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五月雨の夏
 確かに、人の数だけ個性はあると言うけれど。

 誰にだって共通する感性というものもまた、間違いなくある。

 汚いものを見たら遠ざけたくなるし、醜いものを見たら貶したくなるし、弱い人を見たら見下したくなる。

 それを理解して尚、極僅かな、広大な砂漠に埋まった金塊を探り当てるかのような希望を個体差の狭間に生まれるはずの特例に託すのは、多分愚かなことだろう。

 気付いてしまった人からすれば、この世に生きる誰もかれもが吐いて捨てたくなるほど醜怪であり。

 世界はその存在と密接不可分である筈の彼或いは彼女すら、最早自分ごと呪わずには居られない程の歪みを抱えているのかもしれない。

 そして、そんな人達を理解し、救済する存在なんて──現れない。

 所詮は歩いて見て関わって確認してきたあまり広くない範囲の光景と、電脳世界を通じた色々な人間模様を観察していて抱いた感想に過ぎないけれど。

 海を越えた向こうではまるで違う態度や思想──それに準ずる社会常識や生活環境など──が繰り広げられているかと言えば、断定するだけの根拠を持ち合わせている筈も無いけれど、多分違うと思う。

 臆病者の振りをした卑怯者。

 賢者の振りをした偽者。

 弱者の振りをしたご都合主義者。

 多分、何処に移ってもそこまでの変化はない。

 傷付くことを恐れ身を隠しながら、それはさも真っ当な価値観を持ち合わせているが故という体で、或いは心の底から勘違いをして、世間の枠組みから外れた者を自らが軽蔑する連中と全く同じ手法で糾弾する間抜けも。

 絶えず誰かに傷を舐めて貰わなければ確固とした言説を維持出来ず、またそんな正体に気が付かないまま自分に酔いしれる小者も。

 聞こえの良い言葉以外は取り合わず、何かと難癖をつけては他所の意見から耳を塞ぎ、適当な理屈でそれを正当化する自尊心の塊のような輩も。

 世界中に散らばって、数多く存在しているのではないか。人は、住む環境が違えばそこまで変わるのか。

 善人の面をして慰めの言葉を掛ける者すら、大抵は恣意的に貶めた他人の価値と比較することで、当事者に相対的な安心感を、詰まるところの幻想を与えようとするだけだ。

 誰かを持ち上げるために誰かを引きずり落としているようでは、まるで意味がない。そのような論法で納得するような人物なら、心からの苦悩は抱かないとは言わないまでも、己の生そのものに呪詛を唱えるような真似はしないだろう。

 結局、ほとんどの人間は醜い。他者を害する者もそれを癒す者も癒される者も全て、恐らく部分的に捻じれている。

 ──ように見えるのだと思う。厭な想いを抱えている人間にとってみれば。心当たりがないこともないので、理解できなくもない。

 兎にも角にも、人に拠ってはそのような印象を与える、思慮に欠けた振る舞いがそこら中で横行しているのは逃れようのない事実だ。少し視界を広げてみるだけで、容易に知れる。

 ──そんなことない。

 人生は本来楽しめるように出来ているし、人は本当は優しいのだ。

 人生が面白くないのは自分が面白くない人間だからだ。他人の評価を求める前にまず自分が他人を認められるようになりなさい。

 などという、ありきたりな自己責任論もまた彼或いは彼女らを追い詰める。想像力がないのか、阿呆みたいに楽観的なのか、もしくは開き直っているのか

 たかがその程度のことで真剣に悩む時点で馬鹿なんだよ──それはそうなのかもしれないけれど。

 バランス感覚が無いだけなのかもしれないけれど。

 ただ、思考を破棄し想いを閉じ込め自分を殺し、上っ面の同調を果たしたところで漠然と覚える息苦しさは変わることなく続くだろうし。

 精神から魂から根底から人格を作り変えて順応するというのなら──それが可能なら、猿にでもなった方がまだ良い気がする。

 誰がどう反論しようと、それを受け止めることを拒否しようと、話題を反らし矛先を変えて品質の保持を試みようと。

 人は醜い。

 そう言えるだけの理由はあるだろう。

 醜いことと、醜くてもいいということは、また別の話だ。それも理解出来ない人が多く居ることも、また一層。

 ──さて。

 道すがら色々と考え、引っ掛かっていたことを頭の中で自分なりに纏めてみた。

 ──どうでもいいな。

 そう思う。

 結局不器用だろうが真面目だろうが、その人がどんな気持ちで毎日を過ごしているかなんて、僕にとっては関係無いこと至極である。

 何故なら僕には話のわかる友人も居て、ありきたりだけど趣味もあって、そこそこ充実した日々を送ることが出来ているから。

 今年で成人を迎える大学二回生、通っている学校の格は良くも悪くもなく、自己管理も適当に単位は問題なく取れている。

 平々凡々、だけど退屈はしていない。暮らし振りは至って簡素ではあるけれど諸々の家事にもこなれてきたし、大学生活は素直に楽しいと感じる。

 立場や境遇の違う人について想像を巡らせることは出来るけれど、想像はどこまでいっても想像でしかない。

 迫害する方される方、そんなのに積極的に構うことはないし、だから僕はそれらの人々について肯定も否定もしない。

 どうして今、改めて掘り下げてみるつもりになったのかと思えば──先程電車の中で読み終えた小説の主人公が、孤独で無気力で厭世的という造形だったからに過ぎない。

 テレビで見たり噂を聞いたり、経験した事柄の端々から似たような属性を持った人物が現実にも存在していることは示唆されているけれど、そんなのは、実感として異世界の話の域を出ないのだ。

