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旅人が助けたもの

作者:憂木冷
 
 彼は旅人。
 困っている誰かを助けるために旅に出たひとりの青年。
 彼は旅人。
 『助ける』の意味を知らない、まだ大人じゃない青年。




 村を旅立ったその日。
 旅人は一羽の小鳥に出会いました。
 どうやら羽を怪我して動けないようです。
 このままでは、野良犬か、カラスにでも食べられてしまうでしょう。
 旅人は小鳥の怪我が治るまで世話をすることにしました。
 腰に巻いたポーチに入れてやると、小鳥は安心したように静かに丸くなりました。



 ある町に着くと、旅人は綺麗なドレスを着た女性に話しかけられました。
「旅人さん、あなたが付けているそのネックレス、私に譲っていただけませんか? これから大事なパーティーに行かなければならないのだけど、私はそこに付けて行くはずだったネックレスを失くしてしまったのです」
 旅人にとってそれは、母からもらった大切なネックレスでした。
 少し悩みました。
 しかし旅人はこう言います。
「いいですよ、僕には必要のないものなので、どうぞ使ってください」
「ああ、ありがとうございまず。助かりました」



 町のパン屋でパンをふたつ買い、広場でお昼にしようとしていたら、旅人は体格のいい男の人に話しかけられました。
「旅人さん、少しお金を分けていただけませんか? 実は弟が病気をしてしまって少しでも多くのお金が必要なのです」
 旅人はお金がなければ、宿に泊まることも、ご飯を食べることもできなくなってしまいます。
 少し悩みました。
 しかし旅人はこう言います。
「いいですよ、弟さんのために使ってあげてください」
 旅人は持っているお金をすべて渡しました。
「ああ、どうもありがとう、これで弟も助かります」



 お金がなくなってしまった旅人は、村に帰らなければなりません。
 村に帰るには一日かかります。
 そこで旅人は、帰り道の途中でお腹がすいた時のために、パンを取っておくことにしました。
 すると旅人は男の子と、その後ろに恥ずかしそうに隠れる女の子の兄妹に話しかけられます。
「ねえねえ旅人さん、そのパン食べないなら僕たちにちょうだいよ。昨日から何も食べてなくて腹ペコなんだ」
 旅人はパンをあげてしまったら、村に帰るまでもう何も食べられません。
 少し悩みました。
 しかし旅人はこう言います。
「いいですよ、ふたりで仲良く食べてください」
 旅人はパンをふたつとも渡しました。
「わあ、ありがとう旅人さん、これなら盗みをしないで済みそうだよ」



 自分の村に帰るために町を出た旅人。
 夜になって、旅人はホームレスのおじさんに話しかけられました。
「旅人くん、暖かそうな服を着ているじゃないか。ここらの夜は寒さが厳しくてね、外で過ごすには辛いんだ。少し着るものを分けてもらえないかい?」
 旅人は着替えなど持っていませんでしたし、村まではまだ長い道を歩いて行かねばなりません。
 少し悩みました。
 しかし旅人はこう言います。
「いいですよ、風邪でもひいてしまっては大変です。これで暖かくしてください」
 旅人は着ているものを全ておじさんに着せてあげました。
「いや、すまないね。これでゆっくり寝れそうだ」



 腰に巻いたポーチ以外、何もなくなってしまった旅人。
 ポーチの中を覗いてみると、羽を怪我した小鳥はぐったりした様子でした。
 それも仕方ありません、長い時間何も食べず、狭くて暗い場所に閉じ込められていたのですから。
 当然、怪我も治っていません。
 死んだように動かない小鳥を手に取り、どうすればいいのか困っていると、旅人は痩せた野良犬に話しかけられました。
「やあ、そこの旅人さんや。その鳥はもう死んでいるんだろう? だったら俺にくれよ、腹が減って死にそうなんだ」
 小鳥はまだ死んだわけではありません。
 だけど痩せた野良犬には、もう自分でエサを捕まえることはできないでしょう。
 このまま何も食べられなければ死んでしまいます。
 少し悩みました。
 そして旅人はこう言います。
「すまない、この小鳥はまだ生きているから、キミに食べさせるわけにはいかないんだ」
「そうか……何か食べるものを分けてはもらえないかね?」
 旅人も、さっき兄妹にパンをあげてしまったので、食べ物は何も持っていません。
「じゃあ代わりに、僕の左腕をキミにあげるよ。あまり美味しくないかもしれないけど、これなら空腹も凌げるだろう?」
「本当かい?」
「ああ、肩から咬み切って持っていってくれ」
 そう言って旅人は肩を差し出します。
 野良犬は一息で腕を咬み千切りました。
「ありがたい。またしばらくは死なずに済むよ」



