四月馬鹿のつもりが本当にゲームに閉じ込められた件
俺は楠川 修人23歳、広告代理店の平社員をやっていた。
いた、というのはまあ……眼前の状況を見てくれれば納得してくれると思う。
俺は今、ACOというVRゲームのVR世界の中にいる。いるんだが……
まだ発展途上な微妙に違和感のある角ばったVR世界のはずが、妙にCG臭い雲が浮かんでいた均一な色合いの空は全く違和感のない自然な色合いの蒼穹に、一面に緑色の何かが覆っていた地面は多種多様な雑草が生える土の地面に変わっている。
「マジかよ、裏ログアウトまで消えてやがる。おい運営! どうなってんだ!?………返答なし、か」
運営へのコールにも返事はなく、俺はどうやら本当に閉じ込められたのだと気付いて頭を抱える。
インベントリに表示される筈のログアウトの文字は当然のようにそこにはなく、この世界から抜け出せなくなったことを無情に告げている。イベント用の裏ログアウトボタンさえ消えており、もうゲームから出る手段は無い。
しかし
「おいおいこれ……マジか!」
「キターー!! 本当に閉じ込められた!」
「マジで神運営」
「デスゲームハーレムチートktkr」
周囲の人間からは歓声が上がっている。当然、突然の事態に混乱している奴もいるが、大半はこの現状を喜びとともに受け入れていた。
そりゃそうだろうな、こいつらを利用してたのは俺たち運営側なんだから……
とりあえず、こうなるまでの流れを思い返して状況を整理しよう。
* * * *
「楠川くん、今度発売されるVRゲームの宣伝の仕事が来てるんだが、やってみないか?」
上司からそう問われた俺は二つ返事で引き受けた。近年になってようやく実用化、軍の訓練用から民間に卸されたVR技術を使ったゲームは、もの珍しさと新しいものへの期待、その他の理由もあって売り出された当初は凄まじい売上を誇った。
だが、高い機材やクソ長いダウンロード時間の割に、未発達な民間のVR技術では、現在遊園地や大きめのゲームセンター等に設置されているホログラムを使ったゲームに劣っており、次第に人気は下火になっていった。また、演算処理が追い付かずに一挙一動にラグが生じる感覚は不快でしかなかった。
今では皆、技術が発達するのを待つ、と静観している。
そんな落ち目、というより未熟なVRゲームは「あと10年はしないと消費者の満足は得られない」と言われており、広報活動以前の問題で、俺たちみたいな宣伝担当には不人気なジャンルだ。それでも俺がVRゲームの広報をやってみたかったのは、当然ながらアイディアがあったからなんだが。
俺が担当することになったのは『アイテムコレクト・オンライン』という所謂VRMMOだった。
このゲームのコンセプトは《人間はあくまでも人間》で、普通のゲームなんかではよくある過剰な身体能力も魔力も実装されていなかった。その代替品といして存在したのが、ゲームのタイトルを見てもわかるように各種のアイテムだ。このゲームでは魔法や蘇生、果てにはインベントリまで、全てがアイテムによって成り立っている。
人間はあくまでも四肢に五臓六腑を備えたただの人間であり、魔術などの不思議要素は周囲の植物や動物を素材にアイテムを作り出すことで使えるようになる仕様だった。おかげで、プレーヤーごとの物理演算も均一化でき、大幅に動作も改善されたらしい。
元から俺が手を出すまでもなくヒットしそうな雰囲気ではあったんだが、俺がまず手を付けたのは利用規約だ。ここの目立たない項目に『当ゲームをプレイしている最中に何らかの要因で意識を失う、又は身体的障害が発生した場合、当社は一切の責任を負いません』という内容を長々と入れた。
そうすると10月1日のサービス開始から数週間で、ネット上である噂が流れ始めた。
曰く『ACOはデスゲームを始めようとしている』と。
結果、仕掛け人としては高笑いが止まらないところではあるのだが、大ヒットした。なんで悪評の立ったゲームがヒットするのか不思議に思う人もいるだろうが、大ヒットした。
理由は簡単だ、今でいう30~50歳の世代は、VRMMOに閉じ込められる系小説が大流行していた世代なのだ。その手のライトノベルやアニメが横行し、小説投稿サイトには転生ものと双璧をなすようにVRMMOものが並んでいた世代である。誰しも一度はその手の小説の主人公に自分を投影し、チートでハーレムな自分を夢想していたのだ。
今やそんな元少年の方々の殆どは中間管理職。仕事以外での時間を持て余し、ある程度溜まった使い道のないお金をゲームにつぎ込む彼らに、かつて夢想した|中二病 ハーレムチート デスゲーム《現実からの逃避》――なんだか川柳みたいになってしまったが、とにかくそれが甘い蜜となって目の前に現れたのだ。例えそれが現実ではありえないことだと頭では分かっていたとしても、彼らは突き進んだ。
