぽい服で場違い感があり、初日だけで何度も着替えるお洒落さんでこの村でやっていけるか心配になったが、二日目からはズボンを穿き、髪を後ろで纏めて農作業ドンと来いな格好に驚かされた。
ラスティと仲良くなったのが良かったのかな?
そして、笑顔で俺の指示を待っている。
正直、ラスティより農業の戦力になりそうで嬉しい。
これから頑張ってもらおう。
十日ほど一緒に働いたので、フラウレムをフラウと呼ぶぐらいには仲良くなれた。
ラスティが生徒会長や風紀委員長だとすると、フラウは運動系クラブのエースだろうか。
物覚えが早く、動きもしっかりしているし、返事も元気だ。
クロたちやザブトンたち、ハイエルフたちとも仲良くやっている。
時々、獣人族の子の尻尾をモフモフしてたりする。
羨ましい。
俺が下手に尻尾に触らせてほしいとか言うと、そのままベッドのお誘いと思われる危険があるので言えない。
ラスティとフラウとの会話で、村以外の食事や酒に関して色々と知った。
まず、料理に関して。
鬼人族たちの料理で察していたが、やはり技術が不足している。
基本、焼くか煮るだけ。
他の料理法が出てこない理由を推測するに……文化だろうか。
食事はただのエネルギー補給で、腹に入れば良いと考える人が多いらしい。
いや、食べられるだけマシという考えだろうか。
行政も、多様な食事の提供など考えず、特定の作物を主食と認定して優遇するので、農業従事者はそればかり作る。
その為、口にする作物が固定化され、料理法が限定されていく。
前の世界の記憶がある俺からすれば、ゾッとする食生活だ。
米は好きだが、米のみとなったら流石に嫌だ。
まあ、そうなったら俺は米のお供を作ろうとするが……
そんな余裕もないレベルなのだろうか。
お金持ちや支配者階級になれば、多少は食事に余裕が出るらしいが、それでも食に拘る人は少ないらしい。
森に入って狩りや海に行って漁をすればと思うが、それらも魔物の存在が居て難しいらしい。
ああ、そうか。
魔物が居たか。
うーむ。
なるほど。
外から来た者たちが、村の料理を褒める理由がなんとなくわかった。
酒に関しても似たようなものらしい。
ただ、酒は日持ちのする飲料水の扱いで、作れる場所で大量生産される。
それゆえ、どこで飲んでも同じ味。
味よりも量が重視されるので、加水して薄めるなど平気で行われる。
料理よりも好きな人が居るので、一部マニアな金持ちや支配者階級が良い酒を造らせることがあるらしいが、その酒が出回ることは滅多にない。
造らせた者たちが飲むからだ。
で、村の酒はその金持ちたちが造らせた良い酒を上回る味なのだそうだ。
こっちは技術ではなく、酒の元となる作物の差だろう。
なるほど。
村の者たちが酒を求める気持ちもなんとなく判った。
ドライムが頻繁に来て酒を求める理由も。
「単一の作物ばかりを生産していたら、疫病が流行ったら一発で国が滅ぶが大丈夫なのだろうか?」
「大丈夫じゃないです。
数年前、西の人間の国……フルハルト王国を中心に大きな飢饉が起きたと聞いています」
「そうなのか?」
「はい。
それで食料を求めて周辺の国に戦争を仕掛けている状態でして……魔王国も困ってます」
「食料を求めて戦争を起こすのか」
略奪目的だろうが、口減らしもあるんだろうなぁ。
「魔王国は飢饉を乗り切ったのか?」
「はい。
魔王国はいくつもの種族の連合体ですから、主食が違うんです」
「なるほど。
飢饉の原因が何か知らないが、単一作物だけを作らせていなかったから被害は抑えられたと」
「そうですね。
ですが、被害が無かったワケではありませんから、魔王国も余裕はありません。
なのにフルハルト王国は魔王国が裕福だと見て……」
戦争中と。
「しかし、食料不足の軍相手なら負けることは無いだろう?
逆に滅ぼすこともできるんじゃないのか?」
「できますが、下手に領地を奪っても困りますから」
「あー……」
疲弊した領地を奪っても利益が出るのはかなり先。
逆に投資をしなきゃいけないから負債が増えると。
ゲームじゃないと実感させられる。
しかし、ただの村長である俺にはどうすることもできない。
やれて魔王国からの食料要求に対し、値段を下げることぐらいか。
少しでも多く出せるように、頑張って作物を育てよう。