 片腕を失った旅人は森の中を歩いていました。
 その森を抜けた先に、旅人の村はあります。
 腕がなくなった痛みに堪えながら、フラフラとした足取りで進んでいると、旅人はアクマに話しかけられました。
「なあ、そこの旅の人間。何か困っていそうだな。対価を寄越よこしてくれるなら、一つだけ頼みをきいてやるぜ?」
 旅人は、大切な物も、お金も、食べ物も、洋服も、左腕もなくしてしまっています。
 少し悩みました。
 そして旅人はこう言います。
「どうかこの小鳥の命を救ってください」
 アクマは少しだけ驚いた顔をして言います。
「本当にいいのか? そのなくなった腕を元に戻すことだってできるんだぜ」
「はい、いいのです。この腕は自分で捨てたのですから。それより私は、代わりに何を差し出せばいいのでしょう?」
 ニヤニヤと旅人を観察してアクマは答えます。
「そうだな、見たところオマエは何も持っていないようだし……それじゃあ心臓でどうだろう」
 心臓がなければ旅人は死んでしまいます。
 少し悩みました。
 なのに旅人はこう言います。
「わかりました。命の重みに違いなんてないはずです。同じ命なら僕はこの小鳥を助けてあげたい」
「……それじゃあ、契約成立だ」
 そう言ってアクマが小鳥を指先でつつくと、小鳥はたちまち元気になり、どこかへ飛び去って行きました。
「おやおや、薄情な鳥だな」
 アクマはわらいました。
 そしてアクマの手が旅人の心臓へと伸ばされます。
「どうぞ」
 それが旅人の最後の言葉でした。
「毎度あり」
 胸を切り裂き、心臓を掴み取ります。
「命に重みなんてないんだぜ」



 心臓を、すなわち命を失い、幽霊になった旅人が自分の死体を見つめていると、世界に話しかけられました。
「町でネックレスを渡した女性は、恋人と別れました。相手にプレゼントされたものと別のネックレスを付けてパーティーに行ったせいで喧嘩になったのです」
「弟が病気だと言ってお金を受け取った男の人は、金持ちだと勘違いされ、病院で必要以上に高い治療代を取られ破産しました」
「あなたにパンをもらった兄妹は、その味が忘れられずパン屋に盗みに入り、捕まってひどい目にあっています」
「ホームレスのおじさんは、いい服を着ていたせいで盗賊に襲われ、殺されてしまいました」
「痩せた野良犬は、血の臭いで他の動物たちが集まってきて、食料を横取りされ、飢えてもう一歩も動けません」
 旅人は何も言えません。
「キミがやってきたことは、誰かの望みを聞きいれただけだ。誰も救っていない」
 旅人は何も言えません。
「頼みを断れなかっただけだ。相手のことなんて考えていない」
 旅人は何も言えません。
「誰かに言われて動いたことを自分で選択したとは言わない。キミは自分からは何もしていない」
 旅人は何も言えません。
「結局キミは誰かを助けられる自分になりたかっただけで、誰かを助けたかったわけじゃないんだよ」
 やはり旅人は、最後まで何も言えません。
 世界は意地悪く言います。
「だから誰のことも助けられなかった」





 一日前に死ぬはずだった小鳥は、旅人に救われて今、大空を飛んでいます。
 旅人が生んだその羽ばたき一つが、いつか、どこかに繋がって、誰かを救う日が来るのかもしれません。















 誰かの救いになってる人って、きっと「誰かを助けてやろう」なんて思ってないんですよね。ただその人に救われたと思う自分がいるというだけで、誰かを救えるヒトなんていないのかもしれません。だって救われたかどうかなんて結果論なんだから、その人の行動に救われたと思うのか思わないのかは自分次第なんだから。
 本作の主人公、旅人は、頼みごとをきいて、わがままをきいて、誰かを救った気になっていただけです。ただ、一番最初に「小鳥を助ける」という選択をしたのも事実です。まあ、小鳥が救われたと思っているのかは分かりませんが……。旅人は生きた意味に気付けず、軽々しく命を落としてしまいました。命に重みがなかったとしても、生きていることに意味はあるのだと、そう思えたら、価値のないものを大切にできたら、それはステキなことですよね。

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