クロ サイド
俺には名が無い。
森の中を徘徊し、獲物を狩る日々を繰り返すだけの生き物だ。
そうして生きてきたし、これからも生きると思っていた。
しかし、衝撃の出会いがあった。
俺と同じ姿の女。
良い女だと思った途端、攻撃された。
ワケがわからないまま反撃するが、手も足も出ない。
それなりに戦闘力に自信があった俺だが、敵わなかった。
俺は死を覚悟したが、女は勝ち誇った顔を俺に見せた後、同行を命じた。
逆らえるはずが無かった。
これまで一人で生きてきたが、二人で生きることになった。
男と女が一緒にいれば、することもするので女のお腹が大きくなる。
うーむ。
この俺が家庭持ちか。
まあ、悪い気分ではない。
そうして日々を暮らし、もう少しで産まれるだろうという時に最悪の敵と出会った。
森の中を隠れるように住む者たちが言っていた。
グラップラーベア。
森の王者だ。
馬鹿でかい身体と、それに見合ったパワー。
全体の動きは鈍くても、手足を動かす速度は速い。
本来なら、即座に逃げる相手なのだが、突然の遭遇であったことと、身重の女が居るのだ。
逃げられない。
俺は女を庇うようにグラップラーベアの前に出る。
怖い。
そして無理だと理解する。
しかし、逃げられない。
逃げる時間を稼がなければいけない。
俺はそう思い、前に出た瞬間だった。
グラップラーベアの腕が周辺の木をなぎ倒し、細かな破片となって俺と女に襲い掛かってきた。
俺は女を庇い、女は自分の腹を庇った。
避けきれず、喰らい、吹き飛ばされた。
圧倒的だ。
今の一撃で全身がボロボロだ。
女も傷付いている。
色々と覚悟した。
だが、グラップラーベアは俺の覚悟を嘲笑うかのように無視した。
気まぐれか、腹が膨れていたのかわからないが、見逃された。
ムカつく。
ムカつくが、どうしようもない。
それよりも、グラップラーベアの気が変わらないうちに移動すべきだ。
俺は女を守りながら、この場を去った。
それから何日か経過した。
負傷した身体が重く、獲物が狩れない。
俺たちの不調を知って、調子に乗る獲物も居た。
ブチ殺す。
殺気立っても、何にもならない。
腹が減るだけだ。
俺はともかく、女に何か食わせないとマズい。
腹の子が心配だ。
どうにかしなければと思ったら、変な場所に出た。
木が横になり、その手前が掘られていた。
掘られているのはともかく、横になっている木は俺が元気な時でも傷が付かないという硬い木で、不倒の大木と呼ばれている。
それが横に?
いくつも並べられている?
……
とりあえず、吠えてみた。
空腹からか、思った以上に情けない声だった。
しかし、無駄ではなかった。
木の向こうから、人間が出てきた。
やった。
貧弱なヤツだ。
獲物だ。
そう考えた瞬間、全身を嫌な予感が襲った。
グラップラーベアと対峙した時よりも強い恐怖。
それは目の前のヤツから感じさせられている。
考えてみれば、人間は貧弱だから森の外周部には居てもこんな奥深くには居ない。
人間よりも強い森の中を隠れるように住む者たちですら、こんな場所には居ない。
そこに居るんだ。
見かけ通りなワケがない。
俺は今、かなりヤバイ状態に居ると思った。
人間が棒を取り出し、構えた瞬間にそれは確信になった。
俺が吠えてしまったばっかりに、こんなヤツを呼び寄せてしまった。
後悔するがもう遅い。
俺の後ろに居た女も覚悟を決めたのか、俺に並ぼうとする。
こうなれば、やれるだけやってやる。
できれば、女だけは助けたいがそんな都合の良いことは無いだろう。
女の顔を見る。
これが最後かと思うと、怖くなってくる。
しかし、最後ではなかった。
人間は俺と女を招いた。
なぜか逃げようとかいう気は起きなかった。
人間についていくと、ゲートボアが居た。
デカい猪だ。
俺たちと森の覇権を争う種族だ。
俺や女ですら一人では倒せない。
それが倒れている。
いや、肉になっている。
人間の強さを実感した。
その後、人間はゲートボアを俺たちにくれ、女の出産の場所をくれた。
さらに森に入って簡単に獲物を狩ってくる。
感謝だろうか。
逆らおうとする気がおきない。
いや、俺と女は人間を主と認めた。
生まれた子供たちはまだわからないが、出来れば主には逆らわないで欲しい。
「よーしよしよし」
問題が一つある。
主が俺たちのことを犬扱いすることだ。
俺と女、そして子供たちはインフェルノウルフという種族なのだが……
大丈夫だろうか。
犬じゃないとバレた時が少し怖い。