別に誰でもよかった。
僕と付き合ってくれる相手なら、近所のオバサンでも、胸にシリコンを入れてる男でもよかった訳だから、僕は宅配ピザを片手に、二言めにはこう言っていた。
「彼女になってくれませんか?」
今日のように北風に白い雪が混じる夕方の6時だった。
先ほど電話で注文したイタリアン・バジルを、サンタの格好をした男が持ってくるやいなや、そう言ったのだから、彼女は一瞬、耳を疑ったに違いなかった。『えっ?』と言った感じで目を丸くして、手を口に当てた様子をはっきりと覚えている。
それでも彼女は、玄関先で出会った男の申し出に頷いたのだ。
風がくるくる回り、降ってきた雪を地面すれすれで舞い上げる。
今日はイヴだ。
この調子だと明日は、彼女の願い通り、ホワイトクリスマスとなるだろう。
彼女を笑顔にさせるサンタが、僕じゃなくて空にある事が少し悔しい。『風が冷たい。』と言ったら、ぎゅっと抱き締めてやろう。
僕はマフラーを巻きなおしながら、喫茶店へ向かった。
本当はこんなに愛するつもりじゃなかった。別に誰でもよかったのに、僕の気まぐれに彼女だけは巻き込みたくないと思う。だけど、僕にとってずっと側にいてほしいのは彼女しかいない。
このまま、彼女とコーヒーを飲んでいたかったのに、何も知らない彼女は訊いた。
『どうして上京したの?ピザを届けるためじゃないでしょう?』
『ディズニーランドはどうして駄目なの?』
『どうして地元へ帰りたがらないの?』
どうして…どうして…どうして…?
彼女の声が壊れたテープのように繰り返される。
あの時、本当の事を話すべきだったのかも知れない。
『教えてよ、私に何隠しているの?』
『私、何時間だって待つからね。』
街を歩き回った後、公園のベンチに腰かけて、彼女は言い張った。
あの時、さっさと家まで送ってやるべきだった。あまり人気のないこの場所も、発光ダイオードで飾り立てられて、つい安全だと油断していた。
物音がした時点で避けられたはずだった。
僕が乱暴に彼女の腕を引っ張ったりしなければ…。
「どうして…どうして…」
彼女の冷えた手が、僕の顔を包む。薬指に喫茶店で渡した指輪がキラリと光る。
風が舞って、先ほど降った雪を鮮血に染めた。
ねぇ…、僕らが出会ったのもちょうど雪の夜だったね。君は『夕方』だと言うけれど。
僕に帰る所なんてなかった。
両親と出かけた記憶はディズニーランドしかないし、二人とも新しいパートナーと違う家庭を作ってしまった。
僕を愛してくれる家族なんか、いなかった。
だからずっと欲しかった。誰かに愛してほしかった。誰でもいいから、愛されたかった。
誰でもよかった。それなのに、何故…
とっさに彼女をかばった僕に、通り魔はこう言った。
「何も女を殺るこたぁねぇ。切味をためすにゃあ、誰でもいいんだよ。」
僕は、もう誰でもいいって訳じゃないんだ。
伝えたくて、伝えたくて指輪が光る手を握りしめる。
雪の降るイヴ。
僕の腹に刃物を残して、通り魔は去っていった。 |