突然だけど、オレは喉が乾いている。物凄く乾いているんだ。こういう時に限ってオレん家の冷蔵庫の中身は何故かカラッポさ。それならさっさと水でも飲んどけよって感じかも知れないけど、飲みたくても飲めないんだよ。
……え? 何故かって?
実は蛇口から水が出ないんだよ。あ、いや、当然光熱費はちゃんと払ってるさ。でも出てこないんだよなぁ。
「何でこういう時に限って水道が使えなくなるんだよ……。と、と、とにかくみみみ水ぅー@★+¥☆_♪%−〜*$=’!」
あまりの渇きっぷりに、パニック状態ど真ん中・万歳だよ。思わずテンパっちゃったよ。
それでどうにかしなきゃと思って取り敢えず管理人さんが何か事情を知らないかと思って問い合わせてみたんだ。そしたら、何て言ってきたと思う?
『すいませんね、緊急だったんですよ。一応入り口の掲示板にも貼り付けといたんですけど、誰も気付かれないって事も考えて皆さんに直接お尋ねしたり、居なかった方の所にはポストに連絡のチラシを投函させて貰ったんですがね。高木さんのポストにも入れたはずですよ。どうやら入れ忘れていたみたいですねぇ』
「ど、どういう事ですか? 僕の所にだけ入れ忘れていたって言われても」
『入れ忘れの件は本当にすいません。で、チラシの内容ですけど、実は水道のちょっとしたトラブルがありまして、急遽夜十時から明日早朝の四時頃まで工事する事になってしまいまして。気付かれませんでした?』
「はぁ。あの工事、水道のだったんですか」
おいおい勘弁してくれよ! どれだけ適当な連絡をしていたんだ?
まあそりゃ、仕事が忙しくて帰りが遅くなって管理人さんには会えなかったけどもさ。でもだからって大事な連絡はきっちりしてもらわないと困るでしょう!
きちんと知る事が出来ていたらさっさと買出しに出掛けてたのにさ。くそぉ。
「と、とにかく水・水・水・水・水・水・水、水ぅーっ! 水がぁっ! 水くれ水水ぅっ! オレを地獄に突き落とす気かぁっ!? 神様の馬鹿馬鹿馬鹿!」
……って今はジタバタわめいてる場合じゃない、か。とにかく喉を潤す事を考えなくちゃ。
でも疲れてて眠いんだよなぁ。いっそのこと、頑張って我慢してしまおうか。……いや、駄目だ。市民の安全を守る刑事たるもの、万が一喉の渇きを我慢しただけで体調を崩してしまったら最悪じゃないか。たかが喉の渇き、されど喉の渇きってヤツだ。
ハァ、さっぱりしたい所だけどシャワーを浴びれるのは朝なんだよな。ま、いいや。そこは諦めるとするか。仕方無い、さっさとコンビニにでも行ってくるか。
近所のコンビニまで、オレが住んでいる所から数分で着く。喉が渇いただけなら自販機でどうにかするっていう手もあるんだけど、さっきも言ったように冷蔵庫は中身が空だったから、ついでにちょっとした買い物を兼ねているんだ。潤いを欲しているモノだからつい早足になる。
早く辿り着いてくれ、オレの足。
さあ次の角を曲がればいよいよ目的地だ。飲み物は牛乳も買おうかな。他は、とりあえずカップ麺とおにぎりとお惣菜、ついでにお菓子も買い込もうか。小腹空いてるもんなー、お弁当も買っちゃおうかな! ルンルン……っと、アレッ? 辺りがちっとも明るくないぞ? ま、まさか!? あ、貼り紙だ。何か貼ってある。
“改装中につき只今休業中”
……。
う、嘘だ!? こんな時に。冗談に決まってるよな。一瞬「ガビーン!」とか思っちゃったじゃん。
目を凝らしてもう一度貼り紙をよく見てみた。
“改装中につき只今休業中”
おーい何でやねん! 何で開いてへんのや!? なんでやねん! ナンデヤネン! なーんーでーやーねーんー!
