新作むじな
深夜、女が一人、橋の中程で袖に顔を埋めて泣いている。身投げでもするのではないかと、通りかかった男が心配して声をかけた。女は黙って、ゆっくりと振り返ると袖を下ろした。
その女の顔には目も鼻も口も無かった。卵のような白い輪郭だけが闇にぼうと浮かんでいた。
男は漆黒の夜道を一目散に逃げた。遠くに夜鷹蕎麦の提灯を見つけると転がるようにして駆け寄った。
「どうなされた。追剥にでも遭われたか」
表情の無い声で無関心に言った主人の顔は灯りの影になっていてよく見えない。
「違う、そんなものじゃない。見たんだ、そこに女がいて、その女の顔というのが、嗚呼、恐ろしくて、とても言えない」
「へえ、女ですか。ひょっとすると、その女の顔というのは――」
にやりと笑った主人の顔が提灯に照らされる。
「――こんな顔じゃなかったですかい?」
蕎麦屋は男に手鏡を向けた。