普通に私の話です(笑)
エッセイって言うのかな?
私はピアスが多い。
多分普通のピアスじゃなくて、
ヘビにピアスって言う小説のようなピアスが好き。
ただボディピアスだからニードルで開けるけど。
周りに何故そんなにピアスを開けるのかと聞かれた。
最初は知り合いが開けていたのを見ていいなと思ったところから
強く見せたいと思ったのがある。
そのピアスをはじめて開けた頃私は中学生。
ピアスなんて糞食らえな受験真っ盛りの時期の学生
その時期って皆ゆがんでる。
ひどく不安定な時期だったからなのかあまり覚えていない。
私は1年生5月の頃に学校をドロップアウト、
かんたーんに言えば学校に行っていない。
不登校と言う奴だ。
理由はもっと単純でイジメ。
見かけがキモイとか(まあ真実ではあるw)
下駄箱に行くと靴がないとか、
クラスの男子に一緒にいてウザイ言われたり
他の女の子と一緒にいたら女の子に向かって
そいつ(私)と一緒にいてかわいそうだねとか言われたり。
そんな感じだった。
私は家庭で精一杯な子供で、親に相談だなんてもってのほかだった。
家族に相談したら、どうなるか私には簡単にわかっていた。
学校に行くと胃が痛くて勉強だけが全てだったハズ。
そして学校で先生にいじめられてる。そう言ってから私は学校に行くのを辞めた。
ソコから立ち直るのに1年くらいかかったんだろうか?あまり記憶はない。
学校に行っていない間、髪を金髪にした。
1年の冬にピアスを開けた。
2年になって久々に学校に行ったら見かけで注意、
何って面倒な社会だと思った。
私にはリストカットだけじゃなく、傷がある。
最近リスカ、リスカと騒がれるけど
私がそう呼ばれることをしたのは小学校3年、
今からかなり昔。イジメとかリストカットとかそんな事流行る前だ。
その時に激しいいじめがあったわけじゃない。
まあ多少はあった。というかまわってくるタイプのがあった。
小学校の頃に、死のうと思った。
死んでしまえば、家族に嫌われない。
死んでしまえば、何もかも忘れられる。
そう思っていた。
手の甲がしびれるまで噛んだ。
ストーブに手を焼き付けた。
そして母に殴られた。
それが私の日常だった。
母は好きだ。
怒って殴る母は嫌だった。
でも親として好きだ。嫌いにはならない。
今だったら、その頃の母の気持ちがわかる。
だから今も母が好きだ。
ヒステリーを起こす母、その気持ちが少しわかる。
そして彼女がまだ子供的な部分があることもわかる。
その時の私は母の生き写しで、ヒステリックだった。
そして、暴力的で壁もペットも殴った。そして自分も傷つけた。
それでいて、他人に嫌われるのは怖かった。
誰よりも怖くて、他人の目を気にした。
その成果未だに人の目を気にする癖が全く治っていないんだけど。。うーん
何かヒステリーを起こした後、スゴク後悔した。
まるでクラッシュベイビーだ。
話を戻して、私は中学の出席日数はトータルで1年くらいのもんだった。
別にそれを後悔はしていない。
ただうちにいたわけじゃなく、どこかによく出かけてた記憶はある。
家族との溝は確実に私にできていった。
学校に行かない私は確かにお荷物で
働かない父を抱えた母には重い存在だっただろう。
今おもうと悪かったと思う。
ちなみに高校は行った。
普通高校に入れば、いじめをした連中や、
それを無視決め込んだ奴らと会う事がわかってた。
会えば慰めて同情して私達は悪くないという人間と私は馴れ合いたくなかった。
だから定時制高校を選んだ。
入るのはかなり簡単だった。
自己推薦で作文で終わり。合格発表を見なくても合格できる自信があった。
その通りは入れるわけだが今思うと性格が捩れに捩じれきっている。
クラスはのほとんどがおとなしい子。
それから1ヶ月ぐらいして仲のいい子も出来た。
その頃私はピアスを拡張して開けまくってた。
どうしようもないガキンチョだけど、家では私にとってそれしか
遊ぶものがなかった。
クラスのコの心の闇。大人の社会の闇。
私は私の中の四角い小さい箱の中しか社会を見ていなかったことに気がついた。
クラスのコが笑いながら話す話し達は重い。