……。
つ、ツイてねぇ! 今日のオレ、ツイてねぇ……って、ビックリして思わず妙な関西弁を使っちゃったじゃないか! しかもついついオレらしくない口調になっちゃったよ。
どうしようかな。買い物もしたかったんだけどなぁ。うーん、もう少し歩いた所に二十四時間営業のスーパーがあるけど、ちょっと遠いんだよ。喉の渇きは我慢できないし、仕方ないから近くの自販機を探して、何か買って飲みながら歩いていくとするかな。
運良くすぐに自販機を見つけられたオレはお茶のペットボトル(冷たいやつ)を買った。因みに、500mlのやつだ。
飲みながら歩くつもりだったけどその場で一気に飲み干した。
「くっはぁっ! 何てうまいんだっ!」
どれだけ喉が渇いていたんだ、オレ。でもまあ、少しは水地獄から生還したって感じかな。
空になったペットボトルを自販機横のゴミ箱に捨てた後、軽やかな足取りでスーパーを目指した。
いい気分で再出発したはずなのに、それから結構歩いた。何故だろう? 歩けども歩けども、スーパーになかなか辿り着かない。道を間違えたのだろうか?
でも今歩いているのは、オレがよく見知った道なんだけど。間違える筈がない。あまりの渇きで頭が混乱したままだったんだろうけどさ。しっかりしなきゃ!
だけど辿り着かない。どうしたんだろう。道は間違っていないというのは思い込みだったのかなぁ。何だか嫌だな、グスン……。
そんな時、誰かがオレの肩を叩いた。
「もしかして高木君? どーしたの、こんな所で」
「! え! ちょっ、佐藤さん!? そりゃ僕の台詞ですよ! 佐藤さんこそ何でこんな所にいるんですか!?」
ビックリしたぁ、まさか背後から佐藤さんが現れるとは思わなかったよ。でも確か佐藤さんの自宅はここの地域外だったと思ったけどなぁ。っていうか、佐藤さんってばキョトンとした顔をしてる。その表情、ちょっと可愛いかも……。
「ちょっと! なにニヤついてるの? まさか」
「べ、べ、べべべ別に、ぼぼ、僕は佐藤さんと変な事になるなんて全くもって考えてなんかいませんよっ!」
「え? 私は『何か良い事でもあったの?』って聞こうとしたんだけど……」
うわっやばい、オレ失言しちゃった! 多分オレの顔、赤くなってるし。その上妙な空気が漂っちゃってるよ。しかも佐藤さんがジト目で見てくるし。とにかく話題を変えなくっちゃ。
「あ、あのぅ。佐藤さんは何故ここに? お住まいはこの地域じゃないですよね?」
「ええ。ジョギングしてたら結構遠くまで来ちゃって。そしたら、偶然高木君とバッタリ遭遇したって訳。アナタこそどうしたの? もしかしてこの近所に住んでるの?」
こんな深夜に女性が一人でジョギングだなんて、何てたくましいんだ。さすが佐藤さん、お疲れッス!
オレがここに至るまでの経緯を佐藤さんに話すと「あのスーパーなら一本隣の道じゃなかった?」と教えてくれた。
どうやら佐藤さんはたまにこうしてジョギングをしているらしく、以前にも何度かこの辺りまで来た事があったらしい。その甲斐あってか、この近辺の大体のルートを覚えたんだってさ。数度通っただけで。記憶力良いんだなぁ、感心しちゃうよ。
「それにしても高木君ったらとんだ災難に遭遇したものね。水が出ない上にあそこのコンビニがお休みだったなんて。まさしく“水地獄”ねぇ。でもだからって……もしかして意外と方向音痴なのかしら? フフフ」
「あのコンビニの事も知ってたんスか!? ってか、笑わないで下さいよ」
「あはは、ごめんごめん! ――買い物するんでしょ? 私、お供しても大丈夫かしら」
「ええまぁ、いいッスけど……」
笑われたのはちょっとショックだった。悪気は無いんだろうけどさ。まっ、手を合わせて謝る姿が可愛いから、許すとするかな。
“水地獄”に陥ったお陰ではあるけどさ、生還できた上にプライベートで佐藤さんに偶然出会えただなんて凄く運命感じちゃうよ。
よぉし! 少しでもデートっぽくていい感じな雰囲気を満喫するぞ! 神様仏様お母様、ありがとーございまーすっ!