 つまりこれまで、社会の仕組みをかじった中学生さながらに上から目線で偉そうなことを述べていたのは──所詮読書感想文程度の、暇潰しと同義なのだった。

 ごめんね、と頭の中で誰に対するわけでもない謝罪をする。

 頭上を覆う鬱蒼と茂った木々の中、僅かな木漏れ日が照らす砂利が敷き詰められた山道を歩く。

 道中は、上を向いても横を向いても清涼感溢れる新緑しか目に映らない。大量の木に包囲されるような形になり、人や人工物の気配がほとんど掻き消えているこの空間は、日常と照らし合わせてみるととても新鮮だ。

 普段往復している、天気の具合に関わらず常に粘ついて重苦しい、感情を失った人と格好だけはやたら大きい草臥れた建物に日々うんざりする学路を少し外れてみた甲斐があったというものだ。

 なに、最寄りの駅から乗客が少なそうな方面の快速電車で一時間程度。軌道を修正する予定の無い道草である。

 このようなふとした衝動に突き動かされて、軽い遠征を行ったことはこれまでにも何度かある。

 特に毎日の生活に不足を感じていない僕からすれば、奥底にある動機に名をつける際最も妥当な言葉は恐らく、気分転換だと思われる。

 日常に蔓延る酸いも甘いもひっくるめて愛してこそなんて、凡人である僕にそんな芸当を求められても困る。たまには諸々の事情で疲れた心を癒したくなるのだ。

 他の学生はこのような寄り道なんかしなくても折り合いをつけられるらしいから凄いと思う。一々人と離れて、大自然に自分を放り込むしかない自分には。

 さて。

これだけの森に体内を浄化して貰えるという機会に粗末な頭でつまらない思考を続けるのもナンセンスだ。

 今からは無心に。千秋を宿した木々の匂いを感じ大量の葉が生み出す酸素を取り込んで、健やかな気分を味わってみよう。

 この環境条件が人体に実際に及ぼす効用なんてさほど大したものではないことは想像がつくけれど、大事なのは気分だ。

 緑から発せられるきらきらと輝く空気が鼻腔から喉を通って体内を巡り、蓄積された黒い何かが口から吐き出されていくような。

 そんなイメージをする。

 ──ところだった。

 足を半ば自動的に動かす感覚で意識を飛ばそうと試みていた僕の視界に、人の影が入った。

 気がする。進行方向の先、木の向こう側にもたれ掛かっているのか、はみ出した肩と爪先しか確認できない。

 全体像が確認できないとは言え、熊──では流石に無いと思う。特に出没を促す注意書きも無かった。もし仮にそうだとしても、学校をさぼった一人の青年が偶然珍事に見舞われたくらいの意味しかないけれど。

 道の途中で座り込んでいるということは、疲れたのか怪我をしたのか。老人だったら、たった一人で来たのだろうか。同行者に置いて行かれたというのなら、可哀相な話だ。

 漠然と把握できる体長からして子供ではないだろう。好奇心が度を越えて爆発しない限り、迷子になるような道でもない。

 まさか女性ではないだろうな、と思いながら多少──いや、他に浮かんだ選択肢と比較すれば頭一つ二つ飛び抜けた期待を抱いている自分がいる。

 何故なら。

 一度も足を踏み入れたことの無い空間を進む時、そこには得てして奇妙な雰囲気が漂うものだ。

 何かが起こるのではないか。日常では考えられない何かが。

 驚きと戸惑いと浮ついた高揚感に溢れつつ平凡な人生が極彩色に変調する予兆を感じさせる現象が。

 早い話がボーイミーツガールが。

 これまでの散歩でも幾度となく胸に抱いていたその想いが、そうそうあり得ないし実際無かったし次は考えないようにしようと決意するも中々拭い切れない可能性が。

 遂に成就する時が来たのではないだろかと、そう思った。

 前提は気分転換、しかし──。

 この可能性が叶うなら、勿論それに越したことはない。ロマンチックな話である。

 何にせよ、僕が取れる行動は道なりに進むということだけだ。最早無心になることは諦めて、徐々に影との距離を縮めていく。

 近付くにつれて、その肩が思いの外大きいことに気付いた。

 更に接近すると、足音に反応したのか腕が外側に伸びた。太くて浅黒い腕だった。

 そして僕は、そのまま影の横を通り過ぎようとして──。

「おい、そこの兄ちゃん」

 呼び止められた。首だけで振り返ると、引き締まった体格の男性が腕をこちらに伸ばしていた。

 シャツにジーンズにスニーカー、取り立てて特徴の無い外出着の、所々に皺が刻まれながらどこか若々しさを感じさせる面相をした人だった。

「手を貸してくれ。起き上がりたいんだがもうこの齢じゃ力が入らねえ」

 こちらとしては冗談とも本気ともつかない内容を笑いながら話す。

 体つきからして、恐らく、本当に立ち上がるだけなら他人の力は必要ないのだろうと思う。

 ──承知していた筈なのにやはり落胆の気持ちを抑えられないまま、僕は男性に手を伸ばした。

 からっと渇いていて清々しい、ある夏の日のことだった。


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