エピローグ「そして悪役令嬢たちは新たな地平に踏み出す」
ワンガシーク王国。
ロムレス大陸の北方に位置するこの国家は、地味に乏しく、また気候はあまり温暖とはいえず、人口は少なくないものの、跋扈するモンスターに作物や人命を常に狙われ続け人が生存するには難しい土地柄として知られていた。
唯一、他国より優れているのは多数の鉄や銅を産出する幾多の鉱山である。
数多い名工を産みだしてきたこの国には、民衆を脅かすモンスターたちを狩り、幾ばくかの報酬を得て生きる者たちが我が物顔で街をのし歩く。
人々は彼らを畏怖と尊敬と、ちょっぴりの迷惑を込めてこう呼んだ。
冒険者、と。
王国が認可を下した冒険者ギルドには、五千人を超す冒険者たちが登録をし、日々の糧を得ていた。
彼らは、S級からF級にまで区分けされ、ランクごとに受けることのできる依頼が決まっており、一見無法者だけの秩序無き集団に思えるがこのカースト制は絶対であった。
冒険者たちは信頼しあえる仲間のみで「クラン」を形成し、大小の依頼を受け生計を立てている。
ワンガシークの首都ドラゴンテイルにある冒険者ギルドに、新規クランである「レディ&サーヴァント」の面々が、顔を出したのは、ある晴れた午後の昼であった。
「レディ&サーヴァント」がギルドに登録してから、依頼を受けに来るまで一ヶ月ほど経過していた。その間彼らがなにをしていたかというと――。
「なあなあ、えーちゃんえーちゃんうちの装備どない思う? めっちゃかわいいやろっ」
「雪絵。この世界で、白衣に赤十字は通用するものかしら」
「あのな。雅、おまえその悪い魔法使いみたいなカッコはなんなんだ。真面目に武器防具を選んだ私が阿保みたいじゃないかっ。そして綾小路――! なんで、おまえはドレスなんぞ着ているんだっ。舞踏会に出るんじゃないんだぞっ。私たちは、冒険者なんだっ」
「あーら、清閑寺さん。私はいついかなるときでも、レディとしての装いを忘れず、このような正装をしているのに、そのようないわれようは心外ですのっ」
「おう。おまえら、今日は初顔合わせみたいなもんだから、ドレスコードは守れよ」
甘露寺雪絵はどこでどう調達したのか、白衣に赤十字の入ったナースキャップ、それに薬箱を抱えている。
西園寺雅はいわゆる魔女服、胸のザックリ空いた黒のドレスにトンガリ帽子、イチイの古木を削った杖を抱えていた。
清閑寺清香は、メンバーのなかで一番まともである。革鎧に動きやすい丈夫な上下。長剣を腰に差し長い髪は赤いリボンで結わえポニテにしている。
綾小路綾乃は、ハッキリいって意味が分からない。
白のふわふわしたドレスに白い帽子をかぶり、足元だけは動きやすいように黒のブーツを履いていた。
なぜか品のいい日傘をくるくると回している。
清香の舞踏会うんぬんは万人が納得するところだ。
「いちいち傘をくるくる回すんじゃないっ。あたっ、あいたっ」
「おほほほ。清閑寺さん、そのように私のうしろに立つのが悪いのではなくて?」
あれから――。
英二たちは次元の扉に飛び込むと、気づけば見たこともない異世界に放り出されていた。
それから、四人は力を合わせてこの国の言葉を覚え、身を寄せ合って生き抜いて来た。
(こいつらも慣れない日雇い仕事をして頑張ってくれたもんなぁ……)
「まあ、その甲斐あってか少しは仲よく――」
「あっ。傘取らないでくださいですのっ」
「ふっざけるな! 今日という今日は許さないぞ。綾小路っ」
「もー、あーちゃんもさーちゃんもこんなところで喧嘩したらあかんやんかぁ」
「ふふ。とっても仲よしね」
「西園寺。おまえはこれのどこをどう見たらそういう結論になるんだよ……」
英二たちは冒険者として生きることに決めた。
自分たちに与えられた〈スキル〉でこの国の戦えない人たちの代わりに戦う。
それこそが、故国を捨てた自分たちに相応しい仕事だと思えたのだ。
「さあ、今日こそは依頼をもぎ取るぞっ。おまえたち、選り好みしてる場合じゃないからな」
「英二さん。私を誰だと思っていますの? 綾小路綾乃でしてよ。このギルドにおけるクエストは、すべて私のために用意された栄光への踏み台でしかありえませんわ。おーっほっほっほ!」
「昼近くまで寝ている時点で、もう遅きに失していると思うのだけど」
英二は雅のツッコミを強引に無視しながら華麗にステップを踏んで冒険者ギルドの階段を上っていく綾乃の背をまぶしそうに見つめていた。