想定される(笑)デスゲームに備えてチートができるように課金アイテムを買いあさり、寝る間を惜しんでレアアイテムを集める彼らには呆れやら滑稽さやらを通り越して威厳のようなものすら感じた。
―――あるACO重課金ユーザは言った。「ワンチャンある!」と。
ねーよ。
……まあとにかく、ACOは元の現在の技術でも十分に楽しめる玄人向けの仕様に加え、デスゲームの噂によって、過去のPCゲームやソーシャルゲームにすら類を見ない大勢の重課金者を抱える大ヒット作となった。
人気の高さの理由を知らない一般ユーザも多く見られるようになり、かくしてACOは伝説となったのだった。ACO運営メンバーと行った飲み会で飲んだお酒は美味しかった。
それが本当に閉じ込められることになった理由なんだが……正直俺にもよくわからん。
ACOの大ヒットの半年後、俺はサービス開始半年記念とエイプリルフール合同企画の企画立案を依頼された。ACOの仕事のおかげでかなり給料も上がっていた俺はまたしても二つ返事で引き受けた。
俺が立てた企画は簡単に言えば、「一瞬だけ本当にログアウト不能にしちゃおう!」というものだった。もちろん、完全に出られないとなると問題があるので、目立たない位置に裏ログアウトボタンを設置しているのだが。
そんな企画当日、俺はいちプレーヤーとして、最近つけてもらった助手と共にACOにログインしていた。立案者としてほかのプレーヤーの反応を観察し、次の仕事に生かすためだ。
VR世界にダイブするあの独特な感覚と共にVRホームに入り、そこからACOにログインする。眼前に見慣れた角ばった世界が広がり、傍らに表示されたインベントリにはでかでかと赤い文字で今日のイベント内容の告知が浮かび上がる。
ログインする前にちらりとネットを除いてきたが、今回の内容が内容だけに大盛り上がりだった。毎年の数ある企業のエイプリルフールネタを抑え、俺の企画がもっとも注目されていた。
そういうわけで、現在デスゲーム気分を味わいたい重課金者どもを含め、過去最高人数がACOにログインしている。急激なアクセスの集中にサーバーがパンクしそうになったらしく、10万人で打ち切ったそうだが。
助手と簡単な打ち合わせをして、二手に別れてプレーヤーの反応を観察しようとしたところでイベントが始まった。
突如として世界全体に暗雲が立ち込め、薄暗くなった世界に無機質な声が響く。あれ? こんな演出だったっけか、と俺は不思議に思ったが、土壇場で急な変更があることはないことではないのでこのときは特に気にはしなかった。
『この世界の皆さんに通告します。かねてより重大な歪みが観測されておりましたこの世界の歪みのレベルが許容値を超過いたしました。歪みが解消するまでの処置として、この世界を封鎖させていただきます。』
「……は?」
俺は思わず疑問の声を上げる。周囲ではもう出られない宣言に歓声が上がっている。異様な光景だが、そんなことは今は関係ない。
「確かここの声担当は永田さんじゃなかったっけ?」
プレイヤーを閉じ込める黒幕役は、ACO開発チームの40代後半のノリのいいオジさん、永田さんが「俺がやる!」とその無駄にいい声で飲み会にて宣言し、既に録音までしていたはずなのだが、どういうわけか聞こえてきたのは機械的な女性の声だった。セリフも全く違うものだ。
声が止んで空が晴れると、空が、地面が、地平線の向こうからだんだんと浸食されるように色が変わっていくのが見えた。3D臭さが抜けなかった世界が本物と見紛わんばかりの色彩になっていく。こんな演出もなかったはずだ。そもそも、こんなリアルな世界を描写できる技術なんてまだない。
何とも言えない不気味な違和感が怖気となって俺の全身を駆け巡る。この場でこの違和感を感じているのは俺だけだろう。助手も永田さんのことは知らない筈なので除外だ。
「い、いやきっと気のせいだろ、うん。なにかしらトラブルがあったに違いない」
このとき、裏ログアウトボタンを確認していればこれがトラブルなどではないことはすぐに分かった筈なのだが、それをしなかった俺は多分、怖かったのだろう。
暫く待ったが、告知されていた予定時間が過ぎても誰もログアウトできていない。
「………まさか」
そんな動揺は俺だけではなかったようで、徐々にざわめきが大きくなっていく。どちらかというと喜びの声の方が大きかったのだが。
丸一日をかけて、俺たちは現状をやっと正しく認識することになった。
俺達、10万人のACOプレイヤーは4月1日のこの日、万全の準備と脆弱な覚悟と共に、ゲームという名の異世界に閉じ込められた。
エイプリルフール企画とかにすればよかったんでしょうけど……待てませんでした。