拒食症で半年で食べれるようになったのは牛乳だけ
教師につばをはかれ、スリッパを投げつけられて、切れて殴ったら少年院に入れられた。
受験のプレッシャーで外に出れなくなった。
過食症が治らない。
家庭内暴力
親に見捨てられた。
親、親族にレイプされた。
私の知っているクラスのコの闇。
私は小さい存在だった。
だからコソ彼らは私を励ましてくれた。
高校に入って色んな事があった。
同性の恋人が出来たことがあった。
私はバイセクシャルなるものらしい。
ただ10代には在るらしい事を言われた。
今更そんな事は気にしていない。
好きになったものは好きだ。
死のうと思った事がなかったわけじゃない。
でも、そういう事をしかってくれる人にもであった
クラスのコは私のピアスはひたすら開いくけど、誰も何も言わなかった。
わかってくれている部分もあったからだと思う。
(おとなしいクラスだったからピアスだらけの私は浮いたけどね)
そういえば保健室の先生未だに仲のいい先生でメールのやり取りをしてる
ご飯も皆で外に食べに行った。
高校時代に、傷だらけの腕に包帯を巻いてくれた。
「なんかあった?、あんま無理すんなよ」
ただそういわれた。私は適当に受け流していたけど
それだけ言って黙って包帯を巻いてくれた先生に感謝している。
学校でピアスを開けるなと怒られたけどね。
そして今、私は高校卒業そして進学、まあまだ学生だ。
ピアスはやけに増えて体中にあけた後がある。
(トータル何個あけたんだろう?20個?30個??クライだと思う)
ピアスは悪い事があった分、いい事があった分あけて
そして閉じての繰り返しだ。
今は耳や体を含め10個体についている計算になる。(最近1こ外した)
私は絵をカッターで腕に書いた事がある。
別に悪い事だとは思っていないし
リストカットだとも言われる事があるが、私の中では別の物だ。
いつかTATTOOを入れる予定。
今したいことはスプリットタンだ。
よくこの話しを話すと頭のおかしいとか
何かあったのかと言われるけど
ある意味で私の何かの痕として全て残しているつもり。
どうなんだろう。
でも死にたいとか、そういうのではない。
多分、私は生きているうち一生、体にピアスを空けたりするんじゃないかと思うときがある。
ただ1つ、死のうと思ったんじゃなくて。
私は、多分一生、生きてる。
自分で選ぶ死の選択は私にはない。ただそれだけ。
追伸、ダメ書き。
生きるって事はすごい単純。
それでいて、それを淡々とこなして行くことは難しいんだと思います。
コンプレックスの塊のわたしだったり、
それを批判する人、肯定する人。それは絶対いる人。
私はとりあえず、この単純な事にとっても苦しんでいる途中なのかと思います。
ピアスをしたままじゃ働きにくいし、あまり人の多い場所は苦手だったり。
ダメダメなのに生きている。だから単純な事なのかも知れないなと思います。
最近もかなり辛かったりして。
そのせいなのか、ほぼ外したはずのピアスが新たに4つ開いたり。
ただ最近いろんな方とであって、不思議な縁を感じたり。
駄目な縁もいい縁も、いろいろ。
少し何か必然的なのかなこの世の中なーんて思う事があるのでした。
点と点は意外と見逃しがちだけど、キレイにつながっているものだ。
とりあえず、私は明日もあさってもピアスをしているんだと思う。
それは私が私で居るためのおまじないなのかもしれない。
同時に私が今生きている証なんじゃないかと思う。
ダメ書き
時々今でも手をずたずたにしたい衝動に駆られる時がある。
理由はない。
なぜないのかも私にだってわからない。
多分それをした後の私は
何気に元気になってるんだろうなという事もなんとなく自分でわかる。
知ってる人にMなんてしょ?なんていう事を言われたけど
そんな事があるはずがない。
そういう変な計りで私を見ているのかなと私は思う。
傷をつけたらMとか
性的観点から見られても、言葉に詰まる。
私が切りたいときは、何かを変えたいときだ。
だから止められても困る。
何かを変えたいからピアスを開けるし、
切る。
それだけ、
それだけだけど、あまり理解されない時もあるんだって
私は思う。」 |