第12話 壊れた関係
ひまわりがしょげるように枯れ始めた。そして中学最後の夏休みが終わり、まだ暑い中、二学期が始まる。
あの日以来、水葵と初めて顔を合わす。
どんな顔をすればいいのか、どんな声をかければいいのか。
……しかしその日一日、俺たちの眼は合うことなく、会話をすることも勿論なかった。
――期待なんてしていなかった。第一、俺自身が恥ずかしくて情けなくて、どうしていいか分からなかったんだから。
確かにその場で謝ったし、水葵も誰にも言わないと言ってくれた。だからあの忌まわしい一件は、あの夜で全て終わりにし、なかったことにした方がいいのかもしれない。
と言って俺の罪が消えるわけでもなく、気まずくてもう話すことすら出来なくなってしまった。これまでの仲のよさを思えば、寂しくないと言えば嘘になるが、水葵が俺のあんな行動に傷ついている以上、どうにも出来ない。自分を襲おうとした最低男の顔など、見たくもない――普通はそうだろう。
しかしあれほど堂々と「親友だ」と周囲に宣言していたのだ。俺たちが口をきかないことはすぐに話題になった。
「お前ら、どうしたんだよ」
「喧嘩でもしたんか?」
男友達にも不思議そうに尋ねられた。しかし中には、
「遂に、心矢たち別れたんだってよー」
などとこの期に及んでからかう奴もいたが。
仲のよい奴には、「喧嘩だ」と短く答えておいた。あんな恥ずかしい行動、そうなってしまった複雑な感情も含めて誰にも言えるわけがない。
――水葵は女友達に、あの出来事を話したんだろうか。
「被害者」は水葵だ。奴が誰かに話せばどんな噂になるか、俺がどんな風に後ろ指を差されるか分かったもんじゃない。そのうえ教師や親の耳にでも入ったりしたら――。
だけど全部俺が悪いんだ。だから恥ずかしかったし、恐かったが……、覚悟は決めた。
しかし何日経っても、周囲の俺に対する態度は変わらなかったのだった。
水葵は約束したとおり、誰にも言わないでいてくれたらしい。俺の勝手な行動に傷ついたのは、彼女の方なのに。その水葵の優しさには、心の中で感謝してしまった。
それ以前の問題で、口にしたくないほど忘れたいだけかもしれないが。そう思うと益々、水葵にどんな言葉をかければよいのか分からなくなる。
ただひとつ、この「友情」がもう終わったことだけは分かった。卒業と同時に離れ離れになるよりも、前に。
ごちゃごちゃ言っていた周囲も――それこそ教師にまで心配されるほどだったが、秋も深まる頃には、詮索されることも噂されることもなくなった。
中学生なんて噂の対象はしょっちゅう変わるので、反応がないのにからかっていてもつまらないんだろう。俺たちが避け合う光景に周囲も慣れたようで、最初からそうだったみたいになっていた。と言って、いがみ合うわけでもなく、最低限の用事がある時は顔は見ずに話をしたので、クラス全体の雰囲気を悪くすることはなかったようだ。
友人といさかいを起こし、絶交なんてことは中学生にはよくあること。所詮男子と女子だし、ちょっとしたことで俺たちも関係がだめになったんだろう――何も知らない周りはそう結論付けたようだった。
そして心はひりひりするけれど、いずれ水葵は引っ越してしまうんだし、何より受験でそれどころではなくなり、話をしないことが当たり前になる頃、卒業を迎えた。
顔を合わせる最後の日。ふと眼が合ったような気がしたが、それまでだった。
水葵はあの日からも声を上げて笑っていたが、俺にそのひまわりみたいな笑顔が向けられることは、二度となかった。
そして関係のこじれた元「親友」同士は、さよならすら言わないまま学び舎を後にし、それぞれの道を歩き出したのだった。
・・・・・・・・・・
その五年後の夏が、今――。
自分の部屋のベッドに寝転がり、俺は寝苦しい夜を過ごしていた。電気をつけていない暗闇の中、窓から入る外灯の明るさにぼんやりと家具が浮かび上がる。
先ほど水葵と電話で話していた時の妙な興奮は、思い出したくない記憶を呼び覚ましたことで、予想どおりすっかりと冷めていた。全てを思い出し終わった後、突然起き上がると、やるせない思いに木のベッドを他の家族を驚かせない程度に、殴りつける。
――俺は最低なことをしたんだ、それなのに。どうして水葵は五年後の今、俺に会いたいなんて言ってきたんだ?
元のように話そうとしてくれたことは嬉しく、あの日のことには触れず、以前の二人のようになろうと空々しい演技をしてきたが……考えれば考えるほど、分からない。
――俺のこと、嫌いになったんじゃねえのかよ。つうか、とりあえず明日、会うんだよな……。
しあさっての夏祭りでも会うのに、明日も会う約束をしてしまった。夏祭りだって俺なんかと行く理由が分からないのに、水葵はどうして明日も会いたいと言うのか。そして、俺自身会いたいと思ったのか。俺のそれは、「友人」に戻るためのただの罪滅ぼしのつもりなのか。
分からないまま、会い続けていた。今はもう、お互いのいない生活がしっかりとあって、彼氏彼女が別にいるにも関わらず。
“友達なんだから”それを言い訳にしているが、これは「嘘」なのか、それともこれから「本当」になるのか――。
いずれにせよ、五年前のことをしっかりと蘇らせたところで自覚させられる。
あの夜の出来事は、どれだけ謝っても謝り足りないほど酷い事をしたと言れようとも、俺は忘れてしまいたかった。だけど、忘れられなかったんだ、と。
泣かせてしまった幼馴染のことも、少しだけ触れた、肌や唇のことも。
痛いくらいにねじれた、あの楽しかったはずの夏祭りの夜のことは、本当は忘れられずずっと胸の奥にくすぶっていたんだ、と。
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