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第三章:諸国鳴動編
第十三話「大岐多端」 その二

衛視たちと〈イペイラポス〉の間に割り込み、レクティファールは二本の鋭剣をそれぞれ地面に突き刺した。
 それと同時に、神獣が高密度の結束粒子弾を放つ。より攻撃的な形へと変化させた魔力を粒体化し結束させたそれは、魔力弾よりも遥かに高い威力を持っている。

「予想通りとはいえ、亜神はこれだから……!」

 力任せで知恵ある者どもの技術を打ち砕く。彼らはそんな存在だった。
 レクティファールは舌打ちし、鋭剣の柄頭に埋め込まれた魔導珠を基点として、真正面に魔法陣を描き出す。

「〈アヴ・レ・シェッド〉」

 魔法陣と魔法術式に魔力を流し、撃発呪文を唱える。
 皇国の一般的な軍用魔法ではない。オリガから直接学んだ、対神族用の防御魔法だ。

「伏せなさい!」

 魔法陣が輝き、レクティファールの眼前に薄紫に輝く、正方形の障壁が出現する。
〈イペイラポス〉の放った巨大な粒子弾はそれに飛び込み、レクティファールの意識内には〈皇剣〉への負荷が異常増大したことへの警告が溢れた。
 レクティファールはその警告を意識の端に追いやり、更に魔法術式を追加記述する。

「〈吸収開始(アヴ・ゼルト)〉!」

 ごう、と魔法陣が嘶き、粒子弾の結束部を破壊し始める。
 ばらばらと粒となった魔力は、そのまま障壁へと溶けていく。
 神獣が放つ攻撃は、逸らしても散らしても周囲への被害が大きすぎるのだ。それを防ぐには、亜空間へと捨てるか、取り込むのが手っ取り早い。
 レクティファールが用いた魔法は、後者であった。

「いきなり攻撃とは、どういうつもりか!」

 レクティファールは語気を荒げ、神獣〈イペイラポス〉に問う。
 神獣は人の言葉を解し、人以上の知恵を持っている。レクティファールは相手が自分の言葉を理解していないなどとは考えていなかった。

「答えなさい! グラッツラーの土地神である貴公が何故ここにいる!」

          ◇ ◇ ◇

 彼女の名前は、イリス・リト・ラスア・アドリアという。
 子爵家の分家筋に生まれ、軍学校を経て衛視となったごくごく平凡な女性衛視だ。
 彼女はこの日、分隊を率いて担当地区の警邏をしていた。その担当区域が、この倉庫区画だったのだ。
 分隊を三つに分け、それぞれの担当を巡回する。
 取り立てて珍しくもない、極普通の任務だった。
 否、そのはずだった。

「それとも、口もきけないほどに堕ちましたか」

 平凡な任務。
 これが終われば明日から二日間の休暇で、目を付けていた甘味処に同僚と足を運ぶ予定だった。
 それがいつの間にか、明らかに場違いな戦いの渦中にいる。
 イリスは身体の震えを抑えることができないまま、自分たちを殺そうとした者と、自分たちを守った者の声を聞いていた。
 それしか、彼女にできることはなかったのだ。

『無礼な人の子……と思ったが、貴様は……』

「分かっているなら話は早い。ここは貴公のいるべき場所にあらず、即刻己が住処に戻られよ」

 神獣の声は、空気の振動ではなく粒体魔素の振動であった。
 それが声として変換され、イリスとその部下の脳裏に響いた。

『住処、か……我も己の意志でここにいる訳ではない。言われずとも戻る』

「ならば……」

『だが!』

 神獣の怒声が、イリスの脳を揺さぶった。
 部下の一人が気絶し、その場に倒れ込む。それほどの声だった。

『我を拐かした者を捨て置くことはできん! 我がここにいるということは、我が守り人たちは決して無事ではあるまい。使徒を傷付けた以上、相応の罰を受けさせねばならん!』

〈イペイラポス〉の声は、〈皇剣〉さえ異常と判断するほどの圧力であった。
 人の世に残るため、獣の形を取ることを選んだ神族。
 それ故に往時ほどの力は発揮できないが、彼らの力はそれでも皇国軍の一個師団に匹敵する。
 龍族を相手にしても、決して引けは取らない。

「――ここに貴公を拐かした者はいない。それでもなお、この街を危険に晒すというのか?」

『くどい!』

 レクティファールは〈イペイラポス〉と言葉を交わしながら、皇王府との通信で幾つかの情報を得ることに成功していた。
 その中の一つに、神獣〈イペイラポス〉は数年前から、休眠期に入っているというものがあった。
 特に強い力を持つ神獣は、一定期間ごとに休眠を取る。それによって身体を安定化させ、力を振るうのだ。
 土地神は龍脈を制御し、周辺の土地を富ませることができる。その恩恵を受けることを対価として、人々は休眠期の神獣を守る護衛を引き受けている場合が多い。
〈イペイラポス〉にも、そんな守り手たちが居たはずだ。

『貴様にはわかるまい。我と守り人たちは千年間共に生きてきた。我が土地を富ませ、彼らが我を守る。彼らは敬虔であった。それこそ、我が嫉妬するほどにな』

〈イペイラポス〉は神獣の中でもとりわけ人々に対して友好的であった。
 たとえ余所者であろうとも、危害さえ加えなければその生命を守った。それが守り人たちの献身に報いる術であると考えていたのかもしれない。

『彼らが我を守り切れぬとは思えない。伯都の騎士団さえ退けた者たちぞ』

 彼にとって、守り人たちは信頼できる家族同然の存在だった。
 守り人を信じられない神獣は、土地の加護を疎かにしてでも身を隠すこともある。
 その点、〈イペイラポス〉は守り人たちを信じ、自分の住処で休眠した。
 それが仇になった。

「――信じていたのですね」

『当然だ。我は使徒たちが生まれたその瞬間から見続けてきた。剣を、槍を、弓を習い始めた頃も知っている』

 だからこそ、許せない。

『この街に下手人がいないという確証はあるまい』

「それは否定しません。ですが……」

『否。それで、十分だ』

 レクティファールは〈イペイラポス〉の纏う神気の流れが変わったことに気付いた。
 再び攻撃が来る――そう判断したレクティファールは身を屈め、如何なる攻撃が来ても対処できるよう演算領域を開放した。
 しかし、神獣の放った言葉は、レクティファールの予想を遥かに超えるものだった。

『都市ごと灰燼とすれば、こと足りる』

 レクティファールは、神族の思考が自分たちとはかけ離れていることに、ようやく気付いた。


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