「――悪いわね、ついでとはいえ飲み物とか奢ってもらっちゃって」
「いえ。だってお互い様じゃないですか」
「そうね、私達って残念ながら何気に二人揃って只今減給二ヶ月目だし。……なんかごめん……」
「佐藤さんは気にしないで下さいよ。僕なら大丈夫ですから、ハイ……」
買い物が終わった途端、二人とも三ヶ月の減給処分が下されている途中だった事を思い出して、二人してテンションガタ落ちだ。まあ、あの時は自分達が悪かったんだけどもさ。護送中の犯人を、少し目を離した隙に別の人物に殺されてしまったんだから。偶然毛利探偵が居てくれたお陰でそのずる賢い殺人犯を捕まえる事ができたんだけどね。二度とああいった失敗は御免だな。
「それにしても、今日はまさか佐藤さんと遭遇するとは思いませんでしたよ」
「そうよね。私も思っていなかったわ。二人とも非番ではなかったけど、今日は一緒じゃなかったものね」
付き合った二人が偶然出会うなんて奇跡ね、と彼女が微笑んだ。以前にも似たような言葉を交わして話をした覚えがある。その時、確か毛利さんと蘭さんにコナン君が同じ車中にいた事すら忘れて……オレと佐藤さんがキス、しようとしてたんだっけ……。
うわぁっ。何だか思い出すだけで顔から火が出そうだよ!
オレが一人で勝手にもがいていると、横にいた佐藤さんが突然叫んだ。
「私、決めた! 今二人で歩いているこの道の事、これからは“運命街道”って呼んじゃおっかな」
「え? はぁ!? いきなり何言ってるんですか!?」
彼女が冗談めいた事を言うなんて珍しかったから、つい変な声を挙げてしまった。佐藤さんはちょっぴりムッとしたけれど、照れながらもその理由を教えてくれた。
「何よ、別にいいじゃない。せめて私の中だけでもそう呼びたいの。この道を通ったお陰で、高木君の意外な一面を知る事が出来たし。こうして肩を並べてデートめいた空気を味わえたもの。最近忙しくてなかなか二人きりになれなかったしね。だから、私達を巡り合わせてくれたこの道こそが、私達にとっての運命街道! ってね」
「あ、そうか。そうですよね、うん。そっかそっか。ちょっと強引な感じもしますけど僕達、かなり運命感じ合っちゃいましたよね!?」
「あら、その言い方は少し調子に乗りすぎじゃないかしら、高木渉巡査部長君?」
「は、ははは、すいませんねぇ、佐藤美和子警部補殿」
二人して妙な冗談を言い合いながら、三つ先の角で別れるまでの間、楽しく過ごした。
最近のオレ達は、佐藤さんが言うように、確かに忙しくてすれ違っていたかも知れない。
しかし参ったな。さっきも感じたけど、ホントに“水地獄”のお陰なんだよな。こうして他愛の無い幸せな時間を過ごせているのは。こういったラッキーがいつまでも続いてくれたら良いのになぁ。でもそれじゃラッキーって呼べないか。
正直言うと、神様という存在を一瞬でも恨んじゃったけど、災い転じて福となすっていうのはこの事なんだよな。
嗚呼神様、申し訳ございませんでした。どうかお許しを……。
次の日の朝起きると、水道は復旧していた。待望のシャワーを浴び、佐藤さんと共に買い物をした朝ご飯に有難くありつく。大切な人と選んだご飯はおいしい。出来る事ならば、願わくば愛情が込められた手料理をじっくり味わいたいけど。
彼女に向かって「オレと結婚して下さい」という言葉をなかなか口にできない。それでも彼女の左手の薬指にはオレが贈った指輪がきらりと輝いている。だけど、そういう事に“うとい”彼女は、その指輪の“本当の意味”を知らない。
ようやくオレが「結婚」の言葉を口にできた時、指輪の本当の意味を知らないあの人はどんな顔をするんだろう。果たして喜んでくれるだろうか、はたまた拒まれるだろうか――。
結果を知る事になるのは、もう少し先の未来になりそうだ。
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